第4話 薄暗い部屋の中の肌色
「お、おおおお兄ちゃんッ!!」
大学から帰宅した俺は、案の定玄関で出待ちしていた妹の秋菜に捕まった。
その顔は真っ赤。
羞恥を表す真っ赤なお顔。秋菜がこんなにテンパっているのは中々に珍しい。
とても珍しい、レアだ。写真撮りたい。
「ほ、本当に、ふざけないで!」
と息巻く秋菜。
つまりは今朝のおぱんつ騒動の件だろう、ってのは察しが付く。
つまり、語るは1文のみ。
「いやはや全く…ご馳走様でした」
「……ッ!!」
ガシっと脇腹に回し蹴りを頂きました。
「痛っ!!」
「ほ、本当に何考えてんのっ! バカなのっ!?」
「まあまあ落ち着け。見せパンして自転車で街中疾走してたのお前だろ?」
「気付いてたなら電話してよ、言ってよ! そ、そしてご馳走様って何っ!? キモい、変態!」
「あー…」
あー…これ言ったらガチギレされるか、ガチ引きされるかの2択なのは目に見えてるんだけど、
まあ、言わせて頂くと、
「うーん…ご馳走様とは言ったけどさ、別に妹のパンツなんざ家にいりゃいつでも見れるし、興奮度はかなり低いよね」
「……ッ!!?」
ボフっと、羞恥と怒りの蒸気を脳天から発した秋菜。
ガチギレでもガチ引きでもなく、ガチテンパりを見せた。
…可愛いヤツめ。
その日の深夜2時過ぎ。
俺は、立夏の部屋の前にいた。
目前には閉ざされた木製の扉。
向こうには立夏の汚部屋。
俺は手に持つ血塗られたパンツを握り、軽く呼吸を整え。
…昨晩、立夏の鼻血の止血に使われたと言う、マイパンツ。
たまたまあれから1回も洗濯機を回しておらず、俺の手元には今、昨日のままの赤く染まったパンツがある。
これが今回の武器になる。
立夏と話をするための、かつ立夏に逃げ道を与えぬ口実を秘めた武器。
俺はもう1度、今度は深呼吸をして。
「…よしっ」
コンコン、と。
俺は立夏の部屋の扉を軽くノックして、そのままドアノブに手を掛け、
ノブを引いた。
「おい立夏、お前が昨日汚したパンツさ、全然血が落ちなくてさ、どうしてくれ…る…んだ?」
開けた扉の向こう、立夏の部屋。
昨日と同じく床に散乱した漫画やゲームや衣類。
足の踏み場もない汚部屋。
天井からぶら下がる照明は電気が切れかけ、部屋を薄暗く染めていた。
若干の埃っぽさが鼻腔をくすぐる立夏の部屋の端っこには、薄暗いこの部屋の一角だけを青白く照らす、起動されたデスクトップPC。
ブォーンっと低音を鳴らすファン。
デスクトップPCのスクリーンには、ネットゲームの画面が写り。
時折聞こえる、キーボードを叩く音とマウスをクリックする音。
…デスクトップPCの前に置かれた、回転するタイプの椅子。
その上であぐらをかき、猫背気味になりながらネットゲームに勤しむのは、我が妹ニートの立夏本人だ。
頭にはヘッドフォン型のマイクを装備し、ファンのモーター音やマウスのクリック音に混じり、時折何かをボソボソっと喋り、また時折ふふっと小さな笑い声を漏らす。
…PCのスクリーンの青白い光に照らされ、ネットゲームに勤しむ立夏の姿。
それは…あろう事か、全裸だった。
何と言う事だろうか…頭のヘッドフォン型マイク以外、何ひとつとて衣類またはそれに代わる物を一切身に付けず、
まさに生まれたままの、その姿で、
どっしりと椅子の上であぐらをかき、楽しそうにネットゲームをプレイしていたのだ。
ただでさえ色白の肌が、暗い部屋でPCの青白い光に照らされ、より一層白く…際立って見えた。
外に出ず不健康な生活ながら、その身体は細く…ガリガリではなく、美の意味合いを持つ痩せ方をしていて。
猫背でも垂れない控えめな双丘に、座ってても分かるくらいのくびれた腰回り。
おお…何と言うことか。
2日連続で妹の素っ裸とこんばんはしてしまった。
立夏はヘッドフォンから聞こえるゲームの音と、ボイスチャットのせいで周りの音が聞こえてないみたい。
扉のノックにも、扉の開く音にも、部屋に入った瞬間に発した俺の声にも気付かずに、立夏はゲームに熱中する。
「……」
コレはタイミングが最悪だ。
出直すべきだ、コレはヤバい。
本能が告げる。今すぐここを立ち去った方が良い、と。
俺はそっと扉のノブに手をかけ、そっと、そーっと…
その時。
「…うん、うん。じゃあまた明日、この時間に。うん、じゃあね、お休み」
…ボイスチャット機能で同じネトゲ仲間に声を飛ばす立夏。
僅かに聞こえた会話の内容。
それは、今しがたゲームを終える意味の内容であり、それはつまり…
「うぅーーー…っ。疲れたぁ…」
カチカチっとマウスをクリックし、ネットゲームを終える立夏。
そしてヘッドフォンを外して、上半身をグイっと伸ばした。
「……はぁ、寝よっかな」
立夏はあくびを1つすると、椅子の上であぐらを組んだまま、座席を180度回転させ…
「……えっ」
「お、おぅ…き、昨日ぶり」
目と目が逢う、瞬間…
場の空気が固まった。凍った。
俺はドアノブに手をかけたまま、
立夏は今しがた外したヘッドフォン型マイクを手に持ちながら、固まった。
静寂。闇の中の虚無。
とは言え、薄暗いながらも豆球並の照明は点いてる訳であって、互いが互いにその姿をはっきりと視認出来てしまう。
互いに脳がフリーズ処理を起こす。
しかし、そのフリーズ処理が先に解けた方が、この無の空間に於ける場の掌握権を手にする事が出来る…と言う事を、本能が理解し動かぬ理性にアラームを鳴らす。
緊急速報、緊急速報。
脳の一時凍結を確認。
急いで脳の解凍を始めよ。
「…はっ」
先に我に返ったのは、俺だった。
「あっ…えっと、これは…」
先手必勝、この場は掌握したも同然。
勝った! この勝負、俺の勝ち…
「…え、えっ」
その時、俺のかけた声にビクっと立夏が反応。
咄嗟だったのと、回転する椅子の上であぐらってのが少し不安定な格好だった故に、
立夏は安定性を求め、組んでいたあぐらを解き、座ったままに両足を床に着けた。
それ即ち、今まであぐらを組んでいた足で見えていなかった、いわゆる立夏のグランドキャニオンが丸見えになってしまった訳で。
「ちょ、ちょっ…!」
またしても、俺の脳はフリーズしてしまった。




