第五十二話 停止と消滅
「なっ……、私の【神罰・極光の処刑が……消えただと……!?」
鳳凰王が驚愕に目を見開いた。その瞳に映るのは、神々しいまでの威厳を放つ蘭鈴の姿。
「鳳凰王。心臓は奪うものじゃない……託されるものなんだ」
蘭鈴が一歩踏み出すと、黄金の魔法陣が祭壇を塗り替えていく。
「【黄龍の裁定・秩序規定】」
放たれた黄金の光は、死の雨を光の粒子へと変え、藍鈴を縛っていた鎖を解き放ち、傷ついた清龍たちの魔力を春の陽だまりのような温かさで満たしていく。
鎖が消えた瞬間、支えを失った藍鈴の体が崩れ落ちた。
蘭鈴は、瑰の腕に藍鈴を託した。
「瑰、藍鈴を頼む……。藍鈴が一番安らげる場所に連れていけるのは、魔族の力じゃない……人間である、瑰の優しさだと思うから――」
「……分かった。藍鈴は、俺が必ず守り抜く!」
瑰の誓いを聞き届けた蘭鈴は、迷いなく琉龍の隣へ歩み寄った。
「琉龍、飲んで」
蘭鈴は迷いなく手首を噛み切った。
滴る黄金の雫を、彼に差し出す。
「……黄龍の心臓を、お前に分け与える」
琉龍がその血を飲み干した刹那、全身から空を切り裂くほどの蒼銀の衝撃波が放たれた。
✕✕✕
「おのれぇぇ!! 私の黄龍様を……そんな小僧に奪わせるかぁぁ!!」
鳳凰王が絶叫し、生き残りの朱儀すべてを燃料に変えて、最大最後の一撃を放つ。
「させるかッ!!」
完全復活を遂げた清龍が、四大元素を束ねた「【|四大守護・万象創世結界】」でその豪雨を跳ね返し、稜の影が王の目を眩ませ、刻龍が「【時空遅滞・永遠の刹那】で王の時間を縛り上げる。
清龍の魔剣が心臓を貫き、稜がその首を撥ね飛ばす。
だが、王は黄金の炎で肉体を繋ぎ止めた。
「無駄だ! 私は五百年間、黄龍の血肉を啜り続けてきたのだ! 私こそが正当なる継承者よ!」
再生する王。その圧倒的な圧力を前に、清龍たちが気圧される。
だが、その絶望を切り裂くように、蘭鈴の凛とした声が響いた。
「それは違う。お前の中にあるのは、略奪して汚しただけの『偽物』だ」
蘭鈴の黄金の瞳が鳳凰王を射抜く。
「【黄龍の裁定・秩序規定】。――第二条、偽王の剥奪」
その宣告に、世界そのものが息を呑んだ。
その言葉は絶対の法となり、鳳凰王が縋り付いてきた偽りの理を無慈悲に上書きしていく。
絶対の法が発動し、鳳凰王から黄金の光が噴き出して蘭鈴へと帰還していく。
再生の糧を失った王が、初めて「死」に顔を歪めた。
「今だ――蘭鈴! 琉龍ッ!!」
清龍の咆哮が響く。仲間たちが切り開いた一点の「道」を、二人が駆け抜ける。
「蘭鈴、俺がこいつのすべてを『肯定』する。一瞬だ……外すなよ」
琉龍の瑠璃色と漆黒の瞳が、深淵のような輝きを放つ。
「【絶対的停止・存在固定】!!」
カチリ、と世界が蒼く凍りつく。
燃え盛る火炎も、鳳凰王の嘲笑も、流れる血の一滴さえもが、その場に釘付けにされる。
鳳凰王の肉体は修復という概念さえ拒絶され、その静止した時間の中を、蘭鈴の拳が突き進む。
その拳には、珀龍から受け継いだ琥珀の光――【消滅】の魔力が渦巻いていた。
その拳に宿るのは、珀龍の力。
だがそれを振るうのは――蘭鈴の意志。
「あんたが奪ってきたもの、全部……ここで終わらせてやる!!――【万物浄化・一閃消滅】!!」
ドォォォォンッ!!
