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Madness Crescent  作者: のるんゆないる
第四章「教師、堕つる刻」
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#60 「貴方の教えで」


 

 怒り心頭という文字が似合う程に激昂しているフカの「エゴ」は、錫杖を振り回しながら、呪詛を振りまいている。

 最後の方は、ネタ切れになったのか、何を言っているのかは分からなかったが、序盤の方は情報源として十分なものだった。

 原文ママを思い出してしまうと、彼女のブランディングに多大な影響を与える為、割愛する。


 (ただ、やっぱり……)


 想像していた以上に、この件に立ち込める闇は深いらしい。

 「ヘルヘイム」という不可思議な場所に蔓延る化物──「エゴ」

 二ヶ月近く、彼らと対峙しているが、未だに詳細な情報は掴めていない。

 思考の海に溺れているような感覚に陥りながら、のるんはフカの「エゴ」を薄目で見ながら、思案する。


 「随分息が荒くなってない?もしかして、水が無いから戦えませ〜んって言わないよね?」

 「う、うっせぇですわ!陸・海・空を統べる最強の生物が鮫なんですの!」


 のるんは、大きく息を吐いて、何とも言えない表情のままフカの「エゴ」を見つめる。

 いや、あんた人間だろ。という言葉を何度言ってしまいそうになったことか。

 そもそも鮫なら、人の言葉を喋っていないで、海で貝類でも食べていて欲しい。


 「鮫がメイド服着て教師やってることには、突っ込まないでおくね……」

 「あ、当たり前ですわ!推し活も教師生活も、鮫だって出来ますわ!!」

 

 肩で息をしているフカの「エゴ」はどう見ても満身創痍だ。

 勿論、こちらもそうだが、水という得意領域を追い出されてからは、一気に差が縮まった。

 少なくとも一方的展開(ワンサイドゲーム)にはなっていない。自分一人でも何とか戦えている。

 

 (でも、決定的な一撃が欲しいな……)


 こちらも攻め手に欠けている。徐々に徐々に体力自体は削れてはいるが、こちらも同様だ。

 このままでは共倒れの可能性だってある。一撃の重さ自体は、あちらの方が圧倒的に上でもある。

 のるんの使用している「戯装」の火力が、そこまで高くないのも課題の一つだろう。

 取り回しの良さや、速度を重視しているのもあって、与えられるダメージも高くない。

 

 「ちょこまかちょこまか逃げ回っていても、わたくしからは逃げられませんわよ!」

 「うわっと。でも、貴方だって疲れたでしょう?休みたかったら休んでも良いんだよ」


 時折、フカの「エゴ」は、錫杖の杖先を氷刃に纏わせ、攻撃を仕掛けてくるが、その間合いも加味して躱している為、致命傷にはなっていない。

 攻めあぐねているのるんの前で、フカの「エゴ」は何故か、今になって表情が柔らかくなる。


 「はっ、何言ってるんですの。わたくしはですね、本物を殺して、わたくしが成り代わるんですのよ」

 「……どうして?」


 ずっと疑問には思っていた。

 凪織も、フカも自分の身体を要らないって思ってしまったから、こういう事になっている。

 だが、誰しも、自暴自棄になる時だってあるだろう。何故、そう思ったのかが気になったのだ。

 

 (そういうのは、猫鮫先生に直接聞けば良いか)


 のるんは改めて、詠唱術を「戯装」と、もう一箇所に纏わせる。

 この世界──「ヘルヘイム」では、最大で二種類の詠唱術を、同時に展開することが出来る。

 先程までは同時使用はしていなかったが、勝負を決めるのであれば、精神力の温存は不要だ。


 「質問の意味が分かりませんわ。「わたくし」の動きが気に入らないだけですわ。わたくしならこうするって時に、全然違うことをしたりしていた時に、苛つくんですの」

 「あー……。ゲームの実況動画を見てる時に、自分と違う動きしたら違和感を覚える感じなのかな」

 

 最近は、ゲームを自分でプレイするのではなく、他人がしているのを見る人間も多い。

 自分ではしないような動きをした際に、コメント欄で指摘を貰うのが鬱陶しいと、知り合いが言っていたが、恐らくはそれに近い感覚なのだろう。

 ましてや、それが自分と限りなく近い存在であれば、尚の事そう感じてしまうのだろう。


 「概ねそんな感じですわ。そうこうして、鬱憤が溜まっている中で、「わたくし」が「死にたいですわね〜」とか言ってるのを聞けば、じゃあわたくしが変わってやるから、死んでくださいませ?身体は、わたくしが引き受けますわよ。ってなっても、何らおかしくないとは思いませんこと?」

