17 伝説の生徒会長(5)
片岡の家で用意された豪華なケーキをかっ喰らいつつ乙彦は桂さんが席を外してくれるのを今か今かと待っていた。迎えの車の中である程度は説明したけれども、詳しい事情はできれば片岡本人にだけ説明したい。内川の名誉のこともある。
「さてとだ、関崎くんの提案についてだがどう思う、司」
「だから、桂さんは口を挟まなくたっていいって!」
不機嫌そうな顔で片岡も桂さんを追っ払おうとする。その気持ちはよくわかる。ふだんなら桂さんもそれなりに気を遣ってふたりきりにしてくれるはずなのだが今日は珍しく張り付いている。しかたない。乙彦も桂さんに尋ねることにした。
「俺のたのみたいことってのはさっき車で話した通りなんですが何か説明不足のところありますか」
「いやない。分かりやすい説明に納得だ。だがなあ、こればかりは即答が難しいんだよ」
桂さんは頭を掻きつつ答えた。
「もちろん関崎くんの後輩くんともなればきっと性格としても折り紙つきだろうし信頼出来ると思いたいんだよ。だがなあ、司とはまだ顔を合わせたことないんだろ?」
「当たり前です」
そんなエスパーみたいなことを連想させないでほしい。
「じゃあ相性が合うかどうかだな。いや、決して野暮なこと言うわけじゃねえんだよ。ただ司の場合ガキだから友だちをまじで選ぶ性格なんでさ」
「そうなんですか」
改めて片岡の顔をのぞき込む。ほっぺたにクリームをえくぼっぽくつけてかじりついている片岡は確かにガキっぽい。見かねて乙彦はポケットティッシュを一枚手渡した。
「お前、顔にクリームついてるぞ。ほらここ」
「え、どこ」
気づいてなかったようで顔を何度もティッシュでごしごしこする。桂さんが笑う。
「なんだこりゃ、お前こういうとこでは思い切り気を抜いてるよなあ。ここにもしお嬢がいたらどうなってる? もう顔タオルでごしごしやられてるぞ。小春ちゃんもいなくてよかったなあ」
「桂さん黙ってろよ!」
頬を真っ赤にして怒り出す片岡を今度は乙彦がなだめる羽目となる。
「そんな腹立てるな。俺はそんなことでもめたくて来たんじゃないんだ」
「あ、ごめん。けど」
片岡にはいろいろと女子の影がちらついていると藤沖から聞いたことがある。何度考えても乙彦には信じがたいのだがその話によるとすでに婚約者がいるのだという。その女子はかつて青大附中にいた生徒でいろいろあり学校を飛び出し現在は片岡の実家に居候している。将来は恐らく片岡の嫁になるであろうことは確定しているらしいとも。もっとも片岡自身はそのことについて一切触れようとはしない。乙彦もさすがに聞くべきではないと思っている。本人から話すまでは待つべきだ。
「桂さん、失礼なこと聞くようで申し訳ないんですが」
思い切って乙彦は切り出した。いつまでたっても埓があきそうにないのと、以前からの疑問を一括で片付けたくなった。全部食うものは食った。コーヒーもうまい。てなわけで。
「どうして桂さんは、片岡のことをこうやって守ろうとするんですか。正直なところ俺の友だちでここまで細かいことチェックされる奴いなかったんで、驚いてます」
「そうか、やはりなあ」
たいして驚いた風でもなく、桂さんはあぐらを書き直し天井を見上げた。自分の分のケーキに改めてかぶりついた。もぐもぐ言いながら、
「まあなあ、俺もお前らふたりと同じ頃は友だち選んだりとか守られたりとかはねえもんなあ。関崎くんの言うのもごもっともだ。俺はこう見えても若い頃はぶいぶい言わせてたもんなんだぜ。ほら司、なに向こう見てる。ああそっか。俺はまだ若いからそこんとこ訂正ってとこなんだなあ」
「若いなんてこれっぽっちも思ってないから安心して」
結構鋭い切り返しをする片岡。思わず吹き出しそうになる。
「どっかの偉い先生になった奴も入れば、只今ムショ暮らしという奴もいる。まあ人生さまざまだよな。いろんな奴と出会えるからこそ青春もおもしろい。俺も思うよ。本心ではな」
「じゃあなんでいっつも俺のことずっと張り付いてなくちゃいけないんだよ!」
フォークをぱしりとテーブルに置いて片岡がふくれっ面で言う。怒鳴りはしない。ただ不満が溜まっていたのだろうということだけは伝わってくる。
「今日だってそうだよ。関崎とほんとだったらもう少し詳しい話、外でしたかったよ。たとえばファーストフードとか、それから喫茶店とか。俺、ひとりでそういうとこ行くことなんて全然ないんだよ。放課後いっつも桂さんに連れられて一度はうちに戻って、それから許可もらって外へ、なんてなんだよ。これって籠の鳥って言うんだよな!」
