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若作り

「はじめてお目にかかる。治癒魔法の使い手殿」


バカ丁寧に頭を下げて挨拶をしてくる魔王。

しかし、その態度は尊大で、口ではなんと言おうとも、心の中では一ミリも頭を下げていないことなんてまるわかりである。


暖は、呆気にとられた。

なぜなら――――


「そんな、嘘でしょう! ……なんで、そんなに若いのよ!」


魔王を指さし、非難するかのように叫んだ。


――――ここで、一言断っておくが、本来暖は、そんな初対面の相手を指さし怒鳴るような、不躾な真似はしない人間だ。彼女は社会人であり、義弟がなんと言おうとも、一般常識を備えた大人の女性なのだという自負を持っている。


そんな彼女がここまで動揺してしまうのは、それなりの理由があった。


目の前の魔王は、どこからどう見ても二十代の青年にしか見えなかったのだ。

……へたをすれば、ダンケルよりも年下に見えるかもしれない。


「だって、ディアナが、若気のいたりで戦ってやっつけたって……だったら、少なくともディアナと同じくらいの年齢のはずでしょう?」


長身白皙の美青年に向かい、暖は疑問をぶつける。

心の中では、若作りにも(ほど)があるだろうと、思った。


ディアナという名前を聞いた途端、魔王は大きく顔をしかめる。


「あんな魔女と私を一緒にするな。魔族は、長命種なのだ。外見など好きなように保てることを知らぬのか? 惨めに老いて死ぬような軟弱な人間とは違う」


キレイな顔を不機嫌そうに歪めて、魔王は怒鳴った。


「でも、ディアナに負けたんでしょう?」


「引き分けだ! その証拠に、私はいまだ魔王として魔界に君臨し、ここにいる!」


暖の言葉に、魔王は忌々しそうに反論する。

その声は大きく、眉間にはしわが刻まれている。



暖は目をぱちくりとさせた。

口を閉じて、目の前の魔王をジッと見る。


ここにきて、ようやく彼女は、少し落ち着いてきた。

同時に自分が、ずいぶんと相手に失礼な態度をとってしまったことに気がつくが……まあ、今更である。


(魔王さんの態度も慇懃無礼だったし、おあいこよネ?)


それよりも、暖には気になることがあった。



「……ひょっとして、言葉が通じている?」


初対面で慌ててしまい叫びまくっていた彼女だが、その際、暖は普通に日本語を話していた。

なのに、魔王とは会話が成り立っているのだ。


首を傾げる暖に対し、魔王はフンと鼻を鳴らした。


「お前の言葉は聞き慣れないが、魔王である私には、各種族の”王”だけが持つ翻訳魔法があるからな。言葉が通じるのは当たり前だろう」


そう言われれば、確かアルディアとも翻訳魔法のおかげで話ができていた。


「でも、それって、竜やエルフみたいな他種族が暮らす人間の国の王族だからできる魔法じゃなかったの?」


少なくともアルディアはそう言っていたと、暖は記憶している。

なのに魔王は、「お前はバカか?」と言ってきた。

呆れたみたいに肩をすくめてみせる。


「人間の王に出来ることが、私に出来ないはずはないだろう。魔王は、どんな生き物とも言葉を交わすことが出来る」


慇懃無礼の慇懃の部分を捨てた魔王は、ドカッと暖の目の前のソファーに腰をおろした。


「だって、じゃあ、ダンケルは?」


ダンケルは、魔族の王子だ。しかし彼とは言葉が通じていなかったと、暖は主張する。


「翻訳魔法は、どの種族であろうと、”現王”だけの力だからな。ダンケルは後継者であり、このままいけば未来の王となる存在ではあるが、今は”王”ではない」


魔王は、素っ気なく断じた。



「え?」


暖は、呆然としてしまう。


「でも、だって、……アルディアは? アルディアだって王子よ。しかも廃嫡されたも同然の第二王子だわ。彼だって出来るのに、なんでダンケルは出来ないの?」


アルディアもダンケルも同じ王子という立場である。

それなのに違いがあるのはなぜだろう?

真底不思議で、暖は首を傾げる。


自分の言葉を疑われたのが気に入らないのか、魔王は不機嫌そうに眉間のしわを深くした



「翻訳魔法が使えるのなら、そやつが人間の()だ」



「……は?」



「お前は、態度だけでなく耳も悪いのか? お前と言葉の通じるそいつが人間の王だと言っている」



イライラとしながら、魔王はとんでもないことを言い出した。


「そんなバカな!」


「バカもなにも、それが真実だ。お前はそいつ以外に、翻訳魔法を使える王族に会ったことがあるのか?」


言われてみれば、確かに暖が会った王族はアルディアだけだった。

他の王族に、暖の言葉が通じるかどうかは、わからない。


「……でもでも、アルディアは、お城じゃなくて、ド田舎の村に住んでいるのよ。横暴で、ワガママで、意地っ張りで……そりゃ、心配性で優しいところもあるけれど、でも! 王さまなんかじゃないわ!」


絶対違うと、暖は、主張する。


むっつりと聞いていた魔王だが、……やがてどうでもいいというように、片手を振った。


「お前の主張はわかった。――――相変わらず人間は愚かな生き物だな」


「……愚か?」



「人間は、自分たちの王を見失う(・・・)生き物だ」



魔王の言葉に、暖は息を呑む。


「それって、どういう?」


しかし、尋ねようとした暖を、苛立たしそうに魔王は遮った。


「人間の王のことなど、どうでもよい。……あの忌々しい魔女もだ」


苦虫を噛み潰したように「魔女」という言葉を吐き捨てる魔王。

どうやら魔王にとっては、人間の王なんかより、ディアナの方が存在感が大きいらしい。


「そんな!」と、食い下がろうとした暖を、ひと睨みで魔王は黙らせた。



「――――そんなことより、急ぐべきは、我一族を襲う病を治すことだろう。……癒しの力をもつ人間よ。お前を迎えたことで、魔族は人間界より撤退した。今度は、お前が約束を守り、魔族を癒す番だ」


身勝手にも、魔王は、そう言い出す。


「そんな約束――――」


していない! と、暖は思う。

何も出来なくてもいいから、魔界に来てくれという、そういう話だったはずだ。


反論しようとした暖に、魔王は言葉をかぶせてくる。



「まさか、何もするつもりがない、などとは言わないだろうな? それでは、お前は何のために魔界にまで来たのだ? 物見遊山の冷やかしか?」



暖は、グッと言葉に詰まった。

そんな風に言われて、「はいそうです」と返せるはずもない。



「――――何が出来るか出来ないかは、見てみなければわかりません。私は魔界に来たばかりです」



自分に治癒魔法は使えないと、暖は思っている。

何を見たところで何も出来ないことは確実だろう。

それでもここまで来たからには、何もせずに帰るつもりはなかった。


そう思って魔王を睨みつければ、見た目二十代の男は、楽しそうに笑う。



「いい返事だ。――――ならば、見てくるがいい」



魔王のセリフと同時に、暖の体は白い光に包まれる。


「なっ!」


「心配いらぬ。ただの転移魔法だ」


聞こえてきた声に、暖はホッとする。

これが、暖を害す魔法なら魔界が滅んでしまう。


それを知ってか知らないでか、魔王は上機嫌に声をかけてきた。



「お手並み拝見といこう。せいぜい頑張るがいい」



次の瞬間、部屋から暖の姿がかき消える。

後には、クツクツと笑う魔王一人が残った。


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