「あの時……選ばれなかったのは……私だったのか……黄龍様……」
鳳凰王の最後の言葉と共に止まっていた時間が「無」へと加速する。
パリンとガラスが砕けるような音と共に、鳳凰王の存在は、再生も輪廻も許されぬ光の粒子となって夜空へ溶けていった。
✕✕✕
激闘の後の静寂。
蘭鈴はゆっくりと拳を下ろした。
瑰の腕の中で、藍鈴がゆっくりと瞼を持ち上げる。その瞳は、黄金ではなく、澄んだ菫色へと戻っていた。
「私……は……」
「全部終わったんだ、藍鈴。貴女は解放された」
瑰の言葉に、藍鈴の目から涙が溢れる。蘭鈴は黄金の瞳で、かつての自分にそっくりな先祖を見つめた。
「……藍鈴、貴女の中にあった『玉龍の核』は今、オレの中にある。……貴女が背負ったすべてを、オレたちが引き継ぐよ」
「でも……私は……っ! 許されないことを……!」
崩れ落ちる藍鈴の前に、琉龍が立った。
「――珀龍の事なら、俺はもう貴女を赦している――。それに、清龍や刻龍だって同じはずだ……」
「………………」
清龍は憎き大罪人を見下ろす。
「…………まあ、弟である琉龍が赦しているなら、俺たちがとやかく言う事じゃないしな……」
「…………私は、お前を一生許さない――」
「清龍……」
「だが、お前は私が憎む龍蝶藍鈴ではない……」
その言葉に藍鈴が菫色の瞳を見開く。
「私が憎むべき女は、藤色の髪に黄金色の瞳を持つ女だった――」
清龍はそう告げると後を向き、歩き始める。
「もうここに長居は無用だ――。龍国に帰るぞ――」
「清龍……、お前ってホント不器用なのな!」
清龍の後に刻龍が続く。
「龍脈門に俺の刻印をしてある。いつでも跳べるから準備が出来たら声をかけてくれ――」
刻龍はいつものようにヒラヒラと手を振った。
「さっすが刻龍! 頼りになるね♡」
稜からも黄色い歓声があがる。
「そうだろ、そうだろ?もっと褒めても構わないんだぞ――」
「おい、いつまで戯れているつもりだ――。私たちには鳳凰国でやっておく事があるだろ――」
「……はいはい。あー、大人って面倒くさいなー」
清龍に促され、刻龍も歩き始める。
「蘭鈴」
ふいに清龍が蘭鈴を呼び止める。
「あの女を生かすも殺すもお前次第だ……。分かっているな――」
「ああ、分かってる……」
「それならいい――」
清龍は口元を緩めた。
「すぐに戻る。それまでに決めておけ――」
清龍は蘭鈴の頭をポンと撫でると、刻龍と共に祭壇を後にした。
蘭鈴は瑰と藍鈴に向き直った。
「藍鈴。貴女はどうしたい?」
「……罪を……償いたい」
「蘭鈴――!藍鈴はもう充分償いはしたはずだ――!」
瑰は黄龍となった幼馴染の顔を見あげる。もう彼女の澄んだ菫色の瞳は見ることは叶わない――。
「分かった――」
蘭鈴は藍鈴の言葉に頷く。
「今から、この人間に裁きを行う――」
蘭鈴の指先が、ほんの一瞬だけ震えた。
瑰が藍鈴を庇うように蘭鈴を見上げる中、王の宣告が下された。
「【黄龍の裁定・秩序規定】」
蘭鈴の黄金の瞳から、柔らかな光が溢れ出し、藍鈴を包み込む。
瑰が息を呑んで見守る中、蘭鈴は静かに宣告した。
「――第三条、永劫なる贖罪、および因果の切断」
藍鈴を包む魔力が霧散し、彼女は一人の「人間」として再定義される。
「藍鈴、貴女を黄龍の系譜から除名し、ただの人間とする。……死んで逃げることは許さない。これからは人として笑い、人として老い、瑰の隣で一生をかけて『生きること』で罪を償いなさい」
それは、王が下した最高に厳しく、最高に優しい救済だった。
「蘭鈴……ありがとう……」
瑰が藍鈴を抱きしめ、蘭鈴は少しだけ寂しそうに、でも誇らしそうに微笑み返した。
✕✕✕
祭壇を離れた清龍と刻龍が、夜風の中で不敵に笑う。
清龍は懐にしまっていたあの簪を取り出す。
すると、サラサラと砂が落ちる様に消えていった――。
「さて! 今後の世界の為に『鳳凰国』の秘密を暴きますかー。我らが黄龍様はどんな世界をお望みなんだろうね〜」
鳳凰の呪いそのものである簪の完全消滅を確認し、二人は次の目的を決める。
「探索が終わったら、蘭鈴に血を飲ませてもらおう。……あの娘なら幾らでも言い包められそうだ。覚醒した黄龍様の血に、私も興味がある――」
二人はニヤリと悪い笑みを浮かべた。こうなった二人は誰にも止められない。
「おっ、いい交渉だ。よし、チャッチャと片付けて龍国に帰るぞ」
「……ああ。みんなで、帰ろう」
夜明けの光が、新時代の幕開けを告げるように、五百年沈黙していた大地を照らし始めていた。




