第2話
――3月末。
「ベッドはあちらでいいですか?」
「はい! あとは自分でやりますので。お疲れ様ですっ!」
東京、日曜日・午後4時。頭を下げると、引っ越し業者は撤退していった。
やった……。やったぞ!! これで俺は自由の身! もう日曜日の早朝から騒音に悩まされる必要も、鬱陶しいくらいアツアツの両親を見ることもない! 高校のときみたいに、変な先輩に絡まれることもないだろう。最高だ!
◇◆◇
今年2月、東京には雪が降った。合格発表の日は珍しくドキドキしていた。寒さなんて気にならないくらい。こんな緊張していたのは初めてだ。上から順に、自分の数字を探していく。197127……197127……。
「うおおおっ! あった~っ!!」
俺は見事に浄正大学神仏学部に合格した。俺の声を聞いたラグビー部の先輩方が近寄ってくる。
「おめでとうございます! 胴上げさせてもらっても?」
「はいっ!」
有頂天な俺は、先輩たちに胴上げしてもらう。くうっ~! 勉強しまくった甲斐があった!!
ゆっくりと下ろされると、ごつい先輩にさっそく質問される。
「君、どこの学部に受かったのか?」
「神仏学部っす!」
「……え、あの『厨二学部』……?」
「しっ! 黙っとけ!」
「あの?」
「いや、これから同じキャンパスで勉強できるなんて嬉しいよ! よろしく!」
……『ちゅうに』? 何言ってんだ?
◇◆◇
そのときはなんか引っかかりはしたけど、無事に入学も決まったことだ。散歩がてら、キャンパスをのぞいていこう。
引っ越しが住んだ俺は、徒歩10分のキャンパスに向かうことにした。
明日から4月。そして入学式にオリエンテーション。他の学部や学科は合同で大きな場所で入学式を執り行うようだが、うちの学部だけホールでやるらしい。多分、人数が少ないからだろうな。わりと新しい学部と聞いているから。
門の近くには大きな桜の木。今がちょうど満開だ。
「神も仏もいなくても、俺はツイてるな」
「……神も仏もいる」
「え?」
振り向くと、そこには黒髪の美人が立っていた。恐ろしいほどきれいだ。目、鼻、口、パーツひとつをとっても整っているし、全体の神秘的な雰囲気がさらに彼女の美を際立たせている。
「君は……?」
「………」
美人はそのまま何も言わずに立ち去る。……なんだよ、一体。俺は頭をかくと、広いキャンパスをひとりで見学して、新居に戻った。
◇◆◇
入学式には新しいスーツで挑むことにした。本当は親父とお袋も来ると言っていたが、『死んでも来るな』と告げた。
もう俺はこのでかい都会にひとりきりなんだ。せっかく自由になったのに、しょっちゅう両親が来るなんて、必死こいて勉強した意味がなくなる。
にたにたしながら席に座ると、周りを見渡した。みんなスーツに着られてるな……。俺もそのひとりかもしれないが、この慣れないスーツは自由の証だ。これから俺は、日曜朝9時でもゆっくり眠れる、最高の生活を送れるんだ!
しかしなんだろう、この違和感は。普通だったら校長の挨拶など、入学式らしいことがあるはずなのに、そういったものがない。校長はどうやら他の場所で行われている入学式に出席しているようだ。……なんか俺たちの学部だけハブられてないか?
ホールに集まった新入生は90人。長々と学校生活の仕方のビデオを流しているだけだ。つまんねぇと思っていたら、ようやく誰かが壇上に立った。
「それでは教授からの挨拶です。三池教授、堂本教授、氷川教授、お願いします」
壇上の3人の教授は、三池教授はカトリック系の神父の服。堂本教授は袈裟、氷川教授は神主の格好とバラバラ。それに挨拶を3人いっぺんにするのか? 普通こういうのってひとりずつだと思うんだけど……。
ぽかんとして壇上を見ていると、三池教授が手を挙げた。
「さあ、いざ行かん! 我々のもうひとつのフィールド、『パラレルユニバースム』!」
◇◆◇
バッ、とホールの天井に青空が広がる。空だけじゃない。空気も違う。4月とはいえまだ寒かったのに今は暖かいし、なぜか鳥の鳴き声まで聴こえる。突然の変化に、新入生はざわつく。一体何が起こったんだ?
