幕間四 リーティア
「彼女、ルーテシアっていったっけ?君のお姉さんなんだよね?」
今私の隣の前を歩く男は、クライア王国第一王子アリオズ・クライア殿下。
「えぇ、そうですわ。私てっきり、そういうことは全て知っているのかと思っていましたけれど。」
こんなこと、この男には嫌味にもならないことは知っている。
「何故、そう思うのかな。」
彼は立ち止まって、こちらを向いた。
「…殿下の目的が、ルーテシアだからですわ。」
「へぇ、それは興味深い。」
白々しい。私は知っているのよ。口元こそ笑っているが、その瞳がほんのわずかも笑っていないことを。瞳に宿るのは、一点の曇りもない疑念。この男は、ルーテシアを疑っている。
「大丈夫ですわ。ご安心を。私の姉、ルーテシアはそんな器用なこと出来ませんもの。」
私は、彼の瞳から目を離さなかった。彼が弟を想うように、私も姉を想っている。それが伝わればいい、そう思っただけだけど。
「…。」
心なしか、彼の瞳に揺らぎがあった気がした。驚いたような、呆れたような、そんな揺らぎ。
「君の言うところの器用が何かわからないけど、君のお姉さんが不器用なのは本当のようだね。」
殿下の瞳が、また揺らいだ。
殿下としばらくそのまま散歩のような、尋問のような時間を過ごしていると、視界の端に私の愛するルーを見た。
「…ルー?」
「ん?どうした…。」
アリオズ殿下の言葉を全て聞く前に私は走り出していた。長いドレスを踏まないように走るのは、なかなかに難しいものがあるのよね。幼いころなどは、ルーと共に走り回っては怒られたものだけど。
私、走りには自信あるのよ。こんなドレスじゃなきゃね。
「ルー、どこ?こっちに行ったと思ったのだけど…。」
まったくユリアスは何をしているの!などとぶつぶつ呟いていたら、水面を叩く音が聞こえた。その方向へ行くと、綺麗で大きな湖が広がっていて、そこにルーテシアがいた。笑いながら、自分の映る水面を何度も何度も叩いていた。それはあまりに異様な光景だったが、何故だかそれをするルーの気持ちがわかる気がしていた。
「大丈夫。」
気がつけば声をかけていた。私の名を弱弱しく呼ぶ彼女に、私は微笑んだ。
「大丈夫。私はルーが、大好きよ。」
「…僕は、リーに何が出来る?君の為に、何が…。」
返ってきたのは、痛々しい質問だった。彼女が、傷ついている。大切なルーの心を救いたい。ルーを救うには、私の心の内をさらけ出さなきゃ駄目なんだ。
「ルー、笑って。」
「…え?」
私は、困惑するルーに抱きついた。ルーを癒すことももちろんあるけど、私はきっとルーの顔を見て話せないから。ごめんね、私こんなに弱いのよ。
「私は、浅ましい人間よ。ルーに隣にいてもらう資格なんて、ないかもしれないわ。」
ルーの肩が揺れた。私はそれを一層強く抱きしめた。
「…でもね、私はルーが大好きなの。大切なの。私、ルーがいなくなったらとか思うだけで怖くて夜も眠れない。ルーに守られて生きることに、慣れてしまっていたの。…そしてそれが当たり前のことだと。」
これが私の心なの。浅ましい心を吐露するのは、本当に居た堪れない。
「馬鹿でしょう?」
こうやって微笑むのが精一杯だった。
「そ、んなこと、ない。リーは綺麗だ。僕が守りたかったんだ。僕を守るために、リーを守っているつもりになってただけだったけど…。リーを守っていれば、僕は僕でいられると思っていた。」
ルーは泣きそうな顔で言った。そんなこと、何にも悪くないのに。優しいルーテシア、貴女は昔から変わらない。ずっと、優しくて綺麗なまま。
「じゃあ、私たち姉妹は揃いも揃ってお馬鹿さんだったってことね。」
お互いにおかしなことに囚われすぎたのよ。私が笑うと、ルーも本当だねと笑ってくれた。
そう、これは本物なの。貴女を想う、この気持ちは。
ひとしきり笑いあって、私は考えていたことを言おうと決意する。
「あのね?ずっと、考えてた。」
ルーが、きょとんとこちらを見る。
「何を、考えていたの?」
「私たちの、未来。」
「それ、ずっと言ってるね。どういうこと?」
私は大したことではないことを告げてから、私たちの未来について語った。依存ではなく支え合うこと。ルーに自由になってほしいこと。そして、その端々にそれでも傍にいてほしいということを忍ばせた。
未来について語った後、私ははっきりさせておきたいことをルーに聞いた。
「ルー、ユリアス殿下のこと、好きでしょう。」
「はぁ!?」
「僕は、そんなの知らないよ。」
「もう!素直じゃないんだから。」
「素直も何も…。」
ルーは頑なに認めようとはしなかった。けれど、私の中で確実になっているそれをルーに尋ねてみた。
「ユリアス殿下を見るとドキドキする。」
ルーが図星の顔をした。
「ユリアス殿下に触られると鼓動が速まる。」
彼女の顔はどんどん赤くなる。
「ユリアス殿下が名前を呼んでくれるだけで嬉しい。」
終いには、恥ずかしそうに俯いてしまった。ここまで気づいていて、何故認めないのかしら。若干呆れつつも、私は笑って言った。
「ほら、好きなんじゃない。」
「ち、違うよ…。」
なんでまだ認めないのよ…。
「どうして?」
「だって、僕はそんな風に人を好きなっちゃいけない…。」
なんてことなの。そんなくだらないことにまだ縛られてるなんて。私はわざとらしくため息を吐いた。
「ねぇ、ルー。さっきも言ったけど、私たちの未来は自由に生きることよ。自由に生きるんだから、恋くらいしてもいいに決まってるわ!」
「それ、今初めて聞いたよ。」
そんなの関係ないわ。
「認めなさい。」
睨む先のルーはほんの少し驚いた顔をしたけど、諦めた様子で私に言った。その、幸せな報告を。
「リー。僕は、ユリアス殿下が好きだよ。」
ユリアスに恋をしていると、彼女は確かに言った。その瞳は、彼女を縛っていた何かから解き放たれたように輝いていた。
あぁ、これでやっと羽ばたく準備が整った。
そして私も気が付いている。私の中にも、見ただけでドキドキしたり、触られるだけで鼓動が速まったり、名前を呼ばれるだけでも嬉しくなる、その気持ちが存在しつつあることを。
私は、認めることが出来るだろうか…。
リーティア主人公の話を「それはまるでシリーズ」的な感じでやりたくなってきましたね。