20、這い寄る貧困ナイアルヨゼニッポ
解子姫からもらったお金は、家賃その他の払わねばならぬものに消えた。
……酒を買う金が無い。
「酒が切れると、落ち着かない……」
この心理はちょっとまずい気もするが、飲み代を早急に手に入れる必要を感じる。
「……仕方ない。吉田さんの所に、仕事がないか聞きに行こう」
「三輪、吉田さんって誰?」
「吉田さんは、鬼道士の……って、純野さん?!なんで居るの?!」
「三輪は、弱いから心配」
有難いような、情けないような……。ああ、酒が飲みたいなあ。……飲み代無いけど。
「それと、三輪。……大事な話がある」
純野さんは、まっすぐ僕を見ている。なんとなく予想はつくが、どんな話かを問う。
「なにかな?」
「酒が、もう無い。三輪、おくれ」
……予想通りだ。まあ、酒好きにとっては、とても重要なことではある。
「この前もらったお金は?あれで買えば?」
「もう無い」
キッパリと言い切られた。
「猫、祠が雨漏りしてた。猫、お金無い。だから、あげた」
「ああ、なるほど。時春さんも、賽銭があまり無いとか言ってたっけ」
「そう。だから、三輪、酒おくれ?」
首をやや傾け、純野さんが繰り返した。
「いや、こっちも酒代が無いから、吉田さんの所へ仕事探しに行くところ」
純野さんは、力強く頷き、こう言った。
「……わかった。わたしも、行く」
吉田さん……吉田懐西は、かつて魔術師と呼ばれた退魔破神師だ。
破神師とは、神を破ることを生業とする者達である。ニンゲンの社会が拡大するにつれてヒトは、古い神や、主流でない神と利害が対立することが多くなった。そんな時、神を破ってヒトの利益を押し通すために雇われるのが、破神師だ。 ニンゲンにとっては、自らの信じる神でなければ、魔も神も等しく滅ぼすべき者であり変わらないのだろう。
吉田さんはかつて、時春さんを殺すべく動いていた。 しかし、信濃で最高の鬼道士だった長野紅葉さんに敗れ、説得されて鬼道士になった。
……もっとも、弱い神や魔、妖を助ける鬼道士は、あまり儲からない。吉田さんは、魔術師と呼ばれた腕を活かして、副業で手品師もしている。
『魔術師吉田』と書かれた看板は、今にも落ちそうだった。
古いビルの2階に、吉田さんの事務所はある。
「こんにちは、吉田さん。何か仕事はないですか?」
ドアを開けながら、吉田さんに声をかける。
「ねえよ。……三輪か、久しぶりだな。悪いが、こっちも最近は、『這い寄る貧困ナイアルヨゼニッポ』って邪神に目をつけられててな」
「……何ですかそいつは?」
吉田さんは、白いスーツに白い靴、白い蝶ネクタイを身につけている。怪しい格好だが、妙に似合っている。
頬に傷があるが、たれ目で愛嬌がある。背丈は六尺はあるだろうか、長身である。
なんと言うか、いろんな格好悪い要素を持ちつつ、全体を見ると、不思議なことに格好いい。吉田さんは、そんな男だ。
「何ですかって、まあ、地獄めいた……名状しがたい……外宇宙から来た……そんな奴だよ、ナイアルヨゼニッポは。とにかく、ある筈の金が!消えていくんだ!有り得ねぇ!」
「……ところで、そこの帽子、いい感じですね」
机の上にあった帽子を指差した。
「お?三輪にも解るか。こいつは二百万ほどで作らせた、新しい帽子だ」
「……金が無いのは、そのせいでは?」
吉田さんは着道楽で、どんなに金が無い時でも、着る物には湯水の様に金を遣う。
「はっはっは。酒につぎ込む三輪が、何を言ってやがる」
「ぐっ、……酒は、主食なんですよ。飲まなきゃ、死ぬじゃないですか」
「死なねえよ」
「そんなバカな」
「……そんな、バカな」
後ろから、純野さんが僕と同じことを言う声が聞こえた。




