第5話 脱却の糸口
「……家族とは言え、見られた」
「……家族とは言え、見ちゃった(2夜連続)」
「見ちゃった、じゃないよ! 馬鹿兄貴!」
我が妹の立夏は本当に優秀な妹だ。
突如として現れた兄貴に予期せぬ素っ裸を見られ。
きゃー! と声を荒げることも無しに、ハっと我に返った立夏は超スピードで床に散乱する衣類を掴み着て、顔を真っ赤にしながら布団に包まったのだ。
声を荒げることも無しに…この部分が非常に優秀。
もし漫画のラッキースケベよろしくに叫ばれていたら、秋菜や両親が起きてしまい、かつ血塗れなパンツを片手に妹の素っ裸の目前に立つ俺はきっと…こっから先は想像したくない。
本当にできた妹で良かった。
ニートバンザイ!
「…ノックぐらいしてよ」
布団に包まりつつも、威勢良く口頭攻撃を始める立夏。
「したよ! でもゲームしてて気付かなかったのはそっちでしょ!」
俺は散らかった床に座れるだけのスペースを作り、ドっと腰掛ける。
「そもそもだ。何でお前裸だったんだよ? 1人裸族ですか?」
「ち、違っ…だ、だってこの部屋クーラーの効きが悪いし、PCも古いから熱を持つし、あと風呂上がりもあって暑くて…」
「まあそういうことにしとくよー」
「も、もうっ!!」
あー…からかい甲斐のある妹だ。
そしてふと思った。
割とすんなり、話が出来る流れの中いる気がする。
空気が心なしか良い。
だから、変に流れが乱れぬように、血塗れのパンツは一旦後ろに隠した。
「…で、何の用?」
顔以外すっぽりと布団に包まった立夏。
その目は鋭く攻撃的。
「用と言うか…ほら、昨日言ったじゃん? 話し相手になってくれって。だから雑談しに来た」
「…えっ? それだけ?」
「それだけ」
不意の訪問ながら、理由はただの雑談…
その事実にキョトンとする立夏。
今日は固まる姿をよく見るな…
「でさ、立夏に色々聞きたい事があるんだけどさ、まずは…」
「えっ、ちょっ…えぇ?」
まあ、何はともあれ、兄と妹とで他愛のない雑談でもしよう。
「ニートってさ、どう?」
「どうって、別に…」
「昼間に時間を気にせず寝られるってさ、めっちゃ幸せだよね? どう?」
「あー…そう…かな。確かに、時間とか気にしないからぐっすりいける」
「いいなぁ…昼間に活動する人からしたら、ヒルナ◯デス見ながらクーラーの効いた部屋でうたた寝するって夢に近い何かなんだよね」
「あ、ちょっと分かる。高校時代アタシもそう思ってた」
小さな小さな夢ではあるが、夢に変わりは無い。
寝たい、お昼寝したい。
そんな大学生の夢。
きっと会社員なら尚更願う夢なのだろう。
「ぐーたら生活いいな…なんかさ、ニートしてて思う事ない? これ良かったとか、これヤバいとか」
「えー? そ、そう言われると…あっ」
「なに?」
「…高校の卒アル見ると死ぬほど切なくなる」
「あ、あー……」
佗しいな。
ともあれ、兄妹水入らずな雑談。
ニート準2級の称号を持つ立夏が語る、ニートの生活。
俺は興味と…堕落に対する微かな羨ましい気持ちから、あれこれ聞いてみたりしていた。
「…兄貴はさ」
ふと。
立夏が俺に問いかける。
「兄貴は…どう思うの? その…か、家族にニートがいるって…」
ごもり気味な口調の立夏。
世間からの定評、見てくれを気にしているのか?
「いや、そのニートが家庭内で認められている辺り羨ましいしかないんだけど」
本音である。
「い、嫌じゃないの?」
「嫌ではない…まぁ、正直言えばもっと外出て健康的な生活をして欲しい所はあるけど、まぁ生き方は人それぞれだし、いいんじゃない?」
ニートを肯定する気はさらさら無いが。
人生人それぞれ。人それぞれにペースってものがある。
俺はどんなにペースが遅くとも、向上心を持って生きてる人間に対しては否定をしない。
「まあ、立夏はさ…何があったのか知らんけど、親が歳で倒れるまでには自立…ってか、外出て欲しいかな。俺は多分お前を養えん」
「……」
「……立夏は、ニート脱却はしたいのか?」
「……ま、まぁ」
ニート相手に社会の云々を話した所で基本嫌悪されるか、引き篭もられるだけなのは承知。
故に立夏との会談の初手たる今日は、その手の話題に触れる気など毛頭なかったのだが…
まさか自ら振ってくるとは思ってもおらず、思わずこの件の核心に迫る問いを返してしまった…
「……その意志があるなら、今はいいや」
…逃げに近い、会話からの撤退。
今の問いに対し、突如俯き、目を伏せた立夏。
空気の重さが伝わってきた。
まだちょっとこの話題は早かったか…
と、後悔をしながら…今日の会談はこの辺で切り上げるか、と会話の終わりを模索しようとした、
その時だった。
「…今はまだ、気持ちの整理がついてないなら話したくないけど」
ふと、立夏が口を開いた。
「…いつか、前の会社で何があったのか…話すね。その時、相談に乗ってくれる?」
俺は目を見開き、固まった。
1年近く、同じ家で暮らしながらも全く会話がなく、姿すら滅多に見なかった妹の立夏。
もはや「記憶」と言う概念になっていた立夏の存在。
1年ぶりにまともに話し、今こうして実際に対面していて。
ニートになり、変わってしまったのではないか…と心の底で思っていた俺の不安は払拭されたような、そんな心情。
今そこにいる立夏は、立夏だ。
1年ぶり…しかし、その立夏は1年前となんら変わってなかった、昔よく兄を頼りめそめそしていたあの立夏の面影だ。
「…あ、ああ。いつでも言ってくれれば、相談に乗るよ。…昔みたいに」