19、蛙の神、登雄流(とおる)
いつの間にか、シャシャカは姿を消していた。純野さんは意外と優しく、自分の酒の一部を分けてくれた。
「三輪には、いつもお酒もらっている。だから、あげる。……そのうち、三輪がもっと沢山くれると、信じている」
少しプレッシャーを感じた。
せっかくいい酒があるので、池のほとりで純野さんと飲むことになった。もらったお金は、家賃その他を払うと消えるだろうから、とくにつまみは無い。
古くからある、ため池の一つが、この涙ヶ池だ。日照りに悩み涙を流す人々を見た蛙の神が、この池を作った。蛙の神はその後、人々に感謝されこの池に住み着いた。
風がサワサワと草を鳴らしている。暑い季節だが、柳の木が日陰を作り、涼しげだ。
「おーい、わぬしは三輪ではないか?」
木陰に新聞紙を敷いていると、池の水から百五十センチ程の蛙が出てきた。後ろ足でペタペタと二足歩行しながら、右の前足を振っている。
「こんにちは、登雄流さん。いい酒が手に入ったので、ここで飲みに来ました」
「……ここは、飲み屋ではないんだが。まあ、三輪は独りぼっちだから騒がないし、良いがな」
「登雄流さんも、呑んべでしょ?」
「三輪は、相変わらずだなあ。……ん?そっちの、わしより背の高いお嬢さんはどなたかな?」
「純野悠羽子、よろしく、蛙」
「む、いきなり蛙はちょっとあれだが、よろしく。蛙の神、登雄流じゃ」
登雄流さんは、かつてこの池を作った蛙の神だ。争いを好まない、穏やかな神である。
ただし、池の生き物を守るためなら、戦いも辞さない面もある。池の水を操り、水流で戦車の一台ぐらいなら押し流す力を持つ。
「三輪は、独りぼっちのかわいそうな酔っ払いだから、こんな可愛らしいお嬢さんが一緒だとは思わなんだ」
「まあ、酒をくれる鬼という認識らしいですが」
「うん。三輪は、酒をくれる。それだけ」
登雄流さんが、ペタペタと肩をたたいてきた。
「何ですか?」
「まあ、がんばれ」
リュックサックから、酒を取り出す。
「登雄流さんも、飲みませんか?」
「お、いいのか?じゃあ、蚕のサナギのつくだ煮をやろう。わぬしらは、生じゃ食わぬであろう?」
「好物ですね。さすがに、生じゃ食べませんが」
「蛙、ありがとう」
登雄流さんの味付けは、絶妙であった。
しばらく飲み続けて、夕暮れの景色を楽しんでから帰った。もらった酒は、飲み尽くしてしまった。




