第十三話 刃舞の鬼
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ティセ=ファルの語りを聞き終えたアシュヴィンは、青ざめた貌で刮目し、一点を見据えていた。
クリシュナル・サタナエル。ハルメニア大陸サタナエル一族の始祖であり、かつての暗殺組織サタナエルの礎となった人物。――と同時に、故郷レムゴール大陸においても、幾万もの人々の命を奪う元凶となった人物。
たった一人の少女が、一方だけでも歴史に名を刻むであろう大業を、二つの大陸で起こしていたという事実。同様に、あり得ないほどの憎しみを一身に集めたという事実。
それら整理が追いつかないほどの大量の情報は、アシュヴィンの脳を一時的に止めるには充分な衝撃であった。
「……その反応、よきにつけ悪しきにつけ、クリシュナルはそなたらの大陸でも相応に大事を起こした存在であるようじゃな?
だが、納得したであろう? この大罪がレムゴール大陸全土に知られることにより、かの一族は一夜にして全ての者から永遠の憎悪を向けられる存在となった。
即刻、アケロンの騎士を中心とした各国戦闘者の連合が実現し、彼らはドラン高原に攻め寄せた。
一族は一人残らずアケロンに連行され、その後は最下層の奴隷として――。以後の戦で真っ先に前線に送り込まれる道具となり下がった。あらゆる自由が制限され、また己の血族がもたらした大罪を刷り込み罪の意識を自覚させることで、反逆の意思も断った。
――これが、先ほどそなたが見た光景の、全ての背景じゃ。
奴らはなるべくして、しかるべき罪をして、この在りようであるに過ぎず、何ら同情するには値せぬ。それらを贖う、生まれ持った義務とともニナ」
ティセ=ファルの、得意げにすら聞こえる冷淡そのものの語り結びを聞きながら、アシュヴィンは――。
自分の思考を取り戻していた。
その彼の表情から、ティセ=ファルの言に全ては同意していないことは明らかだった。
決然と、ティセ=ファルに向き直りながら彼は口を開いた。
「たしかに、驚くべき事実、驚くきべき罪だ。それが全て事実なら、サタナエル一族はこの大陸で、末代まで憎まれても仕方がないのかもしれない。
だが、少なくとも僕が知るハルメニア大陸のクリシュナル・サタナエルならば――実行するとは考えられない行動が、その話にはあまりに多い」
「ホウ?」
「最初に自分が同胞を殺したことを欺いた、アケロンの支配に野心をもった、それがついえた憂さ晴らしや自分たちへの恐怖を刻み付けるために大罪を犯した、それらの点だ。
たしかに、ハルメニア大陸でも彼女は、罪は犯したし多数の人も殺めた。だがそれは全て、自分の大切なものを護るためで――彼女自身はただ家族思いの、優しい女性だった。女子供まで、何百万を殺すような行いをするとは――」
「違いはないんじゃないか、アシュヴィン。少なくともおれはすごく話が腑に落ちたけどな」
アシュヴィンの言をさえぎり、反論したのは、ティセ=ファルではなく――。
何とヨシュア、であった。
「そう、自分の大切なものを護るためだ。結果は極端になったかもしれないけど、今の話は全部とどのつまりそうじゃないのか?
ハルメニアでクリシュナルがやったことと、それほど違うか?
夫を護るため、2千の兵を皆殺しにした。組織サタナエルを作りたい夫にしたがって、一軍を滅ぼして国王の首をとった。大陸を支配する組織の頭になったし、自分の身かわいさに、夫に寿命のことも死ぬ寸前まで隠してた結果、子供達にも不幸をもたらした。
おまえが、一族をかばうのはわかるし、認めたくないのもわかる。
けど一族と関係ないどころか、結果組織のおかげで人生がめちゃくちゃに狂い、その血をひくレエテが女神扱いされていたのが忌々しかったおれの目からみれば――。
当たり前にそうだろうな、という話にしか思えないぜ」
同じハルメニア人でありながら、アシュヴィンを真向から否定するヨシュア。
冷ややかに客観視する彼に対し、アシュヴィンは反論の言葉が出てこなかった。
自分が知る、家族同然の存在、レエテ、エイツェル、レミオン。
彼らを念頭に、自分は200年前の会ったこともない人物をただ身内感で好意的に見ているだけだというのか。
だが、それを突きつけられても、まだなお――。
想いが逡巡するアシュヴィンを、目を細めて見るティセ=ファル。
彼女は二人の少年が交わす会話から、慎重に異大陸からの情報を得ようと耳を澄ましているようだったが――。
突然その目が、見開かれた。
そしてフードを取り払い、荷台の隙間に殺到する。
「アシュヴィン、剣を身につけよ――。
危機が、迫っておる。どうやら、わらわがこのアケロンで最も出会いたくない者の一人ガ、ナ」
「え――?」
云われて、さすがの身のこなしで“神閃”を取り背負い、同じく荷台の隙間に目をむけたアシュヴィンがとらえたのは――。
「あ~~。
止まれや、そコノ馬車!」
やや間延びした、野太い男の声。
それを合図に、馬車は門構えの手前で停止した。
御者であるエトルシャンは、身体をビクッと振るわせて手綱を引き、声の主である――。
10mはある門の「上」に佇む、一人の不気味な男を恐る恐る見上げた。
「は、はい……!
