動き出した者達
川越城を囲む足利、上杉軍に豊島軍が夜襲を仕掛けた頃、葛西城と国府台城を出陣した板橋頼家と平塚基守が率いる兵は川越には向かわず、それぞれに与えられた目的地へ向かっていた。
日暮れに葛西城を出陣した板橋頼家は、岩槻城へ向かい、花火の連続した破裂音を聞き川越で豊島軍の夜襲が始まったと判断すると、即座に家臣たちに指示を出し、岩槻城の抑えとして残っていた5000程の足利軍に襲い掛かる。
岩槻城は川越城と違い、足利軍の包囲が緩かった事もあり、事前に風魔衆が忍び込み、城を守る太田資忠に奇襲の事を伝えており、葛西城を出陣した板橋率いる兵が足利軍に攻めかかったと見るや、岩槻城を出陣し足利軍に攻めかかった。
豊島軍と太田軍からの挟撃を受ける形となった足利軍は、足利成氏の家臣が大将として指揮を執ってはいるものの、その兵の多くは武蔵の国人衆達の兵であり、不利を悟った国人衆の一人が兵に退却の命を出すと、その後は櫛の歯が欠けたように兵達が逃げ出していく。
それでもその場に踏み止まり攻め寄せる豊島、太田軍を相手に戦うも、既に多くの兵が逃散した後であり、残った僅かな兵達も、容赦なく攻めかかる兵達の前に一人、また一人と討ち取られていた。
「敵将、持田秀正を、太田家家臣、原勝光が討ち取ったり〜〜〜!!!」
高らかに上がる勝ち名乗りが戦場に響き渡ると、大将を討たれた兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「追い打ちは無用!! すぐさま兵を纏めよ! 我らが真に求めるは、このような小物ではなく成氏の首ぞ!!」
「「「おおおっ〜〜〜!!」」」
成氏の家臣である持田秀正を討ち取った原勝光からしたら、小物の首扱いされ腹を立てそうなものだったが、目指す首は足利成氏の首と聞くや、確かに成氏の首に比べれば小物だと納得し、更なる手柄を上げようと心に誓っていた。
同時刻、国府台城を出陣した平塚基守率いる2000の兵は、下総、上総の海賊衆が操る商人の川船と海賊衆の小早船で利根川を遡上し、関宿城へ攻めかかっていた。
関宿城城主である簗田成助は当初、成氏に従い出陣をしていたが、古河の町が大火に見舞われた事で、成氏よりの命を受けて町の再建の指揮を古河で執っており、城には僅かな兵しかおらず、川側から攻めかかった豊島軍はさしたる抵抗を受ける事も無く、関宿城を攻め落とす。
「さて、次は栗橋城だが、城から逃げた者の幾人かが古河に加え水海城や栗橋城に向かったであろうな…」
「なれば、急ぎ水海城と栗橋城へ兵を進めましょうぞ」
「いや、兵を進め水海城や栗橋城を攻めるのは簡単だが、古河に居る簗田成助が兵を率い関宿城を奪還しに来るであろう。 折角落とした城をみすみす奪い返される訳にはいかん!! 我らはこの城を守る。 だが海賊衆と弓達者な者は商人を装って栗橋城近くに移動してもらう」
「恐れながら…、何故?」
訝しむ家臣の顔を見た平塚基守は悪戯が成功したかのような悪い笑顔を浮かべる。
「そうだな…、そろそろ話しても良かろう。 そもそも我らが攻め落とすのは関宿城のみで良く、水海城や栗橋城は最初から攻め落とすつもりは無かったのだ」
「関宿城だけ…、にございまするか?」
「そうだ、今頃、殿が川越城を囲む足利、上杉軍に夜襲をかけている頃、岩槻城には葛西城から板橋頼家が援軍に向かっていて、既に足利軍を蹴散らしているであろう。 川越から逃げてくる足利軍は岩槻城の太田資忠と葛西城の板橋頼家に襲われ這う這うの体で落ち延びてくるはずじゃ」
「なればなおさらのこと 水海城と栗橋城を攻め落とし退路を塞げば…」
「そんな事をしてみよ。 いくら敗残兵とはいえ相手は万を超える兵だ。 我ら2000では3城を守るのが精いっぱい。 いや攻められれば守り切れまい。 それに栗橋城と水海城へは風魔衆が火を放ちに向かっておる。 燃やすのは城門だが、栗橋城は城下にも火を放つよう命じられておると申しておった故、我らはこの城の守りに専念すれば良いのだ」
「左様でございまするか…。 確かにそれならば納得致しますが、弓達者な者と海賊衆を栗橋城近くへ向かわせるのは何故にございまするか?」
「なぁに、逃げてくる足利軍の渡河を手伝ってやるのだ」
「はっ? 敵が川を渡るのを手伝うので?」
話を聞いていた家臣達が呆気にとられた顔をしているのを見て平塚基守は吹き出しそうになりながら、宗泰から指示された策を説明し始めた。
「どうじゃ、殿の策は? お優しいお方故、足軽雑兵などをお助けになると言う事だ」
