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EPISODE34、遺跡迷宮

「や〜、ほんまに遺跡迷宮調査ってダルいねん。借り出される身になって欲しいわぁ〜」


 独特な方言で、灰色のカチューシャが似合う明るい髪色の少女は、パクりとクッキーを頬張りながら、革の編みサンダルを足首でくるくると回したり、自由に揺らしたりしている。


 彼女のサンダルは軽快な音を立て、まるで彼女の気分を表しているかのように、無邪気に踊るように揺れていた。


「ずっと働くのも大変そうですね」


 ファルもクッキーを頬張ると甘い匂いが広がる。


「そんだけ、でかいとこだと金には困んなそうよねぇ」


 ティルゼもクッキーへと手を伸ばし口に運び、微笑みながら目を細めた。


 少女は頷きながらも不満気な表情を浮かべる。


「殆どギルドに取られるんや。それに、遺跡も毎回同じようなもんやし、面白い事も少ないから退屈やねん」


 3人は談笑で盛り上がっていた。


「…って何で普通に寛いでんだよっ!」


 俺は思わず不満を爆発させていた。


「別にええやろ?ウチに任しとき」

「そんな目くじら立てなくてもいいじゃないですか」

「細かいことを気にするとモテないぞ〜」


 3人は顔を見合わせて笑顔を浮かべている。


「お前らなぁっ!!」


 これから遺跡迷宮攻略だってのに、このお気楽さはなんなんだ。

 もっとこう、士気を高めるために作戦練ったりしないのか?


【冒険者連盟】つっても、参加する2つのギルドメンバーは半数にも満たない人数だ。


 戦力補強のために、(ブロンズ)ランクの冒険者パーティーを中心に駆り出されるとはいえ、まさか【天光天晶】の幹部が来るとは思わなかった。


 代表格4人の内の一人、【影攫い】のミーラ・アルフォール。

天光天晶(てんこうてんしょう)】の最年少幹部で、相手を攪乱する戦い方をする事で有名だ。


 こんなに、お気楽な奴とは思わなかったが…。


 そういやリルアもこんな感じだったよな。


 敵を前にしてもお気楽で…。

 いや、強者だからこその余裕ってやつか?