「ここはいわゆる『異世界』と呼ばれる場所だ。このフィールドは『パラレルユニバースム』という。浄正大学神仏学部は、普通の神学部や仏教学部とは違って、この異世界で使える魔法を主に研究する」
……は? 何言ってんの? 俺は牧師の息子だけど、正直神なんて信じてない。それなのに、神どころか異世界? やっぱり神とか仏とか信じてると、どこかしらずれてくるのか? うちの親父みたいに。
よくわからないけど、このいやに現実的な異世界も、映像かなにかだ。すごいな、日本の技術って。こんなにリアルだと、確かに異世界にいる気分になってくる。
これも新入生を歓迎する余興のひとつなのかな。だとしたらよく考えている。教授の話なんてただ聞いていても飽きてしまうだけだ。そう考えるとびっくりしたが余裕が出てくる。
――安心したそのとき。
ドシン、ドシンと地面が揺れる。地震か!? 俺を含めて生徒たちは慌ててイスに捕まる。
「ふっ、入学式にドラゴンとは……」
「大丈夫か? 堂本。貴様の呪文はまだ開発中だろう?」
「何を言う、氷川よ。入学式前に構築したに決まっとろうが」
な、何だよ、今のもろ厨二っぽい会話。それに、呪文って何!? 仏教と神道だったら、お経と祝詞だろ!? 呪文じゃねーよ!
「俺から行くぞ、いいな! ふたりとも」
「新入生を前に無理をするんじゃないぞ、三池」
「『巻き起これ、嵐よ! 我が神の名において!!』」
三池教授が謎の呪文を唱えると、本当に嵐が巻き起こる。あまりの強風に、みんな飛ばされそうになるのを必死に堪える。
「キシャアア!!」
ドラゴンは嵐も何のその、今度は火を噴いてくる。なんだ、この映像は! 本当に熱が伝わってくる。これが最新鋭のスクリーンなのか……。
「次は俺だな! 『蒼き魂を持つ水龍よ! 大きく舞い踊り、仏前へ!』」
「おお……」
すげぇ、これが3D……いや、4D……VRか? 目の前に水の龍が現れ、ドラゴンの身体を締めつけている。映像のリアルさもだが、ライブ感がたまらない。本当にこの場所にドラゴンがいて、おっさんたちが戦っている気がしてくる。余興でしかないはずなのに。
「氷川! とどめを!」
「仕方ないな。『灼熱の炎よ! 目前の悪を焼き祓給え!』」
大幣おおぬさを振ると、ドラゴンは炎に包まれ、声を上げて消え去った。おっさんたちは偉そうにそれを眺めている。新入生のために、よくこんな茶番を……。少子化が進む今、大学も一種のサービス業になったってことなのかな。生徒に優しすぎるだろ。
戦いを終えたおっさんたちは、俺たちに向き直ると偉そうにふんぞり返る。
「魔法学、その他専門課程のテストは前期、後期、どちらも実技。こちらの異世界に転移して行う。呪文の構築や、戦ったモンスターの強さで加点されるので、よく勉学に励むこと!」
……意味がまったく頭に入ってこない。今話している言語は、日本語か? 呪文の構築? モンスター? 何のことだ。
あまりの意味不明すぎる展開にぽけっとしていたら、三池教授はとんでもないことを言い出した。
「では、さっそく簡単なお題を出す。今日の入学式は、この世界から元の世界に戻ることができた生徒から解散だ! 以上!」
「え……?」




