一日目。十一時二十五分。
一日目。十一時二十五分。
過去の遺物を目撃してからもそれなりに歩き続けていた。
「どれだけ歩くんだよ」
ジャングルの暑さに体力をガリガリと削られながらもマウリは歩き続ける。もうこの時
点で、刑は執行されていると思えるくらいに体力を消耗していた。
三人が履いている靴は、長時間歩いた為に泥が大量にへばり付いていた。一部は長時間
に渡り靴に付着した為か、水分を失い乾燥しつつある状態だった。
「見えたぞ」
ベテラン刑務官は、顔を上げて一言零した。その言葉に釣られて、残りの二人も顔を上
に向けた。
そこには高さのある建築物があった。遠くから見えた建物は、約二十メートル程度はあ
り、上部の部分は透明なガラスの様なもので製作されたドーム型のスペースが見えた。
「あそこか……」
ここまで悪路を歩かされたが、それでも刑はまだ執行されていない。あの建物で刑が執
行されるのだ。マウリは、建物から妙なプレッシャーを受けている気がした。やはり、今
まで自分が人生の中で見てきた、そして、触れてきた建物達とは明らかに違い、同時に強
烈な異質さを醸し出していた。
三人は歩き進むスピードを落とさず、建物との距離を埋める。湿り気のある大地に三人
が踏みしめた足跡が残っていく。数十秒後には、さっきまで遠くに見ていた建物がすぐ傍
に建っていた。
建物の側面には長方形の溝が見える。その隣には、電源が入っていない真っ黒い液晶画
面が備え付けられている。三人が建物へと近づき、一番前に行くベテラン刑務官と建物の
間にある空間が徐々に圧縮されていく。
距離が数十センチまで縮んだ時に電源が入っていなかったが、人間を感知し重低音を唸
らせながら起動した。起動した装置は、液晶画面に光を灯し画面全体を緑色に染める。
ベテラン刑務官は、右手をバーの形に広げ、緑色に発行する機器にかざした。手をかざ
された機器は、更に発光する横一本走った緑色の線が上部に生まれる。その後、上部から
下部へと淡々とかざされた手を感知するという仕事を一定の音量の機械音をさせながら、
淡々と仕事しながら向かっていく。かざされた手を読み取った装置は、電子音を二回させ
隣に設置されていた自動ドアが、室内の光を外に零しながら開いていく。さっきベテラン
刑務官が、触れていた通り、駆動音は最小限に抑えられていた。
ベテラン刑務官は歩を進め、建物の内部に進んでいく。二の足を踏むマウリ。流石にこ
こに踏み込めば、刑は始まることを意識してしまう。
「入れ」
若い刑務官は、マウリがすぐに入らなかったのを見て、後ろから足を踏み入れるように
指示をする。マウリも自身が臆したことを察せられたくはなかったのか強がった。
「今から入るっていうんだ、思いっきり外の空気ぐらい吸わせてくれてもいいだろ」
そんな言葉に微塵も若い刑務官は反応示さなかった。
「そんなことは知らん。さっさと入れ」
「焦るなよ」
若い刑務官から急かされたマウリは、前に一歩進め始め室内に足を踏み入れた。足を一
歩踏み入れた時、僅かにほこりが舞った。室内は必要最小限の照明が準備されており、全
体のほぼ八割程が闇の黒に染められている。
「暗いな。しかも埃っぽい」
顔を苦らせながら歩くマウリ。静かな空間にマウリの言葉が反響するように響いた。
「いいから黙って歩け」
若い刑務官にとっては、マウリの言葉はそこらに流れている騒音と大差がないしか捉え
ていないようだ。
三人は傍にあった階段を登り始めた。背後では自動的に扉が静かに閉まっていく。三人
の足音だけが暗闇と点々に存在する照明のみの空間に響く。
階段は時計回りのらせん状になっており、早々には先が見えない構造になっている。ま
るで、受刑者への恐怖演出と言えるのかもしれない。三人は歩き続けた。時折、三人を照
明の光が染める。
「どれだけ歩くんだよ。高すぎんぞこの建物」
マウリは静寂に耐えかねて軽口を叩くが、ベテラン刑務官は背後をちらっと見るがまた
視線を前に戻した。
「無視かよ」
マウリは愚痴を零した。二人は全く反応しなかった。
それから五分程歩き続けた。すると徐々に上に光が見えた。
「あれか」
三人の視覚に伝わる光量が徐々に増えていく。最初は光のみだったが、徐々に出口の形
もはっきりと三人に伝わってくる。出口との距離が縮まると、徐々に出口から漏れる光が
三人の全身を包み始める。三人の全身を包み光が終えた時には、建物の頂上に 辿り着い
ていた。
辿り着いた建物の頂上は、透明な物質で建築されたドーム状であり、中心には円柱の柱
