月光価千金
一人の同じ少年のことで十一人の中学生が苦しんだ。
彼らは問題を抱えこんでからというもの、いつものことながら誰に相談するでもなく、自分の力で切り抜けたいと考えたという点で共通している。
全員、優等生タイプだった。
全員、自分が誰か他の人間を殺すかどうかということについて、自ずから、考えを巡らせたことのある小学生だった者ばかりだった。
なぜなら、人が人を殺すということが起こり続けているこの世界の姿に皆、早くから恐怖心を持っていた少年少女たちだったから。
そして、そこだった。
十一人の誰もがそこにぶち当たり、よろめき、頭を抱え、うなり声を上げ、吐き気をおぼえ、じっさいに吐く者、涙目の者、朝からチョコレートを立て続けに体に入れる者、悪態をつく者、飼い犬に数年ぶりに触って数年ぶりに振られている尻尾を目にする者と様々だったが、結局は全員、優等生らしい手段を選び続けた。
誰もが考えて、考えて、考えても誰にも分からなかった。
なぜ、彼が目の前に現れるのか、分からなかった。
なぜ、あのことを続けているのか、分からなかった。
どうして彼なのか、分からなかった。もう繰返すことは嫌だと毎晩自分たちは思っていて、それは嘘偽らざる気持ちだということしか、分からなかった。
なぜ、いつも相手役は彼なのか。そこが、彼らの関心が最も集中したところだった。
優等生たちは夢を見た。やり方は十一人それぞれ違っていたけれども、その結果はどれも同じだった。
どの夢でも、彼は殺された。
どの夢でも、彼は殺される側にいつも回っていた。
彼じしんの知らないところで、彼は殺され続ける。
多くは惨たらしい方法で、そしてとても緩慢に。どの夢をとってみても、素早く殺される彼というのはまずあり得なかった。
ありとあらゆる道具が用いられた。優等生たちは、誰かとやるのではなく、誰かのためにやるのでもなく、いつも自分じしんの姿で、直接手をくだした。
剣、槍、銃といった殺人に特化したものは優等生たちの夢の中には見受けられない。
夢の中で優等生たちがいつの間にか手に持っているのは、ごく日常的な品ばかりである。
たとえば物差し、ベルト、家の鍵。
たとえばケーキを崩すのにふさわしいような小フォーク、菜箸。
サイズの大きいものでも、せいぜいテニスラケットや体重計、といったところだ。最も夢での使用頻度が高いのは文房具だったけれど。
このことは優等生たちによい作用を及ばさなかった。彼らの職業は学生だ。文房具は必需品だ。
夢の中で男子を殺し続けている彼らが文房具使いであることは、とてもまずいことだった。
特にまずいのはペンで、ある女子生徒の場合、シャープペンシルを持つと、たびたび彼の顔に生け花のように突き立てられた何十という数のペンが鮮やかに浮かんできてしまった。
途端、教室にいることが息苦しいことになる。一方の手で口を押さえ、もう一方の手で窓を全開に開けては、彼女はクラス中から顰蹙を買っている。
ある男子の場合、ペンは飲ませるためのものだった。別の男子の場合、ペンは引っ掻くためのものだった。
夢の中、優等生たちは毎晩のように同じ少年を殺す。
今は十一月。何人かはこまめに日記をつけるようになっていた。
繰返し見る夢。
夢はいつでもリアルだった。
つらいのは連日の忌まわしい夢の内容よりも、寝間着を濡らす汗。悪夢を破いて身を起こす、自分のベッド。そして震えている自分を包む、真夜中の空気。何より、デシタル時計の時刻。
ある者は馬鹿馬鹿しくて、泣けてくる。
ある者は、ひどく弱っている自分を見て。ある者は、喘息がひどかった小学校時代の記憶とミックスして。
ある者は、ひりつくほどの孤独な夜に。
優等生たちの中で、こんなひとりぼっちの夜を怖れていない者などいなくなっていた。
その男子を殺したいと考えたことがある者はひとりもいなかった。他のどんな男子生徒も、どういうふうにも殺したいと考えたことがある者はいなかった。
優等生たちの大半は素直な性質だった。彼らは本物の優等生だった。誰もが思っていた。他にいくらでも考えるべきことはある、と。今回のことに限ったことではなかった。相性の良くないクラスメートや、問題を抱えていると分かっている両親を目の当たりにすると、彼らは実にうまく目を逸らすことができた。
けれども、彼らは夢を見続けた。
もはや夢と分かっていても、心底から回避することを願うようになった夢を。