「お優しい…、にございまするか…、確かに足軽雑兵などにはお優しいかもしれませぬが…、敵に同情致しまするな…」
策を家臣達に伝え終えた平塚基守は、ドン引きしている家臣をしり目に、すぐさま関宿城の守りを固めるように、そして海賊衆と弓達者な者は栗橋城近くへ向かうよう命じた。
「さて、どれだけの成果が得られるか…。 出来れば成氏は討ち取らず逃がせとの事だったが…」
■川越城周辺 吉良成高
豊嶋軍の夜襲により喧騒に包まれる足利、上杉軍のなかで、吉良成高は陣としている家にて家臣とこれからについて話をしていた所、一人の武者が大声を出しながら駆け込んで来た。
「父上!! 一大事に御座いまする! 豊嶋軍が大軍で夜襲を仕掛け、お味方は大混乱! 最早立て直し豊嶋を追い払うのは難しいと思われまする。 急ぎ管領様と共に一旦兵を引かれるべきかと!」
「頼貞か、慌てるでない。 豊嶋殿が攻めて来ても我らに矛先を向けることは無い、それよりも、今は何を手土産にすれば良いかを考えておるのだ」
「な、何を申しておられるのですか!! 豊嶋は敵にございまするぞ!!」
「そうだ、だがそれもこの合戦が始まる前まで、今、我らは豊嶋殿のお味方だ」
「このような時に、そのような芝居は終わりになさいませ!」
「芝居ではない。 いや、芝居というなれば、管領殿に従い公方様をも欺いていたのが芝居よ。 我らは豊嶋殿と密かに通じておったのだ。 良い機会だその方も付いてまいれ!」
呆気にとられる嫡男の吉良頼貞をしり目に、吉良成高は家臣と彼等に付き従う50程の兵を率い、足早に上杉顕定の本陣を目指す。
そして顕定の本陣に付くと、即座に上杉顕定の護衛としてきた旨を、本陣の兵に伝えて目通りを願う。
「おお! 吉良殿、ご無事であったか! 最早この場は一旦引き、兵を整えるがよろしかろう」
上杉顕定に目通りを求めた吉良成高だったが、出迎えたのは顕定ではなく、元関東管領家の家宰、長尾忠景であった。
「忠景殿、顕定様は何処におわすのだ?」
「顕定様は既に供回りと共に松山城へ向かわれた、吉良殿も急ぎ松山城へ向かわれるがよろしかろう」
「して忠景殿は如何するのだ?」
「ワシも直ぐに松山城へ向かうつもりだが、今しばらくはワシがこの場に残り、顕定様が兵を引かず留まり戦いの指揮を執っているように見せかけるつもりじゃ」
「そうでござったか…、既に逃げ出しておるとは…、なれば致し方ない!!!!」
成高は一瞬、悔しそうな顔をしたものの、その表情は直ぐに冷淡な目と変わる。
ザシュ!!
「うっぐっ…! き、きら…ど…」
「すまぬが吉良家の為、豊嶋家の為にその命頂戴する。 旧領を取り戻すと口だけの顕定殿にはほとほと愛想が尽き申した。 それに顕定殿は足利家一門の吉良家を従えて悦に浸っておっただけであろう? ワシは豊嶋家に、鎌倉公方である足利政知様に従う」
「ち…、血…迷わ…れた…ごほっ…」
首に突き立てた鎧通しを成高が引き抜くと、忠景は口から血の泡を吹きだしながらその場に倒れ込む。
「誰ぞ、首を挙げよ。 それと顕定殿の本陣に火をかけよ!! それと、関東管領上杉顕定様が豊嶋に通じた長尾忠景に討たれお討ち死に。 逆臣長尾忠景は吉良成高が成敗した。 長尾の兵は公方様、関東管領様を裏切った敵故、必ず討ち取れ。 とな」
「ははっ!!」
「関東管領上杉顕定様、豊嶋に寝返った長尾忠景に討たれお討ち死に!!!! 長尾勢は敵ぞ!! 上杉顕定様の弔い合戦じゃ!! 長尾勢を生かして返すな〜!!」
「関東管領上杉顕定様、お討ち死に〜〜!!」
「関東管領上杉顕定様、豊嶋に寝返った長尾忠景に討たれお討ち死に!!!! 長尾勢は敵ぞ!! 上杉顕定様の弔い合戦じゃ!! 長尾勢を生かして返すな〜!!」
吉良成高の命で本陣に火を放った兵たちは、10人一組となり大声で触れ回りながら上杉軍の中を駆けて行った。
「父上、こ、このような事をして…」
「良いか頼貞! これが乱世の習いだ。 己が乗る船が何で出来ているか、常に見極めよ! 泥船に乗り続ければ家を滅ぼす事になるのだ! ゆめゆめこの事、忘れるな!」
成高は自身の嫡男である頼貞の胸倉を掴みそう言うと、驚きの表情を浮かべ立ち尽くしている頼貞を残し、近くに居た家臣に指示を出しに行く。
「泥船か…、我ながら良く言ったものだ。 だが沈みかけた船である事は一目瞭然、此れしきで動揺するとは…、まだ家督は譲れぬか…」
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