風魔衆への命
父や譜代の者達に命を出した後、即座に別室に待たせてある風魔衆の主だった者達の元へ向かう。
「忙しい所すまんな。 早速だが風魔衆にはやって貰いたい事が多々ある。 今後の豊嶋の行く末にも関わる故、心してかかって欲しい」
上座に腰を下ろすと、頭を下げようとするのを制し即座に本題を切り出す。
「まずは望月彩芽、其方には古河に向かい、成氏が雇った伊賀者と接触せよ。 無理はせずともよい、何処の家の者か、成氏に召し抱えられたのか、それとも一時的に雇われているのか。 どの程度の人数が居るかだ。 可能なら引き抜いて来い!」
「ふっふっふっ、殿は、難しい事を簡単に申されまする。 仰せの通り、無理は致しませぬ故、あまり期待はしないでくださいませ」
そう言うと、望月彩芽は手で口を隠し笑ってる。
あっ、これ絶対に彩芽は無理難題と思ってない感じだ…。
以前聞いた話では、戦場では敵味方になれば殺し合うけど、特に護衛や暗殺、間者の抹殺などを命じられていなければ、伊賀の者同士で雇い主に不利益を与えない程度の情報交換はするらしいし。
かなり成果が期待出来そうな気がする…。
「次に服部孫六、其の方は関東管領である上杉顕定の動向を調べよ。 古河公方が兵を引く前に利根川の上流から使者らしき者が訪れたと聞く、それが誰か…、いや、それよりも何故兵を引かせたのかを調べよ。 あの関東管領の事だ、密かに何かを企んでおろうと、暫くすれば家臣へ漏れ出すであろうからな。 あと可能な限り長尾景春の動きも探れ」
「かしこまりました。 関東管領の元には既に風魔衆が入り込んでおりますれば、容易き事」
うん、関東管領である上杉顕定はハッキリ言って、未だに関東管領の権威で思うが儘になると思っている節がある。
完全に謀には向かない、そして謀に掛けやすい人間だ。
古河公方が伊賀の者を雇ったとなれば無理に古河公方を探らず、上杉顕定を探った方が簡単なはず。
ただ長尾景春が裏で動いていると厄介だな…。
長尾景春は関東管領家を盛り立てたいのか、それとも独立を企てているのか、イマイチ動きが読めないからな。
「次に野村孫太夫、其の方には三峯にある寺(埼玉県秩父市三峰)に行って貰う。 恐らくそこに、修験者の月観道満という者がおると思う。おらねば 山主(一山、一寺の主や寺院の住持等の事)と接触せよ。 三峯にある寺は景行天皇が【三峯宮】の社号を授けたと伝えられる寺社だ、豊嶋家が金を出し、堂舍を再興させ、京にある聖護院に願い出て「大権現」を賜れるようにすると申せ」
「はっ、しかしながら、三峯の寺に何か拘る意味がおありで?」
「そうだな、その昔、修験道場となっておったといえば分かるか?」
「納得致しました。 必ずや吉報をお持ち致します」
「うむ、頼むぞ。 次は音羽半兵衛だが、其の方には専業兵士500を預ける。 風魔衆の中から戦働きが得意な者を50名程選び、乱派働きと戦働き、両方が出来る隊を育てよ。 手練れにする必要はない、普通の兵が出来ぬことが出来るようにするのだ。 半兵衛はその兵を率いる将として働いてもらう」
「恐れながら、某は将としてご期待に沿える働きは…」
「謙遜するな。 先の合戦で見事兵を率いておったであろう。 叔父上からの書状でも褒めておったぞ」
「恐れ入ります。 不肖、音羽半兵衛、粉骨砕身しご期待の兵を育て上げまする」
音羽半兵衛に命じた乱破働きと戦働き、両方が出来る隊とは、俺のイメージではレンジャー部隊、いや特殊部隊というべき部隊だ。
合戦の際、風魔衆の替わりにもなるし、組織的な奇襲や後方撹乱だけでなく、少数での作戦行動、更に欲を言えば、狙撃に戦場での暗殺まで出来る者達が欲しい。
流石に暗殺は無理だろうけど、普通の兵よりも乱破に近い部隊が居れば戦術の幅が広がるはずだ。
「さて、風間兼重、其の方は駿河に居る太田道灌の元へ向かえ。 道灌は今、駿東郡の国人衆を豊嶋に従わせようと動いておる。 それに加え甲斐の郡内に強い影響力を持つ小山田の調略もしておる。 その手助けをせよ。 道灌は今、駿東郡、富士郡を割譲することと引き換えに小鹿範満を密かに支援し今川の家督を継がせようとしておるが、人手が足りぬとの事なのでな」
「ははっ!! それにしても駿東郡のみならず富士郡まで割譲をさせるとは…」
「簡単な事よ。 小鹿範満が家督を継いだ後、遠江を攻める際は豊嶋も兵を出すと言っておるからな。 駿東郡、富士郡を手放したとしても、家督が継げ、遠江国が手に入るのであればと、二つ返事だったようだぞ」
道灌と小鹿範満は元々、以前の家督争いの際、味方同士だった事もあり、交渉はすんなり進んだと言っていた。
ただ、遠江で討ち死にした今川義忠の遺児である龍王丸に家督を継がすべく、伊勢新九郎盛時(後の伊勢宗瑞【早雲】)が史実と異なり京に帰らず龍王丸派の国人衆を纏めているので厄介なのだ。
道灌は、駿東郡、富士郡に所領を持つ龍王丸派の国人が、小鹿範満派の国人を攻めるよう仕向け、それに対し援軍という体で龍王丸派の国人を所領から追い出す、という事をやっているが、最近、伊勢盛時が出張って来て龍王丸派の国人の所領を返せと言い出しているとの事だ。
もっとも、幼い当主の後見として実権を握っている小鹿範満が、道灌の行動を追認しているので、今川家内の派閥争いが激化しているだけなんだが、伊勢と小鹿の両派閥が勝手に争って消耗してくれるのはありがたい。
せっかく豊嶋が密かに小鹿を支援し、龍王丸派を焚きつけているのだ、好き勝手に争ってくれるのは、豊嶋家にとって良い事なのだ。
「最後に風間元重、其の方は、今まで通り関東の情報を纏めよ」
「はっ!」
「さて、これは今後の風魔衆についてになるが、まず風間元重には5000石を与える。 この5000石は豊嶋家の将としての風間元重の所領だ。 そして以前与えた5000石は風魔衆の所領とする。 元重は豊嶋の将と、風魔衆の頭領、二つの顔を持ってもらう。 風魔衆の頭領として働くときは、風魔小太郎を名乗り、代々風魔衆の頭領は小太郎を継承させよ」
「はっ! かしこまりました。 しかしながら風魔衆の頭領は、風間の者が継ぐのは如何なものかと存じます。 お許しいただけるのであれば、この場にいる6人が認めた者を風魔衆の次期頭領に致したく…」
「相分かった! 風魔衆の頭領について、俺は口出しをせぬ故、皆に任せる」
「有難き幸せ」
風間元重からこんな話が出るとは思ってもみなかったので、一瞬驚いたが、風魔衆を纏めて行くうえで、次代の棟梁は元重の一族で無く、優秀な者をとの事だと思う。
恐らく、伊賀から来た者達と話合って、伊賀の者と、風間の者が完全に融和して一つになる方法として決めたんだろうな。
まあ元重の嫡男は完全に文官志望で宮城下の学舎で内政を学んでるってのもあるんだろうけど…。




