30、酔っ払って寝ていたわけではない。
メシを食った後、近くの山へ行く。
「時間があまりないから、三輪さんが持ってる技術の再確認と、歪みがあれば修正ぐらいかな」
「お願いします」
「じゃあ、まずは直拳を打ってみて」
卜部さんに言われて、顔面を狙って右の縦拳を打ち込む。
卜部さんは、ひょいとかわす。
「ああ、ちゃんと狙ってくれていいよ」
一応、ちゃんと狙ったつもりだった。
次は、より速く打つ。
やはり、ひょいと避けられた。
「三輪さん、知ってるだろうけど。生き物は、ずっと意識を張りつめているようでも、必ず意識のレベルが落ちる時があるよね。そこを狙おう」
「……卜部さんの意識が落ちてる時でも、僕の最高の状態より高いんで、見えないんですよ」
「しょうがないなあ。じゃあ、意識のレベルをもう少し落とすから、もう一度いこう」
打つ。
当たらない。
打つ。
当たらない。
しばらく卜部さんを見る。
なんか、当たりそう。……と思うと同時に打つ。
「お、いいねえ」
やはり、ひょいとかわされる。
しばらく、そんなことを繰り返す。
多分、当たりそうな時は、卜部さんがわざと隙を作ってくれている。実際に卜部さんと戦う場合は、カウンターを当てるために使う誘い技なのかもしれないが。
他にも、時々動きの修正などの助言もしてもらった。
「さて、交代しますか」
「手加減して下さいよ」
「もちろん。ただ痛いだけの、殺傷力の無いのしか当てないよ」
卜部さんと攻守を入れ替え、今度は僕が避ける側になる。
「痛い!」
「はい、もう一度」
「ぐべっ!」
「もう少しだけ、わかり易くするよ」
……あ、来るな。そう感じることは出来た。
「べぐっ!」
「まだ神経の繋がりが悪いなあ。はい、もう一度」
「ぶしっ!」
「はっはっは。武士なんていないよ。もう一度」
「ぶぐっ!」
何十回と続けたが、結局一度も避けることは出来なかった。
「あとは、なんか三輪さんの立ち方が歪んでるから修正しようか」
「じゃあ、夕方また。酒もその時よろしく」
「わかりました。ありがとうございました」
空が白む頃、練習は終了した。
立ち方の後、歩き方を練習した。
師の元を去って久しいため、自分ではわからない部分を直してもらえる機会がなかったので、有り難かった。
酒を準備する前に、帰って一眠りしよう。
家に帰ると、純野さんと時春さんがいた。時春さんは、前足で戸をてしてしと叩いている。
「こんばんは……じゃなくて、おはようございます」
「あ、帰ってきた」
「なんだ、酔っ払って寝てるかと思ったに」
「まあ、いろいろありまして。時春さんと純野さんは、どうしました?何かありましたか?」
時春さんが訪ねて来るのは、かなり珍しい。なぜなら、祠の周辺で日向ぼっこしてるのが好きだから。
「純野が、三輪が落ち込んでそうだと言ってたから、酒を持ってきたに」
「猫、口が軽い」
ああ、心配かけてたのか。有難いな。
「ありがとう、純野さんと時春さん」
純野さんは、横を向いている。
「しかし、三輪はなんか疲れてるに」
「まあ……いろいろありまして」
「気になるに」
別に言ってもいいが、どうしたものか。
「三輪、大丈夫?」
「まあ、眠い以外は」
「……わかった。おやすみ。猫、帰ろう。三輪は、なぐさめなくて大丈夫。多分、強くなる」
「ありがとう」
純野さんには、何か伝わったようだった。




