17 伝説の生徒会長(6)
桂さんの説明に頷けるところもあるのだが、やはり乙彦としては納得行かない。
おいしいケーキを食わせてもらい恐縮なのだが、なんとかして普通の雰囲気でいったん片岡と内川を顔合わせしたいところだった。取り急ぎ桂さんの
「まあ関崎くんの言う通り受験も切羽詰まってるしなあ。じゃあどうだ、その子とりあえずうちに呼んだらどうだ? 電話で呼べば迎えに行くぞ」
「いや、今週は絶対無理です。うちの中学なんですが今週は学校祭なんです。あいつ一応生徒会長やってるし、死ぬほど忙しいはずです」
「そうかあ、確かにな。いつだそれ」
桂さんにどんどん予定を組み込まれていくような気がする。
「木曜、金曜、土曜。この三日間で日曜は休みです」
「そうかあ。んで、日曜は休みなのか」
「撤収があるので多分、出です」
乙彦の学祭記憶を思い出しつつ語る。生徒会は学校祭前後とにかく馬車馬のようにこき使われるわけだから、内川がその例外なわけがない。
「打ち上げとかはやらないのかよ」
「中学生は禁止です」
「堅いなあ」
突然、片岡が「そうだ!」と両手を叩いた。
「どうした司」
「あのさ、俺が関崎のうちに遊びに行けばいいんだよね」
「ああ?」
いきなり何を言い出すかと思った。乙彦もまじまじと片岡の顔を覗き込んだ。いかにも最高の発想を思いついたと言わんばかりの鼻高々な表情。呆れてしまう。
「うちに遊びにくるのは歓迎するが」
桂さんが許すかどうかが問題だ。じっと桂さんの様子を伺う。
「その子、関崎と同じ中学だったんだよね。ってことは同じ学区だからうち、近くだよね。うち近くってことはすぐ遊びに来れるよね」
「まあ、確かに」
内川の家は乙彦宅とほど近い距離にある。
「生徒会長やってるんだったらしばらくは忙しいだろうし、俺が関崎の家に遊びに行ってそこで会ったら一番いいんじゃないのかな。それと、桂さん」
ひょいと桂さんに向き直り、
「学校から車で迎えにきてもらってそこから関崎と一緒に行ってもいいし、直接関崎のうちに連れてってもらってもいいし、場合によってはその子を連れてうちに来てもらってもいいし。どっちでもいいんじゃないかなあ」
「そうか、司、そう来たか」
腕組みして考え込む桂さんを、片岡はじっと見据えた。絶対に譲りたくなさそうな目つきをしている。ここで援助射撃しないとまずいだろう。乙彦も続いた。
「片岡、ありがとう。あの、俺のうちはいつも母がいますし兄や弟と同じ部屋ですし、煙草すったり酒飲んだりシンナーやったりとかそういうことは一切しません。安心してください。一応うちの兄は青工の建築行っててたまにベンジンとか持ってきますがそれは授業で使用するものなので吸ったりしません」
念を押しておいたほうがいいかもしれないと思った。雅弘から聞いたのだが建築科の授業はノミやかんな、ベンジンなどいろいろな危険物が多いのだとか。だからこそみな使用する時はめちゃくちゃ気を遣うのだという。兄もたぶんその辺りは理解しているだろう。
「マジな顔して何言い出すかと思ったらお前たちなあ」
途中で桂さんが爆笑し出したがそのわけが乙彦には全くわからなかった。とりあえずは話が通りそうで一安心だ。片岡と顔を見合わせてこっそりグータッチしておいた。
家に帰り内川宅へ電話をかけた。
「学祭準備中突然なんだが、俺の友だちでお前の受験勉強を手伝ってくれそうな奴を紹介したいんだ。学祭後お前時間あるか?」
いきなりの提案に内川も面食らったようだが、事情を大まかに説明した段階ですぐに納得してくれた。声を弾ませて、
──関崎先輩! なんか、すごいですそれ! 先輩、すごいいい友だちがいるんですね。俺、想像つかないです。やっぱ、それが青大附高なんですか?
「いやそういうわけじゃないが」
口ごもる。青大附高の生徒だから親切というわけでもないと思う。いい奴はどこの学校にもいるはずだ。水鳥中学にもいるはずだ。
──けどその人どんな人なんですか。見知らぬ俺にそこまで親切にしてくれるなんて。
「まあ会ってみればわかる」
たぶん片岡と相性は合いそうな気がする。というよりも片岡以外の奴には内川の面倒を頼むわけにはいかない。改めて実感した。たぶん桂さんも内川を一目見ればおぼっちゃまに危害を及ぼす悪党とは思わないだろう。
少し間が空くが学祭後の日曜に改めて乙彦宅でお見合いさせることに決めて電話を切った。まずはひとまずそれからだ。
夕食の席で、今後の予定を家族へ早めに伝えておいた。片岡については「あのおいしい夕張メロンを一玉土産にくれた家の子」という認識しかなかった家族だが、少し詳しく家庭事情も説明したとたん父の顔が少し重たくなった。
「どうした父さん」
「おとひっちゃんはまだ子どもだったからなあ。知らないとしても当然か」
ひとりごちた後、父は片岡家の事情をかいつまんで説明してくれた。兄・弟も興味津々で耳を傾けていた。
──今から十五年ほど昔のこと、とある有名婦人服メーカーの創業者で当時は会長職に退いていた老夫婦が誘拐され、意識不明の状態で一週間後に発見された。犯人は今だに捕まっていないとのことですでに時効も成立している。おそらくそのお宅のご子息が過剰なほどに守られているのは再び同じ轍を踏むまいとする両親の意向なのではないか。
「まじ? 誘拐?」
「すげえ、おとひっちゃんの友だちそんな金持ちなんか!」
「たぶん、あのメロンの大きさからしてそうだと思う」
控えめに乙彦は答えた。
「けど、本人にあのメロン以上の高級感を感じたことは一度もない」
兄と弟含めて三人で盛り上がる中、母がしみじみとつぶやいた。
「そのお坊ちゃんも窮屈な生活してるのだろうし親御さんも心配なのは当然だろうけど、せめてうちに来てくれる時はのびのびしてもらいましょう。ねえおとひっちゃん、うちは安全だってことをちゃんと伝えておいてちょうだいよ。誘拐犯なんてす通りしますよこんな貧乏なお宅なんてねえ」
笑い転げる家族団らんのひと時。今頃は桂さんとふたり顔を付き合わせてラーメンか焼肉かとにかくB級料理を食べているであろう片岡のことを思った。