 「うーん、なんだろ。ちょっとだけ納得しちゃった自分も居る」


 フカの「エゴ」が言っていることは何ら間違っていない気もしている。

 勿論、フカ自身も、本当に死にたいと思っている訳ではないのだろう。

 一時の感情で、死にたいと思ってしまうのは、誰だって起こり得ることだ。

 

 (それを真に受けた「エゴ」が、本体の身体を奪いに来るって事ね……でも)


 仮にそうだったとして、「エゴ」は何処から生まれ、何故堕とされるのだろうか。

 人為的な行為でも、対象が死にたがっているのかを検知する手段が分からない。

 まだ「エゴ」が引きずり落としていると言われた方が合点がいく。


 (ただ、事情がどうであれ……。無理矢理入れ替わりを許容する訳には行かない)


 もし、本当に人生に絶望し、フカが死を望むのであれば、止めることは出来ない。

 彼女の意思を確認するまでは、「エゴ」に好き勝手させる訳には行かないのだ。

 改めて、フカの「エゴ」の話を聞き終えたのるんは、「戯装」の剣先を「エゴ」に向ける。


 「……貴方の理解を得れたと、わたくしは思っていたんですけれど」

 「うん、理解も共感もしたよ。でも、それは今の身体の所有者の意思を再確認してからだよ」


 大きく息を吸い込み、瞳には確固とした意思を込めて、フカの「エゴ」を睥睨する。

 二人とも既にあちこちに傷付いており、満身創痍という言葉が相応しい。

 立っているのがやっとなのを、アドレナリンで無理矢理補っているのだ。


 「猫鮫先生が……本当に望んでいるのなら、ボクは止めないよ。でも、今の貴方のやり方は許容出来ない。先生を解放させるまで大人しくしててくれないかな?」

 「残念ながら出来ませんわ。そのまま、逃がしてしまう可能性だってありますでしょう?だから、貴方を無力化して、再度水槽を水で満たして死んで貰いますわ。これは譲れませんの」


 のるんは、ゆっくりと覚悟を決める。交渉は決裂した。

 次の一撃で決めるべく、のるんは一気に距離を詰め、フカの「エゴ」の喉元に、既に傷を負っている場所に一振を突き刺そうと腕を伸ばした。


 「甘いですわ。その刃に距離を伸ばす為に氷刃を仕込んでいるのでしょう?なら、横に逸れれば良いんですのよ」


 フカの「エゴ」は、余裕そうな表情でのるんの突き立てた一振りを、首を左にずらして躱す。

 のるんの想像した方法で躱してしまった。出来れば、無力化したかったのだが、叶わないらしい。

 右手に握り締めていた、フカの「エゴ」に突き立てた一振りに込めた氷刃を展開させる。


 「ふふっ、やっぱり想像した通りですわね。右の一振りのリーチを……え?」

 「先生のやり方を見て、最後は同じ方法が良いかなって思ったんだ」


 のるんが展開した氷刃はリーチを伸ばすものではなかった。

 鎌のように湾曲した氷刃は、フカの「エゴ」が首を逃がした方向に伸びている。

 フカの「エゴ」は、ぎょっとした表情で、のるんの氷刃を見た。

 

 「ま、まさか貴方……本当にわたくしを……?」

 「話し合いで解決できるならそれは一番だったよ。姿形が違っても、口調が違っても……」


 のるんは、寂しげな表情を浮かべて、左手に握っていた一振りも詠唱術を展開させる。

 右手には氷刃を顕現させていたが、左手の一振りは、地変属性で作った槌に姿を変えた。

 フカの「エゴ」は顔を真っ青にさせる。己の末路を悟ったのだろう。


 「や、やめて……顔や首にそんな事したら、どうなるのか分かっていまして!?」

 「うん、分かってる。だから躱さなかったら、致命傷にはならないようにしてたんだ」


 無力化させ、フカの意思を聞き、本当にフカが死にたいのであれば、止めるつもりはなかった。

 だが、こちらが死ぬ可能性があるのならば、こちらもやるべきことをしなければならない。

 