優等生たちは自身の中に何らかの衝動があると考える生徒はひとりもいなかった。むしろ何か外的要因によってあの悪い夢は来ることになったのではと数人は考えている。
夢を見ているというよりかは、急に来た、覆い被さってきた、というような。
この感覚もまた全員に共通している夢の感覚である。
夢の中、優等生たちは毎晩のように同じ少年を殺す。
現実の彼と接点を持っている者も、ひとりとしていなかった。一日のなかで、本物の彼をよく見かけたのは廊下や正面玄関から校門までの百四十メートルのほぼ真っ直ぐな道を歩いている時だった。図書室の常連でもあったが、明らかに休息所としてそこを使うタイプだった。
夢を見る前にも後にも、これといって情報を持つこともなかった。
なかには、男子の声を聞いたことがない者すらいた。だから彼の家庭事情も、優等生たちは知らなかった。それどころか、暴力の匂いのない人生を送りそうな、という印象さえ持つ者が多かった。
ごく平均的な市立中学にいる現在の彼は、どこかしら情の深そうな話し方をする男の子だ。細身体型。口を閉じている時には取っつきにくさが漂う。でも歯を見せて笑う時の顔は、意外なほど無防備だった。
十一人のうち、彼と同学年に在籍しているのは八人。
彼と同じく園芸委員の所属の三年生ふたりにしろ、図書室の常連である一年生にしろ、二年生たちと差があったわけではなかった。彼と本格的に、同じ机に就いて、差し向かいになって、目を合わせ会話したことがある、そんな優等生はいなかった。
本当に、なぜ彼を殺さなきゃならないのか優等生たちは不思議に思った。
野性動物の注意深さと繊細さでもって彼を見つめる目、目、目。
一体彼のどこにそれほどの吸引力が? むろん少年少女らは自分たちの連日の悪夢と彼に対してのまだ無自覚のままの恋愛感情とを結びつけることで、全ての説明がつく、と考える。
彼らは、恋愛観という言葉については、完全に見下しているか、もしくはボードゲームのルールブックで使われるのが相応と感じているかのどちらかだった。
実際に彼と話したことはなく、彼の好きな音楽や休日のすごし方、制服に隠れている腕の細さ、よそ行きの作った声とそうでない声、彼の髪の匂い、自分のどういうところを恥じていてどういうところが長所といえると思っているのか等々、何も、なんにも知らなくとも、ただ校舎の片隅で顔を見かけるだけで、後ろ姿だけで、きっと呪縛されてしまうものなのだと、そのことを信じることも否定することも、どの優等生にもできなかった。
彼らはとてもではないが、自分たちが旅好きとはいえないと思っている。
彼らは、自分以外の誰かを気にすること、その人がいて見ている世界を気にすることを、齢相応の気楽さで行うことができない。したいとも思っていなかったが、かといって誰も、殺すようになるとは発想にもなかった。
個人差はあるものの、夢は十月第三週に入ってから見るようになった。冬期休暇を目前にした現在、三年生らのいる第一校舎を除けば、廊下には弛緩した空気が流れていた。
しかし十一人にとってはほぼ恐怖に近いような長期休暇だった。
十一人全員が考え、けれど試したことがなかった解決案がある。
学校を休み続けていれば、連日見ている夢も遠ざかるのではないか? 夢を何かの啓示と捉える向きがあるのを、十一人は知っていた。
学校から遠ざかり、夢も遠ざかるようなら話は簡単だ。それは結構なことだ。
そうなる確証があるのならいい。
でももしその逆になったら? 何も変わらないとなったらきっと頭が変になる。
加えて訳の分からない理由で学校を休んだ、という事実だけが残る。誰にとっても、そこが一番気に入らないポイントだった。
問題の解決は入口のところまで引き返してみることから見えてくる。でも夢となると、どこから自分たちが落ちてきたのか分からない。どっちに向かって歩いていけばいいのか。
おまけに、あちらは自分たちを存在認識していない様子なのだ。
夢の中、優等生たちは毎晩のように彼と会っている。
そして彼を殺す。
誰も、彼は死ぬべき人間だとは考えなかった。そして実際、彼は蔑まれるような生徒では全然ない。
だけどすごい地味、とある女子生徒は見ていて思った。手の形が異様にいい、とある男子生徒は見ていて思った。
独特の瞬き、とある男子生徒は見ていて思った。どうしてあんなにあいつは風が吹くとクンクンするんだろ、とある男子生徒は見ていて思った。
どうしてあんなに囲碁部部長って肩書きが似合うんだろ、とある男子生徒は見ていて思った。
