第十四話 アダマンタイン
ドゥンが己の周囲に浮揚させたカミソリ様の刃は、見る者に即座に、ある危険な情報を知覚させた。
赤銅色、そして鈍色に放つ光――。
それは紛れもなく、アダマンタインの持つ特徴であった。
刃は、ドゥンの周囲で瞬く間に旋をともなう高速回転をはじめ――。
次いでティセ=ファルに向けて、一斉に打ち出された。
「ぐううううウウ!!」
ティセ=ファルは必死の形相で打潰魔導を前方展開し、刃を打ち消そうと試みる。
激烈な空間の歪みで減速はされたものの、それ自体は一切の破壊や変形を受けることのないアダマンタインの刃。それはティセ=ファルを防御すら許さずに斬り刻まんと、目前に迫った。
「ティセ=ファル!!!」
叫び、側方の荷台から飛び出したアシュヴィン。同時に素早く走らせた“狂公”の精緻な一振りによって、数十の刃をまともに受けずして「受け流し」、空いた左手でティセ=ファルの身体を抱きかかえ、必死の退避行動を行う。
そして標的を逃し地に突き刺さった刃は、振動し逆方向に引き抜かれ――。
主であるドゥンの周囲に戻っていった。
「……ほー、さすがはヤン=ハトシュが認めただけのこたああるようだなあ……。
小僧お前、大したやつだよ。おかげで命拾いしたな、ティセっ子。
だが、改めて体感したろー? お前にとっておいらは『天敵』だ。攻撃を防ぐすべは一切ねえ。
勝ちの目は、ゼロだ。
可愛いペットともども、ここでむざむざ終わりたかあねーだろ?
もう一度忠告すんぜ。大人しくおいらに投降し、ヤン=ハトシュの元に来イヨ」
最初に現れた位置から一歩も動くことなく、構えもとらず顎をかく不遜な態度で、戦闘に入った様子さえ見せない余裕の様相のドゥン。
彼を睨み、脂汗を流して歯噛みするティセ=ファルを横目に、アシュヴィンは頭脳を回転させた。
敵がアダマンタインの刃を操るその方法は、おそらく――恐ろしく精度の高い重力魔導か電磁魔導であると思われた。
念動力ではない。もしその力があるのなら、同時にティセ=ファルや自分の身体の自由を奪って己のもとに引き寄せ捕らえようとしているはずだからだ。
しかし手段が何であれ、長距離射程でアダマンタインを操るなどという戦法は、あまねく魔導士にとって天敵といえるものだ。
サタナエル・サガで伝えられる、大導師ナユタと宿敵フレアの最終決戦。ナユタが念動力でのアダマンタイン射出によって勝負を決めた、決着時の状況そのものであるとアシュヴィンは理解していた。
その金属はいかなる手段であろうと、決して破壊することができない。速度が速ければ、障壁ですら容易に突き抜ける。魔導士の身体能力では回避が難しい。そして、これらの対策に魔導の大半を割かれた結果、反撃することもままならない。
自身がきわめて非力で魔導の強力さに頼る戦法、それでいて射程距離が比較的短いティセ=ファルはこの傾向が顕著であり、ドゥンはまさに天敵中の天敵といえた。彼の襲撃を感知した瞬間、「最も出会いたくない」と表現した通りの相手だ。
(あいつのような相手は、投擲手か僕ら戦士が、刃を防ぎつつ攻撃を届かせるしかない。
もしくは注意を引き付け、背後から襲い掛かるか。
ヨシュア――)
現在の相棒といえる相手を思い浮かべたアシュヴィンは、すぐにその目に捉えた。
門上にたたずむドゥンの背後――構造物の物陰に潜むヨシュアの姿を。
自身も成長をとげる彼は自ら、ドゥンが刃を射出した瞬間からアシュヴィンと同時に荷台を飛び出し、その後ティセ=ファルに目が向くドゥンに気取られないよう門を登り、背後にまで迫っていたのだ。
「――ふざけるな!!!
ティセ=ファルを渡しはしない!! 僕の力を見くびるな!!!
