意趣返し
頭に巻角を生やしたイケメン魔族が、真っ赤になって怒鳴る。
「ウララ、お前は魔界の歪んだ美の基準なんか気にすることはない! えっと……その、お前は、充分愛嬌があるし、美人とは言えなくとも、魅力がないわけではない。……あ、あぁ、少なくとも、俺は、お前を、……こ、好ましい! と、……そう思う」
それは、しどろもどろの言葉だった。「好ましい」と叫んだあたりで、あからさまに目を泳がせ狼狽えはしたが、見ようによっては“可愛い”と言って言えなくもない様態である。
ある意味、もの凄く萌えるシチュなのだが――――
「ダンケル、趣味、悪インデショ……」
ブラット曰く、ダンケルの女の趣味の悪さは有名なのだそうだ。そんな噂のダンケルの言葉では、あんまり慰めにはならない。
「俺の趣味は、魔界以外なら普通だぞ! チクショウ! だったらどう言えばいいって言うんだ!?」
暖に、そう言われたダンケルは、髪の毛をかきむしった。
俺さま魔族の動揺する姿に……暖は、たまらずプッと笑いだす。
「は?」
「ゴメン、ダンケル。私、怒ルナイヨ。……ダンケル、可愛イ、言ッテクレテ、嬉シイ」
もしも魔界の基準で暖が美人だったのなら、人間世界では、病人クラスの痩せ過ぎだろう。
(栄養失調なんてもんじゃないかもしれないわよね?)
それくらいなら、子豚でも仕方ないと、暖は思う。
怒って見せたのは、太っていると言われたことへの、ちょっとした意趣返しだった。
「……早く言ってくれ。とりあえず、良かった」
乱れた髪のまま、ダンケルはドッと体の力を抜く。安堵したようにソファーに座り込む様子に、暖はクスリと笑った。
――――そう。暖はダンケルには怒っていない。
(……でも、“親豚”発言を許すかどうかは、別問題よね?)
そう思った暖は、チラリとダンケルの隣に立つブラットに目をやった。
ともかく軽い印象のダンケルの弟は、疲れ切ったダンケルを同情するでもなく面白そうに見ている。
暖は、おもむろにブラットの前へと移動した。
「なんだ?」
少しは警戒感を持ったのだろう、ちょっと引き気味に見てくる魔族の前で、袖を捲り、二の腕をさらけ出す。
ギオルのウロコ磨きで鍛えてはいるが、暖の腕は白くまろやかだ。
その腕を、ズイッとブラットの目の前に差し出してやった。
「うっ」
ゴクリと、ブラットの喉が鳴る。
(スゴイ。本当に“食べ物”だと思っているのね)
今にも涎を垂らしそうなブラットに、暖は呆れた。
「おいっ!」
慌ててダンケルが、立ち上がる。
制止の言葉もむなしく――――
暖の腕を『食べたい!』と、思ってしまったのだろう。次の瞬間、ブラットは酷く呻いて苦しみだした。
「グッ!!……うわぁぁ~! いっ、痛い!」
頭をおさえ、ブラットはその場でのたうち回る。
つい先ほども、同じように苦しんだはずなのに、本当に懲りない男だった。
暖は、面白がってブラットをちょんとつつく。
ブラットは、ますます苦しんだ。
「……ち、力が抜けていく」
どうやらラミアーの呪いは、相手が暖に触れるだけでなく暖から触れても有効らしい。
床に倒れたブラットは、ぐったりとして、そのうちピクピクと痙攣しはじめた。
「人ヲ、豚、言ウカラヨ」
ざまあみろと暖は思う。
「いや、確かにそいつの自業自得だが……」
苦しむ弟と、満面の笑みを浮かべる暖を、ダンケルは複雑な表情で見比べる。
「あまり、お前には逆らわないようにしようと思う」
ポツリとダンケルは、そんなことを呟いた。
その後、ダンケルは魔王に帰還の報告をするからと言って席を外す。
もちろんブラットも引きずって行って、暖にくれぐれも動くなと命令――――いや、懇願して行った。
「お前に何かあれば、魔界は間違いなく滅び、魔族は全滅する。部屋に結界を張っておくから絶対ここから出ないでくれ。誰が来ても返事をするなよ」
ダンケルは魔族の王子である。彼が張った結界ならば、普通の魔族に破られるはずもない。
「頼マレナクテモ、出ナイ」
暖だって右も左もわからない魔王城の中をうろつきたくはないのだ。まして、ブラットから魔界の女性の美の基準を聞いた後では、ダンケル以外の魔族に会いたいとも思えない。
大人しく待っているから早く行ってきてと、言っているのに、
「絶対だからな!」
ダンケルは、最後まで念を押し、暖を振り返り振り返り、部屋を出て行った。
「心配し過ぎよね。ダンケルったらあんなに心配性だったかしら?」
1人部屋に残された暖は首を傾げる。
ダンケルの心労のほとんどは、暖ゆえなのだが、彼女にそんな自覚はない。
彼がここにいたら、間違いなく「誰のせいだ!」と怒鳴っていただろうが、そんなこととは思いもしない暖は、呑気にあくびをした。
そこへ……
トントンとノックの音が響く。
当然暖は、返事をしなかった。
するなとダンケルに厳命されているのだ、当たり前である。
もう一度トントンと音がする。
黙っている暖。
今度はドンドン! と、大きな音がした。
もちろん暖は、見向きもしない。
「少し眠ろうかしら……」
完璧に無視を決め込んだ暖は、居心地の良い長ソファーに横になろうとした。
小さくあくびをして、腕を伸ばす。
「……居留守とは、イイ度胸だな」
突然、そんな声が部屋の中に響き、驚いた暖はそのまま動きを止めた。
「え?」
何もなかったはずの目の前に、忽然と1人の男が現れる。
「私を無視する者など久し振りだ」
楽しそうに笑いながら、男はそう言った。
――――再三言うが、ダンケルは魔族の王子である。
しかも次期魔王と決定している嗣子で、彼の魔力は大概の魔族より強い。
実質No.2の彼を超える者は、たった1人だけだろう。
ダンケルの張った結界をものともせずに表れた目の前の男。
その正体は――――
「ひょっとして、魔王?」
呆然とする暖に、男はニヤリと笑って頷いた。