ティッシュでくるんだ小鳥の死骸を手に乗せているみたいなことが似合いそう、とある男子生徒は思った。
すきなのかもしれない、とある男子生徒は、朝礼の終わったあとに近づいていって彼の影を踏むと思った。
すきってことにしたら状況は好転するのか、とある男子生徒は、授業中に外で走っている彼を窓際から見下ろして思った。
中学が精彩を欠いたように思えるのも、近ごろ本の中に入っていかれないのも、全ぶ、とある男子生徒は思った。
助けてほしい、とある女子生徒はトイレで鏡を見つめて泣きそうになりながら思った。
一体いつまで、とある女子生徒はその横の洗面台で水をはね飛ばして顔を洗いながら思った。
イワナミ少年は、殺されている男子生徒と同じく、二年生。クラスは隣だったけれど、合同体育で顔を合わせる。
十一人の中でイワナミは、彼と接点を持っている二人の男子のうちのひとりだった。
もうひとりのほうは、彼のクラスメートだったのだが、夢のことと恋とを取り違えている数人のうちのひとりでもある男子だったので、こちらはすでに当人との対話は望まなくなっている段階だった。
イワナミの考えはまったく違った。
面と向かって話をするべきなのだと、そう思っていた。
チャンスだ、と体操服姿で現れた彼を見て思うも、何がチャンスだ、ふざけんじゃねぇ、なんでオレさまが夢の中でしか会わない奴を見かけて、チャンスだ、とか感じなきゃなんねーんだよ馬鹿じゃね大体なんでこいつはいつも涼しい顔してんの夢とは全然違う、やいや、だから違うって、出発点がおかしいんだって、てか出発点とかいって出発なんかしねっつの、男とどこも行きたくなんかねっつの、馬鹿じゃねーの、オレがな! などと考えているうちに彼に話しかけるタイミングを逸している、ということを近ごろ何度も繰返しているイワナミだった。
更衣室で着替えを済ませ、教室に一番乗りで戻る。
自席につくと勢い良く上半身を机の上に伏せた。
何もかも寝不足の頭のせいにしてみる。
何もかも、あの夢のせいなのだと。そのような考え方はもちろん少しも優等生向きではなかった。
気休めにもなんないし、とイワナミは身を起こすと、顔を手のひらで覆って同時に盛大なため息を一つした。とその時、頭をはたかれた。クラスで唯一の女友達が席の側にいて、どこか不安げな目をして、自分を見下ろしていた。
ここには覚悟が不足している数人の生徒がいつも集まってくる。
ここは図書室。
カウンターには女友達と、二人と同じクラスの肉付きのよい女子の二人が座っていた。落ち着かない。
さっきから、彼がいた。彼が、同じ室内にいる。
話したい。本当に、切実にイワナミはその行為を思うのだ。彼にいいたい。今起こっていることを、全ぶ。お前の夢を繰返し見るんだ、どうにかしてくれないか、と。
これもまた優等生向きの案ではなかった。
リバースしそう、とイワナミは思った。
なんだこの食べちゃいけないものを前に空腹で座ってる感。オレが何を考えているか当ててくれる機械が欲しい。オレって何考えてんだろ。何がしてぇんだオレは。あー、こんなんなるの初めてだ。うち帰って隣んちのブサイヌに触りたい。
文庫本の棚の前をうろつく振りで彼のほうを何度か見ていた。時おり、女友達のほうを向いて音のない舌打ちをして見せる。
女友達はイワナミに対して、しきりに何か人差し指で同じジェスチャーをしていた。
このときの彼のまるっきり何が起こっているか分かってない顔といったら。
そう、女友達は苛立ちながらもカウンターの中に収まっているしかなかった。
そう、この女生徒は苛立っていて、女生徒はハヤカワといって、彼のことを殺す夢を見ている十一人のひとりで、そして真っ先に彼の事情を知った最初の優等生だった。
彼はここからいなくなる。
彼はここではなくて、別の中学校で三年生になる。北のほうに行く。彼はひとりで行く。
学年内で、この話はあっという間に広まった。
優等生たちの耳にも入った。昼休憩の図書室で当番の女子に堂々と告白をした、ということは、もちろんセットだった。けれど、優等生たちの関心が最も集まる、彼の家庭事情にかんしては彼らは知る術を持たない。
ただあの細っこい彼が、遠く離れた土地の叔父の家に単身で厄介にならなければならないこと、高校のことも考え方を変えなければならないと彼が思っているらしいということしか、噂では分からなかった。
彼のご両親はどうなっているのだろう? そもそも、ひとりで行くのはどうしてだ?
