17 伝説の生徒会長(4)
片岡を捕まえたのは放課後だった。藤沖や立村がいる中で話を切り出すのはやはり難しいことだし、余計な口出しをされたくはない。片岡も不快感を露骨に顔には出すけれどもはっきり拒否することは苦手なようだ。
「関崎、どうしたの」
帰りの廊下で捕まえて予定を聞いた。また車でのお迎えが待っているようであれば別の日を考えねばならない。
「少しお前に相談したいことがあるんだ。できれば藤沖たち抜きで」
「俺に出来ることなのかな」
目を輝かせる。先日のラーメンパーティーでは片岡自身とゆっくり話ができなかった。厳密に言うと藤沖に乗っ取られたようなものだった。できればふたりっきりで事情を説明したいところだ。
「そうなんだ。片岡にしか頼めない内容なんだ。別に金を貸してくれとかそういう非合法なことではない。その点は安心してくれ」
「それなら今日うちにまっすぐ来る? 今日は桂さんが迎えに来てるからうちで何か食べようよ」
喜んでいるのがわかる。だがやはり桂さんが来ているとなると遠慮も出てくる。片岡の兄貴分にあたる桂さんは面白い人だが、やはり大人である以上気も遣う。
「どこかハンバーガー屋でもいいんだが。それほど時間食わないんだ」
「だめなんだよ。うち、一回は家に戻んないといけないんだ。それから桂さんに許可もらって外に行く分にはいいんだけどね」
「なんて面倒なんだおまえんとこ」
「しょうがないんだよ。けどよかったらうちにおいでよ。昨日うちからお菓子の箱がいっぱい届いたんだ。一緒に食べようよ。桂さんと食べても余るくらいだよ」
──片岡、やっぱり普通の家の奴じゃないんだな。
仕方がない。腹をくくって片岡のマンションへ向かうことにした。別に聞かれてまずいことをしているわけではないのだから。乙彦の後輩を勉強面でなんとか助けてやってほしいという頼みごと程度、追っ払われるとは思えない。
「先日はメロンありがとうございました! 家族で美味しくいただきました!」
片岡を迎えに来た車が学校裏雑木林前の砂利道にて待ち構えていた。いつぞやと一緒だ。桂さんも運転席から降りて乙彦を認めると、朗らかに手を振った。
「関崎くんかあ、いやああのメロンうまかっただろ? 俺もあの夕張メロンの出来はよかったよなあと思っていたんだが、いや、大満足か。俺も満足だ。これから一緒に遊ぶんだろ? さあ乗れ乗れ」
乙彦が説明するまでもなく桂さんはすぐ乙彦を後部座席に押し込んだ。もちろん片岡は助手席だ。シートベルトを締めてすぐに乙彦の方に振り返った。
「けど何の相談なんだろ」
「あとで話す」
桂さんに聞かれてもまずいことではないのだが、やはり今すぐにはしゃべりたくない。乙彦の思いとは裏腹に桂さんも促す。
「どうした、うちの司に何か相談ごとでもあるのかなあ」
「いや、大したことじゃないです。悪いことでもないんですが、ええと」
素早く判断をくださねばなるまい。こうやってみると片岡の家はいろいろと面倒な事情があるようだ。放課後大抵の生徒なら遊んで歩きたいだろうし学食で油も売りたいところだろう。それも許されないで車での送り迎え、なかなかこれは厳しい家ではないだろうか。さらに片岡のあっけらかんとした性格からすると、隠し事はきっと難しいだろう。桂さんもすぐに探りに来ているときた。観念するしかない。
「実は、俺の後輩のことでたのみたいことがあるんだ」
「ほう、こいつでも頼りになりそうなのか?」
茶化す桂さんにすぐ答えた。片岡本人よりも桂さん側を納得させておいたほうがよさそうだ。
「はい、実は俺の後輩、あの、中学の生徒会で一緒だった奴なんですが」
「生徒会?」
「はい、ええと俺、中学時代生徒会副会長やってました。それで今後輩が生徒会長やってて、そいつが実は青大附高受けることになってまして」