 俺は聳える遺跡迷宮を眺めた。

 苔むした入口が、ぽっかりと口を開けている。


 俺だって【白銀王】に居た頃は遺跡迷宮に何度も潜った事はあるが、円球を半ば切り取ったような球状の外観がやけに不気味だ。

 滅多に見ないからな。


「諸君!」


 探求心と不安が、せめぎ合う中、一声に冒険者達が注目する。

 声の主は深紅のマントを翻した中年の男。

 鋭く整った顔立ちの奥に、長年の経験が刻まれている。


星波の守り手(ガーディアン・スター)】の一番の古株である幹部だ。


 確か【赤嵐の魔術士】エルヴァン・ロウだったか。

 古株ってだけで情報は少ないが、あんまし現地に出て来るような人ではないはずだ。


「我らの【冒険者連盟】に、実力を誇る冒険者が多く参加してくれて嬉しく思う」


 言葉の端々に威厳はあるな。


「まだ手付かずの遺跡迷宮という事もあり、遺物も多く残されている可能性が高い。だが、無理は禁物だ。退路を確保しつつ、連携を密にして攻略に当たってほしい」


 エルヴァンの説明を横目に、ミーラは片足を組み替えて視線を逸らしている。

 なんか、含みあるよな…こいつ。


「我々の目的は単に財宝回収だけではない。遺跡迷宮に眠る秘密を持ち帰るのも任務ということを理解して欲しい」


 なるほどな。

 遺跡の財宝収集は、遺跡の過去も傷付ける。


 ギルドメンバーを貸し出したのは、お目付け役でもあるって事かよ。

 各班の面々は確かに一癖ある実力者揃いだ。

 手綱を握るには十分過ぎるよな。


「では、健闘を祈る!」


 エルヴァンの声と同時に装備を整えつつ、一班ずつ内部へと侵入する。

 ざっと400人は超えているから、まだまだ先だ。


 入口から漏れる風が裂け目から冷たい空気を吐き出し、湿った土と古金属の臭いが鼻を襲う。


 入口の縁には風化した浮彫や、苔の合間に光る小さな文様が刻まれていて、どこか人工物としての秩序が残る一方で、時間に侵され朽ち果てた佇まいが逆に威圧感を与える。


 やっぱり不気味だよな…。


「緊張してます?」


 ファルの声に俺は肩を竦めながら答えた。


「まぁな…」


「まーた考え事してんの?」


 ティルゼは相変わらず茶々を入れてくる。


「さては、財宝を先に取られる心配してんでしょ?」


 軽く眉を上げながら緊張を解すような笑いが滲む。


「してねぇよ…」


 会話していると列が進み、入口へと近付いて行く。

 足元の石は滑りやすく、薄暗がりの奥からはときおり低いうなりと、遠くで何かが触れ合うような乾いた音が返る。


 いよいよか…。


 踏み入ると、視界がぱっと開けた。

 天井は高く、外の空と同じように淡い光が満ちているが、空気は冷たく乾いている。

 足元には砂埃と朽ちた石板、割れた柱が散らばり、かつての栄華を思わせる遺構が広がっていた。


 ところどころに苔むした石像や崩れた祭壇、壁面に刻まれた不気味な文様、どれも長年の風化で輪郭が曖昧になっている。


「がらくたばっかで、何もねぇな」


 他の冒険者が不満を漏らす。


「手付かずなんでしょ?ここ」


 ティルゼは俺を肘で小突く。


「大体、手付かずって言っても財宝が…」


 言いかけて喉奥が凍るのを感じた。

 ずっと気になっていた不安要素の正体だ。


「ファル、地面だ。地面の魔力を感知してくれ」


「え?は、はい」


「何か見えるか?」


「小さな物体が張って行ってます」


 形状は違うが間違いない…!

 これがずっと気に掛かってたやつだ。


「皆!絶対一人になるなっ!!これはただの遺跡迷宮じゃねぇっ!!」


 俺は声を張り上げていた。


「ここには…」


 その瞬間、地面が急に光り始めた。

 青白い光が幾つもの模様を描き、周囲の暗闇に明るみをもたらす。

 光が広がるにつれて、空気の重さが増していく。まるで地面が生きているかのように、脈打つ鼓動を感じる。


「何です、これ!?」


 ファルが驚きの声を上げ、驚いていた。


迷宮主(ダンジョン・マスター)がいるッ!!」


 ーーーー


 くそ…。


 お手軽依頼だって油断した…。

 もっと警戒すべきだった。

 転移させられるなんて…。

 ファルとティルゼとはぐれちまうし…。


 どうやら迷宮主(ダンジョン・マスター)の遺跡迷宮みたいだ。


 最悪だ。


 迷宮主(ダンジョン・マスター)ってのは、遺跡迷宮を作った存在で、攻略難易度を跳ねあげる悩みの種と言っても過言じゃない。


 あいつらが居る遺跡迷宮は、常識ってものが通用しない。


 神みたいなもんだ。


 生息していない魔物や生物が生息してやがるし、とにかく滅茶苦茶だ。


 法則性なんてあったもんじゃない。


 こういう場合、経験が物を言うんだろうが、戦力外だった俺は迷宮主(ダンジョン・マスター)がいる遺跡迷宮には潜ったことはない。


 ふぅ…。


 まずは呼吸を整えて、冷静になろう。

 外と変わらないと行っても、遺跡迷宮だ。

 逃げ場なんてない。


 無駄な戦闘は避けて、ファル達を見つけようと足を引いた瞬間、背後に何かが当たった。

 冷たい衝撃が足裏から脛に伝わり、反射で体が固まる。


 ーー魔物か!?


