1.
とある高校のとある教室、ちょうど授業が終わったタイミングなのか、生徒が一斉にガヤガヤと動き出す。
偏差値も普通、人気も普通、ついでに設備も普通。そんな何もかもが普通な私立高校に、異変が起きようとしていた。
誰もがいつも通りの日常を過ごしていた頃、教室の隅で突っ伏している男子生徒もまた、変わらぬ日常を過ごしていた。
彼の名前は御堂筋 怜。波風立たせずに学生生活を送ってきた高校2年生である。
そうせざるを得なくなった原因は、目の前で笑顔を向けてくる幼馴染みの少女、新川 愛瀬と、同じく幼馴染みのイケメン、天堂 獅央にある。
この2人と怜は近所に住んでいて、小さな頃から家族ぐるみの付き合いだった。小学生の頃は純粋に楽しく遊んでいたのだが、中学に上がり周りは皆、思春期へと突入する。
愛瀬と獅央は、美形であった。さらに天性のカリスマ性も持ち合わせていて、それこそ学校では常に人に囲まれるほど。
そうなると、幼馴染みで一緒にいる事は多いが、正直パッとしないフツメンの怜は邪魔者扱いされるようになる。
どこか冷めていた怜はそんなことは気にも留めない、ただ少し面倒だったので自分から離れていくようになった。
呼び方も『まなちゃん』と呼んでいたのを『新川さん』と距離を置くようになったり、獅央から遊びに誘われても「他のみんなと楽しんできて」と断ることも多くなった。
だからこそ現在、愛瀬に詰められていて、また余計な誤解を生み出す羽目になってしまったのだが。
「ねえ、れーくん。いつになったら昔みたいに『まなちゃん』って呼んでくれるの?私、ずっと待ってるんだよ?」
「呼ばないよ、新川さん。僕たちだってもう小さな子どもじゃないんだし、新川さんも試しに苗字で呼んでみたらどうかな。案外しっくりくるかもよ」
「絶対ヤ!れーくんはれーくんなの!シドくんはそんなことひと言も言わないのに、どうしてれーくんはそんな事言うの………?」
「あ、いや、別に悲しい思いをさせたい訳じゃなくて……うぅん、困ったなぁ」
怜はどうにか面倒事になる前に断ろうとするも、愛瀬が涙目になったことで断念。代わりにご機嫌取りを試みるが、条件を飲んでしまうとなし崩し的にこれからも呼ばなければならなくなる。
どうにかその場から離脱しようと考えていると、タイミングよく腹痛に襲われる。
「うっ、お腹が……。イテテテ………」
「れーくん、大丈夫?救急車呼ぼっか?」
「だ、大丈夫大丈夫。そこまでしなくていいから………」
腹が異音を立てると同時に激痛が波となって押し寄せてくる。
よし、これはチャンスだ。
この時の僕は知らなかった。腹痛がチャンスどころか大ピンチに陥る原因になるなんて。
「ちょっとお手洗いに………」
「うん、無理しないで…ね………な、何これ。床が、急に光って」
「怜!まな!なんかヤバそうだけど逃げるのは無理だっ!せめて、3人でっ!」
「ごめん獅央!早くトイレにっ………!?」
視界は白く染め上がり、やがて何も聞こえなくなった。
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視界が回復すると、そこは緑豊かな平原だった。風が心地良く、本来なら立ち上がって少し散歩でもしたいところだ。
そう、腹痛さえ無ければ。
「イデデデデ!!!も、漏れるぅぅぅ!!!」
教室では冷静な振りをしているが、根の部分はそこらの高校生と同じな怜である。誰もいない所なら普通に叫んだりもする。
そうして彼が走り出した先には立派な城壁。だがそんなこと、今はどうでもいい。気にすべきは、そこで用を足せるかどうかだけ。
入り口が見えてくると、そこには2人の門番が待ち構えていた。
「おいそこの君、止まりなさい。街に入りたければ通行許可証の提示か入場料の支払いを………」
「ちょっとそれどころじゃないんでーーー!!!」
「うおっ、なんて速さだ!…じゃない!止まれ、それ以上は重い罪で罰せられるぞ!」
「後で払うからぁぁぁぁーーーー!!!!」
全力疾走のまま門番を撥ね飛ばし、怜は街の中へ侵入。その辺の店でトイレを借り、事なきを得た。
建物から出ると、そこには先ほどの門番が待ち構えていた。
「おいお前………不法侵入に暴行まで働いたなぁ?ひっ捕えろ!」
「ちょっ、だから金なら払うって!ほら!」
「なんだこれは………。このような物で、我らをおちょくっているのかぁっ!」
怜はポケットに入っていた500円玉を門番へと投げるが、ここは日本ではない。というか地球ですらない。
その硬貨に価値など存在していなかった。
「おい、何をしている!早く捕まえんか!」
「で、ですが隊長!あの男、速すぎます!」
「ねえ、なんで俺こんな速く走ってんの!?」
「なぜ貴様も知らんのだぁぁぁぁーー!!!」
隊長と呼ばれた男に追跡されながらも、なんとか門番たちを撒くことに成功した怜。
だが彼は、お尋ね者になったことにまだ気付いていなかった。




