21 初めての学校祭(7)
青立狩 高校一年・二学期編 21 初めての学校祭(7)
さすがに最終日の午後は乙彦も三十分だけ時間をもらい外に出た。
「すいません、すぐ戻ります」
「おお待ってるぞ!」
展示を見直すつもりはない。校舎からいったん出て記念撮影をしたかった。この目立つ制服でひとりうろつくだけでも十分な威圧感だろう。視線をばしばしと感じる。
──忙しいんだろうな。
いつもなら雅弘が飛んでくるであろう学校祭のイベント。今回はなぜ返事がこなかったのか、そこのところだけが気になる。授業や実習がいろいろと大変なんだろうか。工業高校の授業は普通科英語科と全くカリキュラムが違うだろうし、乙彦は手伝ってやれそうにない。今度声をかけてみなくてはとも思う。
「関崎、いたか」
やっとめぐり合えた外部三人組のひとり、名倉がチョコバナナを加えながら近づいてきた。学校祭中は全く話す間もなかった。それなりに楽しんでいるようにも見える。制服をまじまじと見ては、
「やはりお前ひとりよく目立つな」
感嘆したように言う。
「あと一時間で蛍みたいな格好も終わりだ」
「惜しいな。静内連れて記念撮影したかった」
「そういえば静内はどうしてる?」
評議委員会は裏方の仕事全般を請け負っているはずだが、規律委員会とはあまり接点がない。ないわけではないのだろうが、上級生のところですべて片が着いているのだろう。一年生の出番は全くないというわけだ。
名倉はちらと周囲を見渡し、乙彦を壁際におしやった。
「あまりでかい声では言えないが、いろいろトラぶっているようだ」
「また今度は何やらかした」
合唱コンクールでいろいろ清坂と揉めたらしいとは聞いているがそれ以外にも何かあったのだろうか。頭の中をいろいろめぐらせてみるが思い当たる節がない。
「評議の女子たちとまた面倒なことになったらしい」
「あいつは基本として逆らわない性格のはずだが」
清坂と違い上に楯突いたりはしないタイプだと思っていた。堪忍袋の緒が切れた時のみとことんやり返すが基本的には沈着冷静がモットーのはずだ。
「詳しいことは学校祭が終わってからカラオケボックスでしゃべろう。俺も用があるからまたあとでな」
見ると名倉をにこやかに待ち構えている女子と男子の二人組が少し離れた場所にいる。なんとなく女子の体型で誰だかは見当がついた。乙彦には気がついていないようで挨拶しそびれた。
──名倉も、今日はいとしい姫とのデートか。
グラウンドまで歩いてみる。初日、二日目と野外劇や吹奏楽コンサート、ダンス発表会などいろいろ行われていて乙彦も警備の合間にちょこちょこ覗き込んだ。みな、思うがままに楽しんでいるのはわかるのだが、いかんせん芸術感覚にとぼしいためすべてが同じに聞こえてしまう。もったいない感性である。
──だが、こういうものを自分ひとりで作り出したり、みんなでこしらえたりしていける環境ってのがすごいな。
お仕着せの学校祭と先輩たちは嘆くけれども、乙彦からしたら生徒たちの意思でやりたいことをやろうと努力している姿はやはりかっこいい。たとえど下手であったとしても、その気迫は買いたい。
──ん、あいつら。
ちらと見かけた姿に息を呑む。
グラウンドの隅でよく見知っている男子がひとり。さらにもうひとり、銀の派手目なスタジャン姿の男子がひとり。合計ふたり。
──まさか、あいつらは。
じっと観察してみた。一度見た顔は絶対に忘れない、それが乙彦の自慢なり。見間違えるわけがない。
──雅弘か?
雅弘を見間違えるわけがない。一瞬足が動きそうになり、ぱたと止まった。
──まさか、あいつ。あいつか?
黄色いトレーナーに白いマフラーを巻きつけ、ずいぶんと蛍光色な格好で語らっているのはやはり佐川雅弘に違いなかった。だがなぜ、一緒にいるのが総田なのだろうか。そもそも総田となぜ一緒に顔を出したりするのだろうか。
──来たんだったらふたりでなんで俺のとここないんだ?
