甲斐の仕置き 1
■甲斐国 川田館(山梨県甲府市川田町付近)豊嶋宗泰
館に入ってから半日程経つと、もう日が暮れだしたというにも関わらず、豊嶋家に臣従を申し出る国人衆が続々と、豊嶋軍の本陣となった川田館にやってくる。
武田信昌、穴山信懸を中心とした甲斐の国人衆を柏尾にて撃退した事で、その勢いに任せ武田家の本拠である川田館を攻め落とすべく兵を進めたが、どうやら武田信昌は館を捨てて逃げ出したらしい。 豊嶋軍が川田館に着いた時には既にもぬけの殻であった事もあり、そのまま館を接収し、豊嶋軍の本陣としたのだが、まさか館に入って半日で国人衆達が押し寄せてくるとは思わなかった…。
日が沈んでも途切れることの無い国人衆達に、謁見は明日行う旨を伝えさせ、付近にて夜を明かすように命じ、落ち着いた所で軍議を開き、明日一日は、臣従を申し出る者と謁見し、明後日、穴山領へ兵を進める事に決する。
臣従を申し出た国人衆には、農民からの徴兵を禁止したうえで兵を出すように命じる。
これは農繁期と言う事もあるが、そもそも兵力として期待しておらず、一応、忠誠心を見る為に命じる。
それにしても甲斐に入ってから、豊嶋軍の疫病対策をおこなうのが大変だ…。
甲斐に来て分かったが、疫病の原因は不衛生な事によるものであり、疫病で亡くなった人の亡骸を埋葬できず、放置されている場所が多くあるのだ。
対応は後回しとなるが、まず豊嶋軍内で、生水を飲まず、必ず沸騰させた水を飲むよう徹底させ、川田館周辺で遺棄されている死体を火葬したうえで埋葬する。
埋葬する余裕が無い事で、衛生環境悪化の悪循環が疫病蔓延の原因のような気が…。
せめて土葬をするぐらいの事を、各領主が行えば甲斐の疫病は防げたと思うのは俺だけか?
この時代、現代の感覚と比べ物にならないぐらい衛生面の意識低いからな~。
今後、衛生面とか担当する衛生省とかの創設を検討しよう!
そして翌日、朝から続々と集まってくる国人衆と謁見し、甲斐の所領調査を行った。その場に広げられた甲斐の地図に近習の者が結果を記し、祐筆がその所領を安堵する旨を紙に書き、俺が朱印を押して国人衆へ渡す。
そんな中、館に来た国人衆の整理を行っていた家臣が、慌てた様子で謁見を行っている広間に駆け込んでくる。
「も、申し上げます!! 穴山信懸殿が参られ、殿にお目通りを願い出ておりまする!!」
はっ? 今更?
頭下げて許されると思っているのか?
そう思いつつ、少し間をおいて、家臣へ「今は訪れた順番にて謁見をしておる。 順番まで待たせておけ!」というと、駆け込んできた家臣が、「そ、それが…」と歯切れの悪い返事をする。
「どうした? 何かあるのか?」
家臣が悪いわけではないので、努めて優しく聞き返し、心の中で今更頭を下げに来て早く会わせろとか、どんだけ面の皮が熱いんだと毒づいていると、報告に来た家臣が意を決したように口を開く。
「穴山信懸殿、武田信昌殿の首と生け捕った、嫡男の五郎信縄を始め妻子を捕え、謁見を申し出ておりまする」
報告を聞き、その場に居た国人衆も凍り付いた表情をしていたが、広間に居た矢野兵庫や小山田信隆を始めとした家臣達も引き攣った表情を浮かべている。
「会おう! 連れてまいれ! それと其の方、教来石信秀と申したな、其方もそこに控えておれ」
そう命じると、しばらくして、首桶を持った従者と、縄で縛った者達を引き連れ、穴山信懸が広間に入ってくる。
「お初にお目にかかり…」
「捕えよ!!」
穴山信懸が座り、平伏しながら挨拶の口上を口にした瞬間、家臣に命じ穴山信懸をとその従者を捕えさせる。
「な、何をなさいまする!! 某は豊嶋殿の敵である武田信昌の首と、捕えたその妻子を…」
「黙れ!!! この慮外者が!!!! 自分だけ助かろうと共に戦った武田信昌殿を害し、更にその嫡男、信縄殿を始め妻子に縄打ち辱め、手土産とするとは!! 誰ぞ!! この慮外者を引っ立て館の門前にて首を刎ねよ!!!」
恐らく、この時代に転生して初めてここまで怒りに身を任せて物事を命じた。
戦国時代なら当然のことかもしれないが、穴山信懸は、伊勢盛時の調略に乗り裏切っておきながら、合戦に敗れ自分が不利になった途端、共に戦った武田信昌を裏切り討ち取っている。さらにその首と妻子を手土産に頭を下げ、自分だけは助かろうとするなど、ここで許せば後々、豊嶋家にとって良い事はないはずだ。
「何をしている!! 今すぐこの慮外者の首を門前にて刎ねよ!!」
