第九話
『奈緒へ
突然の手紙、ごめんね。
どうしても一言謝りたくて手紙を書きました。
私、別に美緒のことが嫌いで言ったわけじゃないの。
あの人が裏でいろんな女性にちょっかい出してることを知っていたから。
でも奈緒にとっては余計なお世話だったよね。
言わなくていいことまで言っちゃって、本当にごめん。
どうか奈緒が幸せでありますように』
「書けた!」
水無月さんの言葉を聞きながら、僕はそれを手紙に書き写した。
正直、そんなに字は綺麗なほうじゃないけど、それでもかなり丁寧に書いたつもりだ。
そんな僕の手紙を桜ノ宮さんが横から覗き込んで「プッ」と笑った。
「アッキーノってば、下手くそな字」
「しょうがないだろ? こういう字なんだから」
「こんなんじゃ字が汚すぎて、英語でなんて書いてあるか読めないよー」
「日本語ですけど!?」
これが英語に見える桜ノ宮さんの目が怖いわ!
「水無月さん、こんなんでいい?」
桜ノ宮さんは無視して、僕は水無月さんに手紙を差し出して見てもらった。
水無月さんは嬉しそうにコクコクと頷いた。
「はい! 謝りたい気持ちが伝わればいいので十分です!」
「そっか」
僕は手紙を折りたたむと、便せんに入れた。
「すいません、私のワガママでお手紙までわざわざ買って来てくださって」
「いや、いいんです。この手紙で水無月さんが成仏できるなら」
本来ならあまり関わらないほうがいいのだが、ここまで関与してしまったなら早く成仏させてあげたほうがいい。
この手紙一枚で成仏してくれるなら、文字通りお安い御用だ。
「でも、奈緒は会ってくれますでしょうか」
「そこはなんとか考えるよ」
昨日はいきなりすぎたからな。
今度は慎重に行こう。
できればこの場で小松奈緒に手紙を読んでもらいたいんだけど。
読んでくれるかなあ?
そもそも、この手紙をもらってくれるかなあ?
「あ、そうだ! 良い事思いついた!」
桜ノ宮さんが90%悪いことを思いついたようだ。
「なんだ? 桜ノ宮氏よ」
「これを不幸の手紙として10人に回さないと呪われるぞーって増やして行けば、いずれ本人のもとに……」
聞かなかったことにした。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい! 吉報をお待ちしてます」
不安はあったが、今日の夕方リベンジすることにしたのだった。
※
前回逃げられた経験から、僕は本人に直接会うよりも詩集サークルのメンバーに手紙を渡してもらおうと考えた。
別に僕じゃなくてもいいのだから。
目的は彼女に水無月さんの手紙を読んでもらうことなのだ。
「我ながら名案だ」
などとつぶやきながら325室を目指す。
相変わらず桜ノ宮さんは「ううう、なんまんだぶ。なんまんだぶ」と訳のわからないお経を唱えて僕の腕にしがみついていた。
幽霊のくせに幽霊が怖いだなんておかしなヤツだ。
っていうか、自分でお経を唱えて成仏しないんだから、その念仏は意味ない気がするのだが。
なんて思っていると、目当ての325室にたどり着いた。
昨日と同じように室内から明かりが漏れている。
「やった。桜ノ宮さん、今日も活動してるみたいだよ」
「ほうほう。昨日に引き続き今日もですか。まるで休みのないブラック企業のようですなあ」
何を言ってるかわからない桜ノ宮さんを無視してそっと中を覗く。
すると室内には小松奈緒はおらず、昨日いたメンバーが談笑しているのが見えた。
「お、小松奈緒はいないみたいだな。好都合だ」
僕は思い切って中に入ると、談笑している人たちに声をかけた。
「あの、すいません」
僕の声に反応して、全員がこちらに目を向ける。
その顔は一様に「誰?」という表情をしていた。
「突然すいません。実はお願いがあって……」
僕は彼らに水無月さんの手紙を預かってること、そしてそれを小松奈緒に渡して欲しいことを伝えた。
「そうですか、優奈ちゃんのお知り合いの方ですか……」
水無月さんの名前を出した途端、静かになるメンバーたち。
そっか、小松奈緒だけじゃなく、彼らも同じ仲間だったんだよな。
そりゃツラいよな。
「優奈ちゃん、すごく優しくて仲間思いのいい子だったのに、あんなことになって……」
あんなことというのは、事故のことだろう。
さっきまであんなに和気藹々としゃべっていたのに、今ではみんなお通夜みたいな顔をしている。
もしかしたら彼らもツラい出来事を必死に忘れようと無理に振る舞っていたのかもしれない。
そう思うと、なんだか悪いことをした気がする。
でも死んでしまった水無月さんが成仏するには彼らの力を借りるしかない。
僕は悪いことをしたなと思いつつも、水無月さんの手紙を差し出した。
「これを小松奈緒って子に渡して欲しいんですが、お願いできますか?」
差し出した手紙を、メンバーのひとり、三つ編みの女の子が受け取ってくれた。
「はい、わかりました。優奈ちゃんの最後の手紙ですものね。奈緒ちゃんにお渡しします」
そう言って悲しそうに微笑む彼女に、僕は「よろしくお願いします」と深々と頭を下げたのだった。