21 初めての学校祭(6)
一通り見て回りくたびれたところで生徒指導室に戻った。先輩たちもそれぞれ差し入れのドーナツやおにぎりを適当にかぶりつきつつ、のんびりとおしゃべりに興じている。乙彦以外の一年生はいないがたいして寂しくもない。三日間の連れ立ち生活は結構身になるものがある。
「さてと、関崎。唐突なんだが」
三年の先輩が乙彦の制服をまじまじと眺めながら、
「これから先の人生設計考えてるか?」
いきなり堅い話と思いきや、二年の先輩がまぜっかえす。
「なに言ってるっすか先輩。一年坊主にそりゃないでしょが。もっと分かりやすく言ってやればいいじゃないですかねえ」
「わからねえ?」
もちろん分からない。乙彦はいそいでかじりかけのドーナツを飲み込んだ。
「あ、あの。全く」
「この三日間、なんでお前をあそこまでうろちょろ連れ歩いたか、わからないと」
「はい。説明していただけると助かります」
確かに乙彦も不思議には思っていた。いくら結城先輩の指示があったからとはいえ、なぜ先輩たちが乙彦を生徒会やらOBOGやらいろいろなところに売りこんでくれるのかが全く見当つかない。水鳥中学時代において先輩とは絶対権力の持ち主であり逆らうことはゆるされず、それゆえに乙彦は陸上部で総すかん買うはめとなったわけだ。青大附高ののどかな上下関係にいまだ戸惑うところもある。
二年、三年、ともに顔を見合わせる様子からして、なんらかのたくらみがあるのだろう。そのくらいはわからなくもない。
「どうするよ」
「説明しといたほうがあとあといいんでないか」
「そうだな。もう日にちもねえし、他の奴もいねえし」
「そうだなそうだな」
全員意見が一致したらしく、次に三年の先輩が代表して語り出した。
「学校祭が終わったら、次の行事は何かわかるか」
「はい、実力テストと、生徒会役員選挙と、クラス合宿と、クラスの改選です」
「ご名答。実力テストはまだ先だろ。生徒会役員選挙あとじゃないか」
「はい、たぶん」
「ならば、お前、次期の委員会なんだがどうする気だ」
──どう答えれと。
まだ学校祭も終わっていないというのに何を考えているんだろうこの先輩たちは。
「まだわかりません」
「また規律やるのか?」
「それは」
言葉に詰まった。この三日間で規律委員会の面子が決してつまらない奴らではなく、イベント遂行能力にも長けた軍団であることはよく理解した。しかし、それと同時に結城先輩の言葉も耳に響く。はたしてフェルトにはさみをいれたり、ど派手な制服をまとって歩くようなことをこれからも続けたいと思うかどうか。重要なのはそこだ。
「んじゃ、早いうちに結城の見解だけ伝えとっか。規律委員会としても重要だからな」
先輩はじっくりと膝を付き合わせるようにして、その場にいる規律委員連中……全員先輩でかつ男子……を呼び集めた。小声で、
「お前、次の改選で生徒会役員立候補する気ないか?」
じわりと乙彦を見据えてきた。
──まじかよ、おい。
目の前の先輩方のかぶりつきそうな表情に、乙彦は息を呑んだ。
「あの、俺が生徒会、ですか」
「そうだ。なあ、おい」
そこにいる先輩たちがみな頷く。ということは本当のことか。
「俺、そんなに規律委員会に迷惑かけてますか」
「んなわけねえだろ、誤解すんなや」
やわらかく茶々を入れる先輩もいる。説明役の先輩がさらに続けた。
「はっきり言っとくと、お前が規律に来てから結城の命で関崎のことはいろいろ観察するようにしてた。気づいてなかったかもしらないがな」
「それほんとですか」
気づかなかった。なんてつまらない委員会だろうとか思っていなかった。週番と違反カード切りという地味な仕事ばかりで、学校祭がなければ失望で終わっていたはずだった。
「ああそうだ。結城がお前のこと目をつけてたからな。また俺たちもいろいろと学校内で面倒なことが続いていたということで、次期のスターを育成したいと思う今日この頃だったんだ」
「次期の、スターですか」
ますますわからない。顔をしかめてしまっているようだ。目の前で誰かが乙彦の顔まねをしているからよくわかる。
「そう。詳しいことは近いうちに結城から話が来るだろうが、学校祭が終わった段階で生徒会役員選挙のこともちょこっとだけ頭に入れておいてもらえると助かるぞ」
「あの先輩、ひとついいですか」
乙彦はかろうじて口を挟んだ。
「俺はご存知の通り外部生で青大附高の内部事情は全くわかりません」
「わからねえでいいんだよ」
また茶々を入れる声あり。みな首を振る。
「俺がずっと関崎を観察してきた上での結論なんだが、お前、規律委員のカラーじゃねえよ。こうやって色物扱いさせてもらった今回の学校祭なんだが、ファッションとかそういうもんにはお前あまり興味ないだろ? 正直に答えてみろ」
「はい、トレーナーとジーンズが一番です」
一部吹き出す先輩あり。
「南雲がこれから先、規律委員会を古きよきファッション倶楽部に仕立てようとしているがいかせん一年だし、クラス替えで下手に当たればまた二年以降委員に上がれるとも限らない。道のりは厳しいんだよ。だが、生徒会ならば少なくとも一年の任期は勤められる。外部生だからといって別に難しいことをやるわけじゃねえし、いきなり生徒会長に立候補しろというわけじゃない。とりあえず書記か会計、思い切って副会長というのもありだ」
「確かに俺は、中学時代副会長してましたが青大附高の雰囲気とは違うと思います」
あの修羅場な日々を思い返すとおぞけが立つ。
「じゃあだいたい生徒会の雰囲気はわかるな。んじゃ簡単だ。一応これ先輩命令として意識してほしいんだが、とりあえず次期の改選ではどっか役職選んで立候補してみろ。俺の知る限り他の連中が立候補しようとする気配はまだない。関崎がもぐりこむスペースはある」
「ですが、先輩俺は」
「いいな、とりあえず命令ってとこで。詳しくは結城に聞けよ。あのアイドルチラシ溢れる部屋の中で丁寧に教えてくれるだろきっと」
みな、結城先輩の部屋の中を思い浮かべているということだけはよくわかった。大爆笑したからだ。
「先輩、ただいま帰りました! 関崎くん入れ替わりで見てきたら?」
清坂が戻ってきたこともあり、先輩たちはそれ以上の話をすっぱりやめた。
──いったいなんなんだこの急な話。
藤沖とはすでに次期評議委員を受けるということで話がついていた。あいつも乙彦が生徒会に色気あると勘違いしているようだしやはり推したそうな気配も感じていた。だがまさか、規律委員の先輩たちから熱く説得させる羽目になるとは全く想像すらしていなかった。本当だったら規律委員に次期も残れとか、何かかしら引きとめたがるのではないだろうか。やはり何か乙彦は無意識のうちに、先輩たちに対して想像を絶する失礼を働いた可能性がある。近いうちに結城先輩とその辺も確認しておく必要がありそうだ。