バイト疲れ
眠ることのほかには、殆どのことを彼女がうまくやれなくなったのは、バイトの疲れがたまっていく一方で消えないから。
コーヒーをいれ、テーブルの上と手とルーズリーフにぶちまける。
爪を切り、深爪をする。
眼鏡をおき、おいた場所をよく彼女は失念する。
この時期になぜか彼女は拡散ソーラービームを覚えた。
電気ケトルを使うときには、その熱湯を注ぐものがない。
お疲れの彼女は橋を手にとる、そしてそれを残響を啜るのに使おうとしている自分を彼女は見ることになる。
彼女はふと眼鏡をむいている自分を見ることにもなる、バイト疲れのせいで。
あるいはまた、皮をむいているときに何が出てくるのか分かっていないが、しばらくしてそれは毎回そうだと、彼女が考えなおす。
バイト疲れのせいで、金曜日はまるでかゆい積み木だ。
誰もいないのにキャッチボールを成立させてしまう、彼女の正午。
ある晩、彼女が焼きとうもろこしの守護天使に。
落馬して、また落馬した、と思う。
彼女が傘にふれる、充電切れを伝えようとして失敗する、バイト疲れのせいで。
彼女の机の上の恥を知らない菓子パン。
見こみのない友だちの夢をそっと葉陰におく彼女。
白々しい。
黙りこんだほうがお得、と米津玄師が歌う。
「星座が分からない、じぶんの星座だから。じぶんの星座くらいわすれたっていいでしょ?」
バイト疲れのせいで、彼女はじぶんのせいで全ぶが黒くなっていくんだと思っていた九月をまた手にとって見なければいけない。
そっと彼女は痛いわといった。
彼女が苦労して鎧戸を閉める。
昨日のヒーローがうなずく。
だが彼女はうなずかない。
高校生活もなんとなくうまくいっていないように彼女には思える。じぶんでもあきるくらいにいつもぼんやりとしていた。
いまのじぶんには打ってつけの場所だからと、彼女は図書室に足をはこんだ。
このできごとがあったのも、出勤までの時間つぶしをしていた日だった。女神さまが出現し、女子高生は棒立ちになった。
どちらも女性としての人生で、冴えないところにきている二人だった。
「あなたが落としたのはこの不健康な女子高生用の斧でしょうか、それともきゃりーぱみゅぱみゅ用の斧でしょうか」
女子高生はただでさえヘッドフォンを装着していたので、足もとに泉ができたところも見なかったし、女神さまが何を口にしているのか聞きとれず、そんなことは分かりたくもないし、学生には分かる必要もなかった。
冴えない女神さまが、冴えないジェスチャーで、冴えないじぶんから、とっても冴えたバンドのメジャーデビュー曲を一時停止せよと命じてきた。
女子高生としては、どうやって斧が泉に落ちたのかがまったく分からない。
大好きな曲の歌詞から落ちたのか、両親への憎悪が斧というかたちをとって落ちてしまったのか? さいきん本当いいことなんかなんにもないなあと彼女は思う。
「図書室の泉の女神さま?」
「はい」
「いや、女神さま?」
「何ですか」
「いやなんか、なんだろ足もとでそんな立ってるとか、あのすんませんシツレイになっちゃうと思うんですけどどーしても。でもあの、すんませんなんかスカートに目いきすぎじゃありません?」
「え、はい退屈で」
「ぜんぜん意味が分かりません。のぞきか」
女子高生はスカートに手をやりながら後ずさりして、棚に後頭部をぶっつけた。本が雪崩れをおこし、小さな女神さまは大きな声で祟ってやるといいながら、霧散した。
彼女の両親はその週、正式に離婚することにきめた。
そっと彼女は痛いわといった。