今からお前を――正面から突破して斃してやる!!! 覚悟しろ!!!!」
アシュヴィンが目を剥いて絶叫、挑発したのに対し、ドゥンが首と視線を向けた、その瞬間――。
性格上発するはずのない台詞、を相棒の合図と理解したヨシュアは眼光鋭く飛び出し、横一閃の抜刀術でドゥンに襲い掛かった。
彼の技で最速を誇る、“狼影流抜刀術 払暁の型”だ。
アシュヴィンの目からも、最高のタイミング、角度、型で入った、必殺の形と見えた。
しかしドゥンの左脇急所を狙ったその斬撃が、届くことは決してなかった。
敵は攻撃に対し、腰から抜き放った山鉈を完全に抜かぬ半抜き身の状態で、受け止めていた。
そして、抜刀術の力がかかった敵の刀を、静止状態からの腰の力のみで大きく弾いてみせた。
「ぐあああ!!!」
反撃により大きく吹き飛ばされたヨシュアは、門の柵に背を打ち付けてうなだれた。
そして貌を上げたところで、恐るべき死の刃が自分に向いていることを認識したのだった。
「ドブ鼠が一匹消えてたのに、おいらが気づいてねえとでも思ったのかねー?
近づきゃあ勝ち、って思ってんのも含めて浅えナア……」
そして山鉈を完全に抜き放ち、左方向に視線を向けずして殺到。
細身の身体からはおよそ想像もできない、必殺の斬撃を本能で感知したヨシュアは、恐怖とともに全力で自分の足元に斬撃を加え――。構造物を破壊した。
そして、門の柵からも弾き出されて落下。
即座に刀を門の構造物に突き刺して衝撃を緩和し、そのまま切り裂きながら地に着地した。
騎士“刃舞の鬼”ドゥン・ハンター。
その恐るべき実力を目にして、アシュヴィンはヤン=ハトシュ以来の明確な恐怖を本能に感じていた。
「よく、分かったであろう、アシュヴィン……。
奴の最大の武器は紛れもなく、あのアダマンタインの刃と操術であるが――。
実はもっとも恐ろしいのは、それではない。
戦士として、異次元に研ぎ澄まされたセンス、強さ……こそ、奴がヤン=ハトシュに見込まれる理由だ。
あの全身を覆う武器は、見せかけではない。奴はあれらをいずれも大陸一使いこなし、白兵戦においても死角がない。
わらわはかつて奴と相対したとき、己の相性の悪さ以上に、どのように隊や陣形を組もうとも奴への勝利の形が見えぬことに、真の絶望を感じたもノダ」
「――ティセ=ファル――!!」
アシュヴィンは蒼白の貌で、ティセ=ファルの言葉を聞いた。
彼はティセ=ファルと組むことを決めたとき、知らず知らずこれであらゆる難を排したかのようなある種の全能感に浸ってしまっていた己を、今自覚していた。
彼女ほどの実力者で、敵の内実を知り尽くしている者が味方に付いたのなら、怖いものはないと。
それは、彼女を脅かすような強者はそうそう現れないという薄甘い現実逃避を前提にしていたと骨の髄まで思い知らされた。
彼女が内実を知るからこそ、真の絶望を知ることになった現在の状況に、一瞬アシュヴィンの脳は思考を停止せざるを得なかった。
「ティセっ子……。
知ってのとおりおいらは、人がもってる感情とか善悪のネジってやつが、なんかだいぶ飛んでるか狂ってんのは間違いがねえとおいら自身でも思うんだよ。
だがそんなおいらでも、3年より前なら想像もできなかった今のこの状況。
高みからおいらがお前を見下ろし、生死を握ってるってこの状況に――。
ちょいと興奮を抑えきれねえのは分かってもらえるのかナア?」
無表情ながら、急激に爛々と目を光らせてティセ=ファルに語りかけるドゥン。
それを受けたティセ=ファルは、また汗を一条額に滴らせながら、彼に向かって言葉を返した。
「左様であるな、ドネヴィエント・ラシャヴォラク……。
わらわもまた、感じ方は違うが同じく感情を抑えきれずにおる。
初めて、己に父母以外の血族らが存在しておると知らされたあのとき。
兄であるお主の存在を初めて知ったあのときには、想像もできなんだ今の屈辱的状況ニナ――」