「おいおい反抗期かよ。司、俺とB級グルメツアーするのそんなに嫌か」
「それとこれとは別だよ! 今日は関崎から詳しい事情聞いて、それから俺ひとりでどうするかを考えようって、そう思ってたのになんで桂さんが全部片付けようとするんだよ!」
──片岡、正しい。お前言いたいことはみな当たってるぞ。
きっと言い返す片岡にエールを心の中で送ってやる。まさに片岡の言い分はその通りで、学外はともかく生協の学生食堂で駄弁ることすら許されていないらしい。それでも今までは素直に言うこと聞いて帰っていたようだし、そちらのほうが乙彦にとっては不思議だ。藤沖経由で聞いた限り片岡は良いところのおぼっちゃまらしいのでそれなりの理由があるのだろうとは思っていたが、高校生男子としてあまりにも過保護過ぎではないかと思う。もっと反抗しても罰は当たらないはずだ。
「桂さん、俺も第三者的立場から見てそう思います。こういったらなんですが片岡はクラスのちょっとした集まりなども含めて、いつも参加できないことが多いんです。もちろん学校の外での買い食いが禁止だというのなら俺も理解できますが学食もだめだというのは厳しすぎます。それに、さっき言った俺の後輩のことも、本当であれば片岡自身に全部説明して、その上で桂さんに話すというのが通常じゃないかと思うんですが。俺は片岡の性格や後輩の気質なんかも考えて絶対上手くいくと思って、それで提案したんです」
「わかってる、関崎くん、そうなんだ。俺もわかってるから聞いてくれねえかな」
乙彦の訴えを桂さんはケーキをかみかみしながら聞きつつ、両手でまあまあと空気を押さえる真似をした。隣りで片岡が一瞬だけにやりと笑った。
「司をなんで俺がここまで過保護にしちまうかというとだ」
真面目な顔で膝を叩きつつ桂さんは語った。
「関崎くんの言う通り本当だったら好き勝手に気の合う者同士で盛り上がるのが一番だしそれは俺もよくわかる。それができないのには理由があって、今の司にはうっかりへまなことをやらかしたら最後、たくさんの人たちを路頭に迷わせる可能性があるってこった。司、それは前々から言ってるだろ。わかるよな」
片岡がしゅんとうなだれた。よくわからないが、片岡にはわかっているということなのだろう。乙彦は聞くしかない。
「そんな責任があるんですか」
「そうなんだ。実はあるんだよ」
桂さんは片岡の肩と頭をがしがし撫でた。振り払われている。
「もちろん俺も司を信頼してないわけじゃあねえ。だが、やっぱしまだまだ人生発展途上のお前らには見えねえものも多いんだ。友だちを選ぶのになんで俺がべったりくっついてるかそりゃ不思議だろうが、世の中にはお前自身じゃなくてお前の持っているものを狙っている奴もたくさんいるんだよ。信じられねえかもしれないけどな」
それにだ、と桂さんは続けた。
「司がもし、とんだ事件に巻き込まれたりした場合影響は本人だけじゃない、家族や友だち、それだけじゃない。司が全く知らない世界の人々にも被害を及ぼす可能性があるんだ。関崎くんもこれは自分のこととして認識してくれよ。やらかしたことによって責任を取るのは自分とそれから親だけだと思っているかもしれない。だが世の中はそんな甘くない。全く関係してなかった親戚筋や、司の場合だと店で頑張ってるお兄さんお姉さんたちやその服を買ってくれたお客様たち、会社で電卓ぱちぱちやってる社員のみなさん、そのお子さんたち、とにかくどっさりこといるんだ。これもわかるよな、司」
片岡が目をこすった。
「自己責任と言えばそれまでだが、まだまだお前さんたちには荷が重たいよ。んでさっきの話に戻るんだがな。俺として一番ベストな方法は、その後輩くんをうちに呼んでとりあえずお見合いするってのはどうだろう。その上で場合によってはその後輩くんのうちに司を派遣するなりここに連れ込むなり、いろいろ選択肢もできる。まずは会ってから、それからにしようや。俺もその後輩くんから確認したいこともあるしなあ」
「何をですか」
まさか家系がどうだとか言い出さないだろうか。ひやりとした。あいつの家もいわゆるサラリーマン家庭でさしいって何かということはない。
桂さんは当然といった顔で答えた。
「ラーメンはとんこつかしょうゆか塩か、それともマニアックな味か。まずはそこを確認しとかねえとこれからお迎えするのにまずいだろ?」