そうして彼らの夢が、色を変える。
彼は、可哀想な男子だったのだ。
優等生たちはもちろん、彼にやり返してもらいたい。
自分たちがやってきたことと、同じように彼にやってもらいたい。
でももう彼は知っているんだ、そういう優等生たちの思いも夢に現れる。彼は決してやり返してはくれない。
夢の中、彼は彼に対して首を横に振り、彼は彼に対して微笑む。
夢の中、彼は彼女に対して両目つむりになったまま微動だにしなくなり、彼は彼に対して微笑む。
夢の中、彼は彼に対して微笑み、彼は彼女に対して微笑む。
優等生たちはバランスを取り戻しつつある。
大掃除の日の確信が持てない少年たちと圏外の少女たちの思考は、弱火にかけられて大人しく、先週までと較べればだいぶ現実的なものだった。
はしかみたいなもの、と数人は考えた。はしかに、納得も何もない。
だけど、これだってひとつの経験ではあるだろう、と数人は考えた。
私たちは満ち欠けを繰返す、と三人の少女たちは同じことを考えた。ただ、あの目、この目に届かないことが、いつも問題だった。
ある男子生徒は、こんなふうに考えた。
自分の所有する唯一の屋根に、ある日、何か黒い布のようなものが落ちた。しかし、それを取り除く手段は持たない。自分は子供で、子供だからこそ、屋根に何か黒いものがあるのが感じ取れるのだ。しかし本当に、あまりにも自分は小さい。道具箱はちゃちだし、語彙も子供のそれだから余計に小さい。外に出て排除するということは不可能だ。こんな声で誰かに訴えかけるわけにもいかない。それなのにいつも夜はあっさりとやって来る。じょうずな眠り方を誰もが知っているわけではないのに。
でも見方を変えれば、とその男の子は箒を抱えて廊下の壁にもたれかけて考える。
夜の中に何があるのか目で見てみようって思えないのも、ミスとかじゃあないが、何かしら大きな差がある気がする。
いるべき場所といたい場所について男子は考えていた。
あたしたち二人は同じ夢を見ていた、あの男の子を殺す夢を、と同じく清掃中にハヤカワもそう考えていた。窓を拭く彼女の動きは鈍く、廊下の床ばかり見ていた。
ハヤカワは、そんなことをしたら他の娘たちにどういうふうに取り違えられるのか分かっていたけれど自分にそれをしばしのあいだすることを許す、彼に何ひとつ言葉をかけないでいることの代わりに。
彼女は廊下の壁に背をつけてひとり立ち続けている。
彼が、離れたところで男子たちとやりとりしているのを、時おり、目を上げて見た。
イワナミもその中にいた。イワナミが、はじめ彼をつかまえた。
そうしてそこでそのまま男子の塊が出来上がる様子を、ハヤカワはずっと観察していたのだった。
彼らが話すことが聞こえてくるわけではなかったけれど、悪くないムードは作れているのだろうと思った。でなければ性格上、イワナミが同じ場に留まっていることはなかったから。
おもては晴れている。明日からは冬期休暇だ。独特の空気が流れている。
今日、イワナミの背中を押したのもハヤカワだった。
「なんで?」
困惑するだろうとは予測していたけど分かりやすいほどの困惑だな、彼女はそう思い、そう思ったことが男友達のほうにも伝わり、伝わっているのが彼女には感じとれているのも、男友達には感じとれていた。
すると、男友達の口調は無防備なものになった。
「何も喋ることもねーのに?」
「あるでしょ」
イワナミは押し黙った。
これでもう、気づいたかもしれない。
何かをいいかけた風にも見えたイワナミだったが、身振りで、彼のクラスのほうに行ってくると自分に告げた。