 咄嗟に短剣に手が伸び、刃が鞘を抜ける音が低く響いた。

 切っ先を向けるその瞬間、聞こえた声が咄嗟に行動を制止させた。


「何すんねん」


 訛りの強い口調。

 ミーラ…か。


 俺は片手でズレ落ちそうになった仮面を上げ、姿を確認する。


 確かにミーラだ。


 俺の緊張が解け、短剣を降ろしていた。


「本当にミーラなのか?」


 俺の視線は無邪気そうな笑顔の裏を捕らえる。

 遺跡迷宮には変幻自在の魔物がいる。


 肌の質感や声の震え、呼吸のリズムまで真似るやつもいる。

 だから目の前の【ミーラ】が本物かどうか、簡単には信じられない。


「疑っとんの?」


 確かめる方法は1つしかない。


「なんや?」


 ミーラの視線が鋭くなる。

 俺は短剣を構え直し、刃先を向けていた。


「行くぞッ!」


 変身能力を持つ魔物は外見を真似ても、戦闘能力は低い。

 その差が大きければ、判断は容易い。


 ーーしかし。


「襲って来るのはええけど弱いなぁ…」


 開始数秒で完膚なきまでにボコボコにされた。

 こればかりは、変身能力を持つ魔物より弱いなんて思いたくない…。


 こんな感覚になったのは、ラクネアとの特訓以来だ。

 毎日地面を舐めていたからな。


「ど、どうやら本物みたいだな…」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥から冷たい汗がじわりと滲む。

 息が詰まるほどの激痛が走り、まるで体の奥深くから響くように感じる。


「レヴィンくん、やったっけ?」


 ミーラは悶絶している俺の前で、腰を落とし、彼女の視線が真っ直ぐに射抜いて来る。


「他の冒険者やったら、殺されてもおかしくないで?そこまで考えとらんかったやろ〜?」


「うっ…」


 深くは考えてなかった。

 ミーラの強さを軽視していた。

 下手をすれば命を落としていたかもしれない。


「魔力感知も出来へんのやから、もっと冷静にせな」


 ごもっともである。

 俺は魔力が循環していない。

 五感の全てに頼るしかない状況で警戒を解いた俺が悪い。

 というよりも、こいつ俺に魔力が無いことを気付いているのか?


「魔力感知出来ないって何で分かるんだよ」


 俺の口が尖る。


「見りゃ分かるで〜。魔力感知が出来るっちゅうんは、後ろに目が付いとるんといっしょや。無駄な動きが多すぎるで」


 口元に軽い嘲笑が漂う。

 その言葉には余裕が満ちていて、同時に細部までをもを見逃さない観察眼が宿っている。

 俺は自分の動きを思い返していた。


 周囲を常に警戒し、敵を見れば頭からつま先まで視界に入れなければならない。


 魔力感知が出来ない俺は、無意識の警戒が一切なかった。

 ほんの些細な身体の使い方や視線の軌跡で分かるミーラはその差を見抜いたのだ。


 ラクネアから渡された仮面は、感覚を研ぎ澄ます鍛錬には必要不可欠。

 魔力感知が出来ない分、もっと本能的に相手を認識するしかない。

 にしても、この仮面は本当に視界が狭くなる。


「例えば、そうやな…。今ここに潜んでる敵に気付いとんか?」


「…何?」


 視界を占めるのは、風化して崩れかけた石造りの遺跡だけだった。

 割れた柱が不自然な影を落とし、苔に覆われた階段は途中で途切れて崩れている。


「敵かどうか判断は出来ないが…何人か隠れてるな…」


 視界に映る景色の輪郭がほんの少しでも歪めば、そこに不自然さが潜んでいると分かる。


 空気は埃と湿気の他に甘い香水の残り香が混じる人の気配を匂わせる違和感だ。

 足元の砂利が微かに踏み締められる音を捉えた。


「…魔力感知できない分、努力はしとるって訳やな」


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