表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

第5話 脱却の糸口

「……家族とは言え、見られた」


「……家族とは言え、見ちゃった(2夜連続)」


「見ちゃった、じゃないよ! 馬鹿兄貴!」


我が妹の立夏は本当に優秀な妹だ。


突如として現れた兄貴に予期せぬ素っ裸を見られ。


きゃー! と声を荒げることも無しに、ハっと我に返った立夏は超スピードで床に散乱する衣類を掴み着て、顔を真っ赤にしながら布団に包まったのだ。


声を荒げることも無しに…この部分が非常に優秀。


もし漫画のラッキースケベよろしくに叫ばれていたら、秋菜や両親が起きてしまい、かつ血塗れなパンツを片手に妹の素っ裸の目前に立つ俺はきっと…こっから先は想像したくない。


本当にできた妹で良かった。

ニートバンザイ!


「…ノックぐらいしてよ」


布団に包まりつつも、威勢良く口頭攻撃を始める立夏。


「したよ! でもゲームしてて気付かなかったのはそっちでしょ!」


俺は散らかった床に座れるだけのスペースを作り、ドっと腰掛ける。


「そもそもだ。何でお前裸だったんだよ? 1人裸族ですか?」


「ち、違っ…だ、だってこの部屋クーラーの効きが悪いし、PCも古いから熱を持つし、あと風呂上がりもあって暑くて…」


「まあそういうことにしとくよー」


「も、もうっ!!」


あー…からかい甲斐のある妹だ。


そしてふと思った。


割とすんなり、話が出来る流れの中いる気がする。


空気が心なしか良い。


だから、変に流れが乱れぬように、血塗れのパンツは一旦後ろに隠した。


「…で、何の用?」


顔以外すっぽりと布団に包まった立夏。

その目は鋭く攻撃的。


「用と言うか…ほら、昨日言ったじゃん? 話し相手になってくれって。だから雑談しに来た」


「…えっ? それだけ?」


「それだけ」


不意の訪問ながら、理由はただの雑談…

その事実にキョトンとする立夏。


今日は固まる姿をよく見るな…


「でさ、立夏に色々聞きたい事があるんだけどさ、まずは…」


「えっ、ちょっ…えぇ?」


まあ、何はともあれ、兄と妹とで他愛のない雑談でもしよう。












「ニートってさ、どう?」


「どうって、別に…」


「昼間に時間を気にせず寝られるってさ、めっちゃ幸せだよね? どう?」


「あー…そう…かな。確かに、時間とか気にしないからぐっすりいける」


「いいなぁ…昼間に活動する人からしたら、ヒルナ◯デス見ながらクーラーの効いた部屋でうたた寝するって夢に近い何かなんだよね」


「あ、ちょっと分かる。高校時代アタシもそう思ってた」


小さな小さな夢ではあるが、夢に変わりは無い。


寝たい、お昼寝したい。


そんな大学生の夢。

きっと会社員なら尚更願う夢なのだろう。


「ぐーたら生活いいな…なんかさ、ニートしてて思う事ない? これ良かったとか、これヤバいとか」


「えー? そ、そう言われると…あっ」


「なに?」


「…高校の卒アル見ると死ぬほど切なくなる」


「あ、あー……」


佗しいな。


ともあれ、兄妹水入らずな雑談。

ニート準2級の称号を持つ立夏が語る、ニートの生活。


俺は興味と…堕落に対する微かな羨ましい気持ちから、あれこれ聞いてみたりしていた。


「…兄貴はさ」


ふと。


立夏が俺に問いかける。


「兄貴は…どう思うの? その…か、家族にニートがいるって…」


ごもり気味な口調の立夏。

世間からの定評、見てくれを気にしているのか?


「いや、そのニートが家庭内で認められている辺り羨ましいしかないんだけど」


本音である。


「い、嫌じゃないの?」


「嫌ではない…まぁ、正直言えばもっと外出て健康的な生活をして欲しい所はあるけど、まぁ生き方は人それぞれだし、いいんじゃない?」


ニートを肯定する気はさらさら無いが。


人生人それぞれ。人それぞれにペースってものがある。


俺はどんなにペースが遅くとも、向上心を持って生きてる人間に対しては否定をしない。


「まあ、立夏はさ…何があったのか知らんけど、親が歳で倒れるまでには自立…ってか、外出て欲しいかな。俺は多分お前を養えん」


「……」


「……立夏は、ニート脱却はしたいのか?」


「……ま、まぁ」


ニート相手に社会の云々を話した所で基本嫌悪されるか、引き篭もられるだけなのは承知。


故に立夏との会談の初手たる今日は、その手の話題に触れる気など毛頭なかったのだが…


まさか自ら振ってくるとは思ってもおらず、思わずこの件の核心に迫る問いを返してしまった…


「……その意志があるなら、今はいいや」


…逃げに近い、会話からの撤退。


今の問いに対し、突如俯き、目を伏せた立夏。


空気の重さが伝わってきた。


まだちょっとこの話題は早かったか…


と、後悔をしながら…今日の会談はこの辺で切り上げるか、と会話の終わりを模索しようとした、


その時だった。


「…今はまだ、気持ちの整理がついてないなら話したくないけど」


ふと、立夏が口を開いた。


「…いつか、前の会社で何があったのか…話すね。その時、相談に乗ってくれる?」


俺は目を見開き、固まった。


1年近く、同じ家で暮らしながらも全く会話がなく、姿すら滅多に見なかった妹の立夏。


もはや「記憶」と言う概念になっていた立夏の存在。


1年ぶりにまともに話し、今こうして実際に対面していて。


ニートになり、変わってしまったのではないか…と心の底で思っていた俺の不安は払拭されたような、そんな心情。


今そこにいる立夏は、立夏だ。


1年ぶり…しかし、その立夏は1年前となんら変わってなかった、昔よく兄を頼りめそめそしていたあの立夏の面影だ。


「…あ、ああ。いつでも言ってくれれば、相談に乗るよ。…昔みたいに」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