わたしごときもんに、何のご用でごぜえましょうか、騎士サマ……」
震える声、その呼び名、が示すとおり、声の主は本来、エトルシャンのような下層階級の人間に声をかけるような身分の者ではなかったのだ。
「あ~~。違え……。
用があんのは、お前じゃねえ、小僧……。
その荷箱の中にいる、『何者ん』か、ダナ……」
このような不遜な態度、気だるそうな間延びした口調で傲慢な態度を取ってくる者は、衛兵などの層でも一定数はいる。この世のどの組織でも、必ず一人以上はいるタイプだ。
だが、この男の場合は何かが違った。
同じ不遜で奔放、傲慢であっても――。
それを、相手を見て実行してきたりはしない。
例え相手が、神そのものであろうとも同じ態度を貫くであろう狂人。
それと同時に、態度を貫けるだけの実力を兼ね備えた超人、であるという感覚を、相手に実感させる存在。
「ドラギア圏内に入る前のお前の馬車をな、目撃したやつの情報を入手したんだ、おいらはな。
街の検問を通る以前に、山頂で、何人かの人間を荷箱に案内してるってえ情報をな。
若けえ男が二人、そんで……見たこともねえ美人が一人、て内容でな。
どんだけ複雑な事情か知らねえが……隠れてドラギアに入らなきゃならねえ事情のある、見たこともねえ美人、てやつをおいらは一人だけ、知っててナア」
緑の線の入った長い白髪、黒縁の丸眼鏡、引き締まった体格を小型の武器で覆うキャメル地のジャケットとズボン、ブーツで覆う。
その姿は、数日前にレエティエムの本隊に遭遇したアケロン騎士の一人――。
ドゥン・ハンターのものに相違なかった。
「うわあ……アア……!!」
ここまで隠し通してきた客人の存在が、最悪の存在にバレた。
涙目で震えるエトルシャンの前で、ドゥンは膝に肘をかけ、見下ろす仕草をとった。
「……出て来いよ、そこにいんだろ、“アルケー”、“アケロンの輝姫”。
お前がおとなしくおいらに従うなら、他の小僧どもは見逃してやっても全然いいんダゼ……」
その言葉が発せられた瞬間。
馬車の荷箱の側面がやにわに爆ぜ、中から一人の女性が飛び出してきた。
そして地面を一側転した後、フードを取り去って貌を露わにし、瞬時に全力の“打壊魔導”を周囲に張り巡らせる。
その女性――ティセ=ファルの表情には、一片の余裕も、なかった。
まるで、アルセウス城における最終局面、シエイエスとシェリーディアを相手どった時のように。
「残念だ、お見通しであったか。
確かに、忘れておった……。たとえ育ちは最下層の中でも、そなたは腐っても、『アケロン王家血族』の中でも最高クラスの実力者。
正直、会いたくはなかったが――こうなったからには、再会を心から喜ぼう。
騎士“刃舞の鬼”ドゥン・ハンター……いや。
アケロン王家非嫡出子にしテ我ガ兄……。
ドネヴィエント・ラシャヴォラク!!!」
その驚くべき呼びかけに、応えるかのごとく――。
ドゥン・ハンターは満面の笑みを浮かべ、全身に貼り付いていた数百の小型「刃」を――。
己の周囲に「浮揚」させたのだった。




