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吉野リイチが今持っているもの






 可愛げのない靴下、屈辱に耐える心臓を吉野リイチは持っている。善行賞を貰った昨日、通り雨、かさかさの唇。

 制服のズボンの右ポケットはいつも空で、左のほうには時おり手を入れることがあり、尻ポケットには自宅か自転車の鍵、それか拾ったゴミを入れることがある。

 今入っているものは、のど飴。貰いものではない。


 吉野は時どき、リアライズという言葉が右耳の辺りに漂っているのを感じることがある。

 午前中の不謹慎、馬に触れる手、それからファミリーレストランで向かいの席の相手が出ていく時コーヒーカップをさかさにして置いて、彼をそんなテーブルに置いて、店から、彼の人生から、出ていった、そんな女子に遭遇したことがある男子に特有の笑い顔を、吉野リイチは持っている。


 女友達に宛てて書いた、あほうのような量の未送信メール。

 開くのかどうか分からない、分からないでいいような窓。

 最近ほんとコソコソできないんだけど、と電話口で友達に愚痴ってばかりの母親。

 教室の隅で隠れて鞄にしまった、イエローカード。


 いつも旗に近付き過ぎる同級生らに対しての失望。

 いつも揺れているカーテンに対しての失望。

 そしてこの世界にある色彩の数への巨大な失望。





 コンビニエンスのひさしの下、スマートフォンをタツタツ叩く指の音、遠くの救急車の音。

 吉野リイチは、鼻なんかは、取り外して上着のポケットにでも突っ込んでおきたい。外気にさらされて、まっ赤になっているのは、自分でも分かっていた。


 波に犯されることをおそれなくなった足指、そして今いるどこでもない場所。

 吉野リイチは、慕ってくれない沢山の後輩、慕わせてくれない沢山の先輩を持っている。

 今でもまだ吉野リイチが持ってないものについて語る場合には、彼が寝室という言葉について単純な温度しか感じていない、いい換えるなら寝室に存在しうるものは全て煩わしいと思っている男子学生であるという、この事実だけで充分だろう。


 彼は、吉野リイチも、願いをひとつ持っている。

 世界から口笛がなくなること。

「それでよかったね」

 瞳、霧。

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