足利成氏からの使者
野村孫太夫が部屋から去った後、本願寺を、いや寺社対策を今後どうしていくかを考えていると、小姓から古河の足利成氏からの使者として、簗田成助が江戸城にやって来たと告げられる。
先程、江戸城に付いたばかりという事なので、風呂を用意し、旅埃を落としてから部屋に案内するよう命じる。
簗田成助が風呂に入っている、であろう間、俺は僧兵を囲う寺社に対して、どうやって武装を解除させるかを考えていたが、安全の担保、収入の担保が必要であり、現状では豊嶋領以外での武装解除は難しいと思えてきた。
豊嶋領の寺社は既に寺領を豊嶋家に譲り、その代わりとして、毎年譲った際の石高分の米を毎年豊嶋家が寺に渡すという事で寺社から土地を切り離し、希望する僧兵は、豊嶋家の専業兵士として雇い入れたが、豊嶋領以外でそれをやるのは難しいのだ。
どれぐらい時間が経過したのか、小姓がやって来て、使者の簗田成助が控えの間で待っているとの事であったので、俺がいる部屋に案内するように命じると、しばらくして簗田成助がやってきた。
「古河足利家家臣、簗田成助にございまする」
「梁田殿、堅苦しい挨拶は無用、成氏殿よりのご使者との事だが、成氏殿はなんと?」
何回も顔を合わせているのだが、真面目に丁重な挨拶をする簗田成助に笑顔でそう言うと、使者として来た役目を果たすべく、簗田成助の顔が厳しい表情になる。
「古河御所ならびに古河の町再建に資金と兵糧を提供して頂きました事、公方…、いえ成氏様よりお礼の言葉をお預かりし豊嶋武蔵守宗泰様にお伝えに参った次第。 某からもお礼申し上げまする」
「なんの、仮にも公方と名乗られておりました成氏殿が住まわれていた古河の御所、そしてその膝元である古河の町の再建は必須の事、お気になさらずとお伝えくだされ。 だが此度はそのような用で来たわけではあるまい? それと梁田殿、この場には俺しかおらぬ、公方様と呼ばれても誰も咎める者はおらぬ、安心して公方様と呼ばれよ」
そう言うと、簗田成助は一度平伏し、本来の要件を話し出した。
本来の要件…。
それは、常陸国、下総国で刈り入れが終った頃から徐々に家督争いや国人同士の争いが始まり、今では古河公方を支えていた有力国人衆にまで争いが飛び火し、常陸、下総が混沌としているので、豊嶋家に兵を借り、古河公方最後の仕事として戦乱を鎮めたいとの内容だった。
「成氏殿のご心痛、察して余りあるものではございまするが、豊嶋は兵を出しませぬ。 いや、常陸、下総の為、そして成氏殿の為に兵は出さぬと言った方が正しいか」
「公方様の為に兵を出さぬとはどういう事にございまするか!」
兵を出し、常陸、下総で起きている争いを鎮める事で、成氏の影響力を維持しようと思っていたのか、それとも純粋に争いを収めたい為だったのか、俺が成氏の為にも、兵は出せないとの言葉に、簗田成助が語気を強める。
「梁田殿、これから訳を話す故、一旦落ち着かれよ」
そう言い、梁田成助が一旦落ち着き、茶で口を潤したのを待って、豊嶋が兵を出さない理由の説明を始める。
豊嶋家が足利成氏の為に常陸や下総の争いに兵を出さない理由。
それは、争っている国人衆達のどちらに大義名分があるか分からない事もあり、下手に介入をすれば、更なる混乱と騒乱を巻き起こす可能性が高いからだ。
そして成氏の要請で兵を出し、大義に関係なく力で押さえつけたとしても、双方に遺恨が残ったままである以上、一時すれば再度争いが始まる。
その事を簗田成助に説明し、更に急ぎ成氏に対し、争っている常陸、下総の国人衆達へ、即時争いを止めて、成氏の裁定を仰ぐよう命じる。
そのうえで従う者は良しとし、従わぬ者は、兵を持って鎮圧する。
来年年明け早々に、下総の香取郡、海上郡、匝瑳郡を治める岩橋孝胤(千葉孝胤)を攻め滅ぼし、その勢いで、常陸の香島郡、行方郡、信太郡、河内郡を豊嶋領とすべく兵を進める予定だ。
それまでに成氏の命に従う者、成氏に助けを求める者、そして従わぬ者をハッキリとさせておく必要がある。
命に従うなら、成氏に従属する者は国人衆として、助けを求める者は、所領安堵と成氏の家臣となる事を条件に助け、従わぬ者は滅ぼし、一部を成氏の所領とし、それ以外は従う者達へ分配する事で、古河足利家の地盤を強化するのだ。
「畏れながら、それは今まで公方様に従っていた者達であったとしても、命に従わねば攻め滅ぼすと…」
「左様。 まあ攻め滅ぼさずとも所領の一部を没収し、従属させる選択肢もあるが、成氏殿の命に従わぬ者は、一度降ったとしても暫くすれば命を聞かなくなる恐れが大きい。 梁田殿もあの場におったのだ、理解しておられよう。 いずれ、奥州や畿内へ兵を進めるというのに足元がグラついていては、足元を掬われようぞ。 今は心を鬼にする時という事だ」
「宗泰様のお言葉、そのまま公方様にお伝え致しまする」
「成氏殿には、即座に常陸、下総の国人衆へ争いを止め、成氏殿の裁定を仰ぐよう命じる書状を各家に送るよう、くれぐれもお伝えくだされ。 万が一、古河に兵を進める者がおれば、関宿城へ詰めている3000の兵が追い散らします故、ご安心召されよ」
俺の話を聞き、一応は納得した感じの簗田成助だが、関宿城の名を聞くと、一瞬顔を歪めたが、そのまま平伏すると、場を辞して古河へ帰っていく。
成氏達からしたら、関宿城に詰めている3000の兵は自分達の喉元に刃を突き付けられてる感じなんだろうな…。
実際は、成氏を討って鎌倉公方である足利政知に取り入ろうとする下総、常陸の国人衆対策なんだけど。
だけど、成氏が争いを止めるようにと命を出しても、常陸と下総で起きている国人衆同士の争いは、そう簡単には終わらないんだよね。
そもそも、普段から国人衆同士の土地を巡る争いは頻発していたし、家督争いに加え、家臣同士でも実権を握る為の争いが繰り広げられていたのだ。
成氏の大号令で一時は纏まったかもしれないが、合戦が終われば再発する。
さらに、川越の合戦で武者を多く討ち取るよう命じた結果、国人衆の首のみならず、有力な家臣の首など多くの武者を討ち取ったので、以前から不仲な家同士の争いに加え、家督争い、実権を巡る家臣同士の争いなどが起きているのが実情だ。
もっとも、こうなるであろうことを計算して武者を中心に討ち取るように命じたんだけど…。
稚拙な文章ではございますがお読頂き誠にありがとうございます。
また誤字報告ありがとうございます。
本当に、誤字脱字、言い回し等、稚拙で申し訳ございません。
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