が、ドームの天井と接触していた。そして、透明ではない漆黒の壁が、頂上のドームでら
せん階段の四角形型出口をコの字に囲う。漆黒な壁の向かいは、こちらも透明な壁が覆っ
ていた。階段の延長上には、階段と同じ色をした廊下があった。
階段を上り終えた三人は、そのまま前に歩き進めた。直進するとそこにはy字の行き止
まりになっていた。両サイドには透明な壁がそそり立つ。一方、透明な壁の向こうには先
ほどまで歩いてきたジャングルがあり、もう一方の壁にはマウリがこれから収監されるで
あろう独房があり、その透明な壁にまたも液晶の装置がまたも設置されていた。
ベテラン刑務官は、入室時と同様に手を前に出して翳す。またも装置は同様に反応し、
上から下へ動きベテラン刑務官の手を認識した。認識し終えると透明の扉が自動的に右に
開いた。
「入れ」
若い刑務官に促され、マウリは扉の奥に進み一歩前にと足を踏み入れる。マウリはまじ
まじと室内を眺めた。室内は、簡易のベッドが備え付けられており、部屋の奥には両サイ
ドを漆黒の壁で囲われた西洋トイレがあった。どうやら入り口から直接は見えない構造に
なっているようだ。
「手を出せ」
ベテラン刑務官に言われた通り、マウリは手錠をされた両手を刑務官の前に出す。ベテ
ラン刑務官は、ポケットから鍵を取り出し、手錠を解いた。その時、鈍い金属音が室内に
響く。次にマウリの腰縄を解いた。解くと同時に腰縄の紐が床に落ちる。
その間にも回りで若い刑務官が準備をしてた。持ってきていた荷物を鞄を置き、トイレ
の周辺にトイレットペーパーを補充する。通常の独房と違う為か、作業工程が複数あるよ
うだった。他の荷物も並べ終えた若い刑務官はベテラン刑務官の背後に立つ。
「必要な食料品と飲料水、提出する為の観察記録表と暗視双眼鏡はその鞄に格納されてい
る。その鞄の中身を使って収監中は生活する様に。我々は常に独居房内にあるカメラで監
視しているからな。後、何があっても独房に居るんだ」
「なんで?」
「なんででもだ。一言だけ忠告ししておく。生き残りたいと思うなら従うことだ」
「脅かすなよ」
「どう捉えるかはお前自身の判断だ。刑期を満了する二日後に向かいに来る。もう時間だ
な。さあ、行くぞ」
ベテラン刑務官は、若い刑務官に退室を促した。その言葉に若い刑務官も反応した。
「わかりました」
二人は、ここでの仕事を終えるとこの独房から出て行った。二人がこの部屋を後にする
と同時に先ほどまで開いていた扉が自動で閉まっていく。
刑務官二人は、独房施設を出ると自分達が訪れた道を帰路とし戻っていく。すると、若
い刑務官が足を止めた。
「どうした?」
振り返るベテランの刑務官が言葉を投げかける。
「二日間って短くないですか? あいつ重犯ですよ。幾ら罰が特殊なものだからといって
あまりに短い気がします」
「短い?」
「ええ。でも、自分にどうすることもできないですけど」
「二日は一見短く思えるかもしれない。しかし、これは過去の事象が築き上げた結果なん
だ。昔はこの刑罰は一年と定められていた。しかし、その刑期を全うするものはいなかっ
た。皆、刑期を全うする前に、命を落としていた。それにより徐々に短くなった。今に至
るまで囚人の精神に異常をきたすケースもあり、更に短くなった。それにより二日に設定
されたんだ」
「二日なら生存する可能性が高く、囚人の精神状態も維持できるということですね。それ
は理解します。理解はしますが」
「納得はしてない顔だな。まあいいさ。本当に重要なのはあいつが更生することだ。更正
するのではれば、短いであることに問題はあるまい。それに奴が次に俺達に会うまでどう
なっているかだな」
「どうなっているか?」
「先程話をした内容で触れていたが、あれはあくまで今までの結果を踏まえ導きだした結
果だ。故に個々に差がある。あいつが、刑期を終えるまで何もないかもしれない。その逆
も然り」
「ある意味、死刑と同等。違いは運だけ」
「そういうことだ。その中で何かを感じれていれば成功といっても過言ではないだろう。
まあ、何もないということは絶対と言っていいほどに有り得ないと思うがな」
その言葉に若い刑務官は息を呑んだ。若い刑務官にとってもこの刑に関与するのは初め
てだった。大概はどういったものかを把握したつもりではいた。しかし、そのベテラン刑
務官が述べた言葉が、余計に怖さをかきたてた。どういった結果があるかを見えないか
らだろうか。
二人はその施設からも離れ、街に戻っていた。
マウリは独りだ。
続く