「ま、待て!! 何故ワシが首を刎ねられねばならんのじゃ!! 信昌の首は豊嶋殿も…」
「恐れながら! その任、某に!!!」
豊嶋の兵に羽交い絞めにされ縄を打たれ押し倒された穴山信懸が上げる抗議の声を遮るように、信懸同様に縛られている若者が声を上げる。
「勝敗は兵家の常、父が合戦にて討ち死にしたのなら恨み言は申しませぬが…」
「黙れ小童!! そもそも其方の父である信昌が愚かであっただけであろうが! 合戦に敗れ、川田館に豊嶋の兵が向かっていると聞き、我が所領で再起をとの言葉に、ノコノコと妻子を連れて落ち延びて来た愚か者であろう。 豊嶋殿! 某は豊嶋殿の為に信昌を討ち、妻子をとら…」
「黙れ!!」
武田信縄が穴山信懸に喰ってかかるも、騙される方が悪いと言わんばかりに、討ち取った武田信昌を罵る姿に俺の怒りが頂点に達し、怒声を発する。
「武田五郎信縄!! 其の方、穴山信懸の首を刎ねた後、如何するつもりじゃ! それで命乞いをするつもりか?」
「命乞いなど致しませぬ! 父の無念を晴らした後、その場で見事腹を切ってご覧にいれまする。 なれど、我が母や幼き弟達の命ばかりはお助けいただきたく」
「自らは父の無念を晴らしたら腹を切るから、その代わりに母と弟達の命は助けろか…」
「何卒!!!!」
「なれば見事一刀の下、見事、穴山信懸の首を刎ね、信昌の無念を晴らすと申すか? だが一刀の下、首を刎ねられねば、其の方の首を刎ね武田信昌、穴山信懸の首と共に館の前に晒す事になるが、それでもか?」
「某の首はご随意のままに。 母や弟達の命をお助け頂けるのであれば、首を刎ねられようと恨みませぬ!」
穴山信懸の首を刎ねる事は出来るが、一刀で首を刎ねる事が出来なければ自分の首も刎ねられると脅されても、既に腹を切ると宣言をしている信縄は怯むことなく、真っ直ぐに俺の目を見てそう言い返す。
「なれば許す!! 見事、信昌の無念を晴らして見せよ!!」
「有難き幸せにございまする」
縛られたまま頭を下げる信縄の縄を解くよう近習に命じ、穴山信懸を館の門前に牽き出して押さえつけると、矢野兵庫に太刀を信縄に貸してやるよう伝える。
俺の意図を察した矢野兵庫は「殿も甘い…」と呟くと、自身の太刀を信縄に渡す。
うん、俺は甘いよ…。
矢野兵庫の持つ太刀は、俺が鍛冶師に特注で打たせた物で、試作ではあるものの、打たれ強さと切れ味が抜群の実戦向きな逸品だ。
矢野兵庫から太刀を渡された信縄は、矢野兵庫からなにやら囁かれ、それに対し頭を下げ礼を述べていた。その後、意を決した表情になると、太刀を鞘から抜き、構えると、押さえつけられながらも未だに喚き散らし命乞いをする穴山信懸の首に刃を振り下ろす。
振り下ろされた刃は、寸分たがわず首の骨の関節に吸い込まれ一刀の下、穴山信懸を切り落とす。
「「「おおっ~~~」」」
見事一刀で首を刎ねた信縄を見ていた者達から感嘆する声が漏れ、野次馬のように集まった国人衆達の中からも「お見事!」などと声があがる。
「見事である!! これぞ武士の鑑である!」
「有難き幸せ!」
血の滴る太刀を腰の後ろに隠すようにし片膝を立てて頭を下げる信縄が仇を晴らした礼を述べ、「某の腹を切る場を…」と口にするのを遮りる。
「武田五郎信縄! 其の方を5000石で召し抱える! この川田館を居所として、これより行う甲斐の為に励め! 断るのであれば、一族もろとも首を刎ねる!」
「な、某に豊嶋家へ仕えよと申されるのでございまするか? 某は甲斐源氏武田家の嫡男、死を賜るのが…」
「自ら命を絶つのは容易いが、生き抜く事はそうもゆかん! 拾った命でこの甲斐が、そして日ノ本が変わるのをその目にて見届けよ! 死して生から逃れる事は許さん!」
ここで武田信縄を自刃させると武田宗家の嫡男として見事な最後であったと語り継がれ、武田の名声が高まる。
信縄には弟が居るので、いずれその弟を担いで武田家再興をと甲斐で兵を挙げる輩が現れないとも限らない、
だったら信縄を褒め、命を助けて家臣にするに限る。
後は豊嶋色に洗脳するかのように良い武将に育てればいい。
我ながら良い考えだ…。
稚拙な文章ではございますがお読頂き誠にありがとうございます。
また誤字報告ありがとうございます。
本当に、誤字脱字、言い回し等、稚拙で申し訳ございません。
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