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抱き寄せられて






 わたしはいきなり同級生の男の子に抱き寄せられる女の子というやつに自分がなった時、嬉しいと思った。もっとも事態を正確に把握することに関しては困難だったというか、わたしの知っているどの物語のどのパートにも書いてなかったことが起きてしまって、それは二度と帰してもらえないということ。

 抱き寄せられて、ハードだったのはそこのところ。


 もう随分になる、抱き寄せられて。

 あれやこれやと考えるのは止めにすることにした。要するにわたしは以前の自分を忘れてしまおうって思ったんである。これがどういうことか考えるのをまず止めたし、もうダイエットも止めたし、制服のシワを気にするのも止めた。

 わたしたちは船の上にいた。


 今はただ初めての腕を感じる。この腕は確かなもの。それは父親のくれるような温かい心地よさであり、母親のくれるような冷たい心地よさでもあった。始めは力の強さに驚いた。今は全然違う。わたしのことを、がちっとホールドして帰らせないという意志の強さを示し続けている、これがわたしをここで動かなくさせている一番の理由だ。ここで動かなくさせられてても、わたしが不安に呑まれないでいられる理由だ。

 身じろぎしようとするけど、彼の腕はびくともしない。もし腕が緩んだら、と考えるとわたしは怖い。急速にわたしは弱っちくなっていく。


 まったくの話、夕焼けの大きさに足を止めて眺めてる人たちとか以前のわたしは絶対に認めたくないって思っている人種だった。でも認めなくちゃ、男子の肩越しに見た夕日にわたしは圧倒された。感謝の念を抱いた。


 もちろん時々は思う。自分の部屋に戻りたいって。時々わたしは、抱きしめられたまま思い浮かんだことを口にしてみる。

「続きが読みたい。知ってる? 志村貴子が描いたプロレス漫画」

「友達は今頃どうしてるだろう。あー、まだ友達ってなってるのかな。真面目な子たちなんだ。船上でこんな状況を作ってる以上はね、うん。絶対、前みたいには行かないと思う。そもそも先生たちが一番の謎だよね、それともクラスの、他の女の子たちがなんか、策をあれしてってゆうか、食い止めてくれてるのかも。うちのクラスの女子たち曲者揃いだから。どうなんだろう」

「風が冷たくない、少し幸せ」


 あなたはわたしに何もいったりしない。最初からずっとそうだ。

 だけどどうしてか今日の大きな月を探すことを、真上の星空を確かめようとすることを、わたしたちが出てきた出入口の方を、見ちゃいけないもののようにあなたが思ってるのがわたしには伝わっていた。あなたが想ってくれていることがわたしには伝わっていた。あなたの大きな手はわたしの後頭部をつかんでいる、いつまでもいつまでも。


 わたしはあなたに自分の動きをコントロールされていると、そのことで不安なんだと、そういう感じ方でいるんだとは絶対に絶対にもらしたりしない。

 ぎゅっとされて、言葉はないままで、込み上げてくる涙が暗闇に落ちる音を聞く。何が終わったの? もしかしてやっぱりもう死んでしまってるの? あなたの方か、それともやっぱりこっちの方がそうなのか。でももういい。こんなにも今を愛してるから。いわないから。いわないでほしいから。

 風が吹くと、何だか見当違いの慰みのように思えてさみしくなる。まだ立っていられる自分を思い出し、立ってることがどういう感じか、暗いことがどういう感じか思い出す。今のわたしにはそのことに意味があると思えないけど、夜、風が吹くって、こういうことだったんだね。

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