ハヤカワは、これが最後の機会なんだからね、とよっぽど口に出していいたかったのだけれど、自制心が働いた。黙って友人を送り出した。
イワナミの性格を考えれば、まともに収穫があるとは彼女には思えなかったのだけど。
「高校とかもだけど、もう顔を合わせることはなくなるんで」
イワナミをいいくるめて図書室に連れていったあの日、彼はそういっていた。
後になってからハヤカワは考えたのだが、まるで、それが彼が図書係に好きだといったことへの返事を求めない、いいたかっただけだから忘れてくれていい、と口にしたことの正当な理由か何かになるみたいだった。
中学校に上がってからというもの、良い出来事を思い浮かべるより悪い出来事を思い浮かべているほうが簡単で、後々になっても鮮明で、長い時間忘れられないんだろう、という自覚が彼女にはあった。
彼女にとってイワナミの存在は思いがけないものだった。
夢の話を、初めての男友達にしたことはなかった。度胸がなかった。それに自分は図書室ではっきりと確信したわけだけれど、それよりも前から薄々気づいていたようには、どうもあちらは発想すらしてなかったようだった。もうその時点で話すべきことではないような気もしていた。
彼を殺すようになってから、こちらは朝にシャワーを浴びる癖がついた。痩せたし、目の下の隈もひどい日もあった。
日ごとに彼を殺すことから距離ができてきている。
夢を見ないということはないので、ただ、インパクトが失われ、思い出せないだけだ。
でもこうなって初めて、疑問だった部分がいよいよ大きくなった。
いま、ハヤカワは思っている。現実に同じ学校にいる子の夢を見ていた、それなのにどうして私たちは自分の部屋で苦しい思いをしてなきゃ駄目だったんだろう。
出ていって会えないのは、どうしてだろう。どうしてベッドに、部屋にいなければならないのか。
真夜中だから? たんなる夢で、常識的な行動ではないから? 頭では分かる、もちろん。けれどベッドで身を起こした時の手足や静けさや、うるさい心臓も、みんな納得してない感じがいつもしていた。
外に出ていって、彼に会いに行って、ばかみたいに孤独なんだって、泣いてもいいと声に出してほしいって。
夢と現実の区別がつかない子供のように、彼女は彼に手を伸ばしてしまいたかった。
理由も何もなく、ただ会って話す。
それの何がいけないんだろうと考えることもあるほどだった。
大掃除の日、校舎の中にも外にも生徒があふれている。いつも思うけれど、終わりどきが分からない。特に教師の指示する声が飛んでいるでもなく、自分と同じく手持ちぶさたに見える娘も何回か見かける。
彼女は遠くに行こうとしている男の子とは、男子たちとは、反対の方向に歩きだした。
足元から昇ってくる何かの感情に、からめとられるのを避けるためだった。
優等生といえど、ずっと目を閉じたままではいられない。彼女は目を閉じ、開ける。繰返す。彼女は自分の目がよく見えるのを何度も何度も確かめる。
彼女は歩いている、敢えて理由を足に教えてやることもなく、どこかへ向かう。ひとりで。
誰かがいる場所は、誰かがいなくなっている場所。
優等生的な彼女が今回のことで持った実感がそれだった。
彼女が真面目であるようには風はいつだって吹いてなかった、これからだってそうだろう。
窓は割っていいようなものじゃないと、心から思っていられる時間はとっくに過ぎていたらしい、いまやっと彼女はそのことに気がついたのだった。