「優秀だねえ、それで」
「いや、優秀じゃないんで、それで片岡くんにたのみたいことってのはそれです」
桂さんの合いの手にしどろもろどになりつつも乙彦は説明を続けた。車はなだらかに進む。
「そいつは性格悪い奴じゃないんですが、どう考えても青大附高に合格出来る成績の持ち主じゃないんです。でも合格したいって気持ちはわかるし俺もできれば同じ中学の後輩がいてくれると嬉しいから、手助けしたいんです。けど」
「わかるなあ。関崎くんとしちゃやっぱり仲間欲しいよな」
しみじみ頷く桂さんの感慨は放置しておいた。片岡の反応は今のところ薄い。
「俺もできれば家庭教師替わりになりたいんですけど、お世辞にも成績がいいとは言えないし、あまり人に教えるの上手くないって自覚はあるんで、誰かに手伝ってもらえたらと思ってたところ、片岡くんだったら最適かなと」
「司があ?」
信じられないといったオーバーアクションで桂さんはハンドルを一瞬離しすぐ握り直した。冷や汗ものだ。
「おい司、お前人に教えるの得意か」
「やったことない」
ぶっきらぼうに片岡が答える。真正面を向いているので表情は伺えない。
「そうか。だがなぜに関崎くんは司にその、なんだ、大切な後輩くんの教師役が適任だと思ったんだろう。それが俺には興味津々なんだ」
「はい。まず片岡くんは俺よりも遥かに成績がいいです。特に英語は学年二番です。俺には到底信じられないことです」
「英語は確かにがんばってるな。おい、聞いてるのか司?」
「聞いてるって」
やはり不機嫌そうな片岡をあやしつつ、桂さんがさらに乙彦へ質問する。
「何人か候補も考えたんですが、みな頭いいしいい奴ばっかりなんですけど、後輩の性格を考えるとかえってびびってしまって落ち込みそうな気がしました」
「なるほど」
「俺も後輩のことよく知ってますけど、お世辞にも頭切れてばりばりというタイプじゃないです。一応、生徒会長としては実績を上げたとされてて学校からの受けもすごくいいです。けど、がりがり勉強するタイプじゃないし時間あったらきっとテレビの時代劇にかじりついてるのが想像つくんで」
「時代劇マニアかい、そりゃあ楽しい」
腹から大笑いしている桂さん。手元のハンドルを離さないでくれているだけで安心した。
「そういうちょっと変わった奴なんで、きっと片岡くんとだったらほっとして受験勉強してくれるんじゃないかって気がしたんです」
「なるほどなるほど、よおし、司、どうする。今関崎くんが話してくれたことをまとめるとだ」
別にまとめてもらわなくてもいいのだが片岡に桂さんは語りかけた。
「お前ののほほんとした性格がどうも関崎の後輩くんとは相性が合いそうという話で、青大附高の受験勉強を手伝ってやってほしいとのお願いなんだが、どうだ、受けてみるか」
「わかんないよそんなの」
少し投げやりな言い方に、なんだかひっかかるものを感じる。
「まあまあ、少し聞いてやれよ。ほらもう着いた。まずはゆっくりふたりで話せ。まずはそれからだな」
桂さんが車を留め先に運転席から降りたあと、片岡はシートベルトを外しながら乙彦に囁いた。
「今の話、本当は俺、そうしたいんだ。けど」
「何かまずいのか?」
片岡は表情を曇らせた。
「きっと一度、桂さんがその関崎の後輩と顔を合わせないと許可が出ないような気がするんだ。あとで説明するよ」
──要するにちょいと面倒な手続きがいるということか。
片岡の過保護な兄貴分からすると、友だち関係も面接して許可がでてからということになるのだろう。幸い乙彦は桂さんの友だち面接に合格したからこうやっていられるものの、内川が通るかどうかとなると微妙なところだ。やはりふたりで話すべきだった。後悔しても実はもう遅いという現実を、乙彦は認めたくなかった。