14.ジョアンヌの来訪
全体的に色素の薄い印象があるエリアーヌに濃い色は似合わない。しかし、エリアーヌは、着替えを手伝うメイドを涙ぐませてもなお、頑なにその色を選んで集まりに参戦した。
にも関わらず、お茶もワインもかけられることはなかった。多少の嫌味や悪意のある言葉は浴びせられたが、それもリオネルの母である前侯爵夫人が目を光らせている為、大した騒ぎにはならなかった。
ジョアンヌの代わりに悪意を受け止めることがリオネルの望みであるとわかっているエリアーヌとしては、かばわれてはむしろ困るのだが、夫人に逆らうことはできない。
「お心遣いをありがとうございます」
エリアーヌの言葉に夫人は困った顔をし、
「貴女ももう少し言い返してもいいのよ?」
と言った。その言葉にエリアーヌは、
「自分の役目はわかっておりますもの」
と微笑んでみせた。
「役目って?」
夫人にそう言われて、エリアーヌは余計なことを言ったと気づいた。夫人はジョアンヌを嫌っている。そのジョアンヌが息子の愛人であることを知ったら、夫人にとっては愉快なことではない。
エリアーヌは少し考えてから、
「侯爵家に相応しい振る舞いをすることです」
とだけ言っておいた。
夫人は納得していない顔はしていたが、ダンスの時間となり、男性陣と合流したことで、その話は終わりになった。
帰りの馬車の中でリオネルがエリアーヌに尋ねた。
「今日は無事でよかった」
やはり夫人をエリアーヌに張り付かせたのはリオネルの差し金だったのだ。
「ご配慮くださり、ありがとうございます」
エリアーヌの礼にリオネルは苦い顔をする。
「やめてくれ。わたしは君を守ると誓ったのに、傷つけてしまったんだ」
その言葉はエリアーヌが思うよりずっと深くその心を抉った。
エリアーヌはリオネルと結婚してからずっと、ジョアンヌという愛人に傷つけられ続けていて、それから守られたことなど一度もない。
思わず涙がこぼれそうになり、しかし、リオネルが女々しく縋る正妻を望んでいるわけはなく、エリアーヌはただ静かに、微笑んでみせた。案の定、エリアーヌの微笑みにリオネルは安堵をみせた。やはり泣かなくて正解だったと思った。
微笑む度に自らの心がひび割れていくことに、エリアーヌは懸命に気づかないふりをした。
その日は女性だけの茶会に参加したエリアーヌだった。集まりに参加しているうちに数名の顔見知りができ、エリアーヌは順調に社交をこなしていた。
いくつかの商談を持ち帰ることができ、この成果に上機嫌で帰宅すると、出迎えたのは、エリアーヌにとっては忌むべき厄災であり、リオネルにとっては最愛の女神であるジョアンヌであった。
「おかえりなさいませ、お義姉さま」
愛らしい微笑みを乗せた彼女は輝かんばかりのまぶしさを放っている。それもそのはず、彼女は傍らに愛する男を侍らせているのだ。
「おかえり、エリアーヌ」
リオネルはエリアーヌに出迎えの抱擁をしようとするが、エリアーヌは思わず身を引いてしまい、それを取り繕うかのようにジョアンヌに向かってお辞儀をした。
「ただいま戻りました。ごきげんよう、ジョアンヌ」
それは正妻が愛人を重用する姿のようであったが、いまだ白い結婚であるエリアーヌは、閨を共にしているであろうジョアンヌには絶対に勝てない。
「来年のデビューに備えて社交界のマナーを学びに参りましたの」
「デビューって」
「わたくしはデュナン伯の娘ですもの」
社交界へのデビューは当然だと言外に匂わせるジョアンヌにエリアーヌはどう返事をしていいかわからない。
彼女がデュナン伯爵令嬢として正式にデビューするのであれば、リオネルの正妻に収まることも可能なのだ。
デュナン領の執務はロバートが問題なくこなしている。大きな決裁権はまだエリアーヌにあるが、それがロバートに移るのも時間の問題だろう。
そしてリオネルの正妻の座はいずれジョアンヌに与えられ、エリアーヌが築いた社交のつながりは、そのままジョアンヌへと引き継がれる。
貴族の娘でなくなった自分に何が残るのだろうか、エリアーヌは笑顔でジョアンヌに応じながらも、内心では必死に考えていた。
夜会のためのドレスに着替えながらエリアーヌは鬱々としていた。今日の集まりは私的なものである為、デビュー前の令嬢も参加できる。つまりジョアンヌを同行させなければならないのだ。
あれからお茶もワインもかけられることがない為、今夜はエリアーヌに似合いの淡い色のドレスを身に着けていた。
「旦那様がお選びになったデザインだそうですよ」
メイドの言葉は酷く白々しく聞こえ、エリアーヌは抑揚のない声で、そう、とだけ応じた。
覇気のないエリアーヌにメイドは怪訝な顔をし、
「体調が優れないようでしたら夜会はお休みされますか?」
と言われた。自分が休んだらその代わりはジョアンヌが務めるのだろう。リオネルとジョアンヌが並び立つ姿は容易に想像ができ、エリアーヌはめまいがしてきた。
「そうしようかしら」
エリアーヌのつぶやきにメイドは慌てて椅子を用意した。
「気が付かずに申し訳ございません、旦那様にお伝えしてまいります」
メイドはエリアーヌを座らせると自身は部屋から出て行った。
しばらくすると誰かの足音とノックの音が重なった。
「エリアーヌ、入っていいか?」
それはリオネルだった。
「どうぞ」
エリアーヌは彼を出迎えるため椅子から立ち上がろうとしたが、入ってきたリオネルにそれを止められた。
「申し訳ございません。夜会はジョアンヌと参加して頂けますか?」
エリアーヌの言葉にリオネルは眉をひそめた。
「ジョアンヌ嬢と?何故そんなことをしなければならない」
「露払いは済みました、彼女を夜会に同行しても問題はないと思います」
「露払いとはどういう意味だ?君は何故わたしにジョアンヌ嬢を近づけさせたがる?」
「それは」
それをエリアーヌの口から言えというのか。リオネルがジョアンヌを愛しているからだと、本人の前でそれを認めろというのか。
エリアーヌが口を開きかけたそのとき、ジョアンヌが部屋に飛び込んできた。
「おやめください、お義姉さまは体調が悪いんです。込み入った話は回復されてからにしましょう」
そのあともジョアンヌとリオネルはなにか言っていたが高熱に侵されたエリアーヌの耳には、もう聴こえてはこなかった。
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