水臭いったらない。まあ総田の場合はしょうがない。水鳥中学生徒会時代の確執を思えばあまり積極的に顔をあわせたいとは互いに思わないだろう。しかし雅弘、あいつの学校には乙彦も外部三人組で連れ立って訪れたのだ。一言、
「俺、総田と行きたいんだけどいいかなあ」
くらい電話よこしてもらってもよかったのに、何ひとつ返事がない。
乙彦が迷っているほんのわずかの時間で、総田らしき銀スタジャン野郎は片手を挙げて校門から去っていった。追いかけていって挨拶一発かますべきか優柔不断に迷っていたらこうなってしまった、というわけだ。
雅弘がひょいとこちらを見た。すぐに乙彦を見つけた。手を挙げて駆け寄ってきた。やっぱり雅弘だった。
思い切り頭をどついてやった。
「おい、なんで俺に連絡よこさなかった」
「ごめん、学校祭のあといろいろと忙しかったんだ。おとひっちゃんごめん。けど、今日なんとか時間出来たからさ。おとひっちゃんどこにいるかなと思って探したんだけど見つからなくてしょうがないから帰ろうと思ってたんだ。そしたらちょうど総田と」
ここで雅弘は言葉を切った。迷っているようだ。目をそらした。
「どうした」
「ここだけの話なんだけど、総田と、ほら内川くんと」
「内川も来てくれたが、あいつがどうした」
水鳥中学生徒会の先輩後輩としていろいろ思うところがあったのだろうか。
「あ、おとひっちゃん知ってたの?」
「さっき図書局のバザーで買い物してたのを見たんだ。俺の友だちと一緒に時代劇がらみのなんか雑誌を買い込んでたな」
「そうか、あいつおとひっちゃんの友だちなんだ」
雅弘がぽつりとつぶやき、ためらうように、
「実はさ、内川くんとたまたま総田が顔を合わせたらしくってひさびさにちょこっとからかったらしいんだ。ほら、噂なんだけど内川くん青大附高を受験したいって言い出したらしくって」
「ああ、知ってる。俺の友だちがあいつの家庭教師をやってくれてるんだ」
「え?」
雅弘が目を真ん丸くして驚いている。
「俺が引き合わせたんだが、内川が青大附高を受けると聞いて紹介したんだ。悔しいが俺よりも頭がいいし内川のぼーっとした性格には結構相性よさそうに見えたからな。俺のうちで顔合わせて意気投合して、今ではしょっちゅう一緒に勉強してるんだ。片岡っていうんだが、いい奴だぞ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「いったいどうした? 総田とも挨拶したかったんだが」
嘘ではない。わだかまりが今なら少しは平気な顔で話ができるような気がしていた。雅弘は大きく首を振って説明をした。
「たいしたことじゃあないんだ。たまたま内川くんを総田がからかってたら一緒にいた男子に偉そうな態度で文句言われて揉めてたんだ。総田も悪気はなかったと思うんだ。おとひっちゃんもわかるだろ?」
「ああ、あいつはな」
以前はむかついていたが今はそこまで思わない。
「だよね? その軽いのりだったのをおとひっちゃんの友だちらしい男子がいちゃもんつけて、で、結局俺が声かけたらさっと逃げられちゃって。内川くんとも全然話せなかったよ。総田、かちんと来たらしくってずっとあの調子で文句言いまくってたんだ」
「だがなんで総田、青大附高の学校祭になんて来たんだ?」
「聞いたよ。なんでも、総田の部活先輩がこの学校出身らしくって、展示も興味あるのがあったからひとりでふらっと来たんだって」
──片岡、いったい何やらかしたんだろう。
かなり気になるがぐっと飲み込んだ。とりあえずは学校祭が終わってからにしよう。もし万が一片岡が総田……他校生……とそれなりの正当な理由がありつつもバトルをやらかしたら、規律委員の立場としては文句を言わねばならなくなる。幸い総田が大人の対応をしてくれたから事なきを得たようなものなのだが。
「雅弘、もし総田と会うことがあったら言っておいてくれないか」
「何?」
「内川と一緒にいた奴は、ほんとにあいつをめんこがっているんだ。いい意味で兄貴分になろうとしてるんだ。なんとかして青大附高に合格させようとしてるんだ」
たぶん片岡のことだ。あのいいお兄さんオーラのまま総田に偉そうなことを言い返してのしたつもりなのだろう。内川がからかわれているのを見てがまんならなかったのも乙彦なりに想像はつく。だが、本当は甘ったれのお坊ちゃまでいつもお付きの人に守られていて寄り道すら許されない。こういったらなんだが総田にはかなわない。
「だからもし、総田が頭に来てなにか言いたいようだったらまず俺に言ってくれ。俺が代わりにあやまる」
「おとひっちゃんそんなこと心配しなくたっていいのに」
雅弘が心配そうな顔をしていたけれども、かまうものか。乙彦はふかぶかと頭を下げた。