 「だから、ちょっと痛いと思うけど、許してね。「猫鮫」先生」

 「いやっ、やめて……!死にたくない……!!」


 きっと、本物の彼女も同じ事を言うんだろうなぁと、のるんは左手に握り締めた槌を思い切り、フカの「エゴ」の首を狙って横薙ぎに振るった。


 「かふっ……首が、く、び……が、えぶぉっ……」


 躱すことの出来なかった彼女は、槌の一撃で首が鎌の刃先の方へと飛ばされる。

 鎌も、彼女の首目掛けて、横薙ぎに振るった為、鎌が頸動脈を貫き、激しく血が撒き散らされた。

 いくら、「エゴ」とは言え、もう立っては居られないだろう。大量の血を流して、倒れ込んだ。

 

 「誰であろうとも、ボクはボクの平穏を阻む者を許さない。キミが先に一線を越えたんだから、ボクは謝らないからね」

 「…………………………」


 フカの「エゴ」は、その場で蹲ったまま、何一つ返事をしない。

 姿が残っている以上、死んではないが、無力化は成功したらしい。


 「あとは先生を、この場から連れ出すことが出来れば百点なんだけど……」

 「わたくしなら無事ですわよ」


 後ろから聞き覚えのある声がした。ギョッとしてのるんは「戯装」を展開して、振り返る。

 

 「こらこら、担任に刃物を向けるなんて、いけないことですのよ?ほら、早く仕舞いなさいな」

 「ぇ?あ、あぁ、すみません。でも、大丈夫なんですか?さっきまで磔にされてたような……」


 心配そうな表情でフカを見つめていると、フカはのるんの頭を優しくチョップで叩いた。

 驚いた表情でのるんはフカを見ると、そこには優しい表情をしたいつものフカの顔があった。


 「先生は大人ですもの。枷が外れたタイミングで出てきただけですわ」 

 「え、でも……。と、取り敢えず此処から脱出しましょう!危ないですから!」


 磔にされていた筈なのに、フカは異常に落ち着いている。

 大人ってだけで此処まで落ち着いているものなのだろうか、と疑問を抱きながら、のるんは外に出るようにフカに促す。

 フカは辺りを見渡し、その場に倒れ込んでいたフカの「エゴ」を見つけ、目を見開いた。


 「え!?わ、わたくし……?なんで此処で倒れているんですの?え、じゃあわたくしは?」

 「あ〜えとね、簡単に言えば……」


 のるんは、フカに「エゴ」と「ヘルヘイム」について、本当に簡単に説明した。

 最初は話半分に聞いていたフカも、段々とこちらが巫山戯ていないことを悟ると、真剣に聞いてくれた。


 「なるほど。それならば、すぐに外に出た方が良いですわね。結代さん、外に出る方法は分かりまして?」

 「あ、はい。分かります。でも……」


 のるんは、その場で倒れたままのフカの「エゴ」を見る。

 フカものるんの視線の先を追いかけ、そこに彼女が居ることを理解すると、「エゴ」の頬を引っ叩く。


 「ぶべっ!?あ、あれ?わたくし、死んだはずじゃ……?」

 「どうやら、しぶとい鮫らしく、死なない程度に半殺しにされたみたいですわね」


 フカの声に、「エゴ」はハッとした表情でいきなり立ち上がる。

 だが、身体に力が入らないのか、すぐにその場でへたり込む。


 「ある程度は話を聞きましたの。どうやら、わたくしがヘラったタイミングを見たせいか、死にたいと誤解させたらしいですわね。残念ながら、まだ身体はくれてやりませんわ」

 「……そうですの。ヤケ酒して、あんな事をしていたから、てっきり……」


 フカの「エゴ」が何やら凄いことを言おうとしていたのか、フカは徐ろに口を手で覆った。


 「それは生徒の前で言うことじゃありませんの!ともかく!わたくしは死ぬつもりなどありませんわ!」

 「……残念ですわね。わたくしならば、「わたくし」以上に活躍出来たでしょうに」


 二人の会話の意味が理解出来ていないのるんは、頭上に疑問符を浮かべながら聞いている。

 

 「それはどうでしょうね、貴方も傍観者だからそう思うだけかも知れませんわ。けれど、当事者としてわたくしに力を貸しなさいな」

 「ふふっ、強かな一面も兼ね備えている。それも鮫ですわね。良いでしょう、持っていきなさい」


 フカの「エゴ」は光を放ち、フカの身体へと染み込んでいった。

 フカは闇を切り裂き、水を統べる白き錫杖型の「戯装」を手に入れた。


 「どうやら、貴方が先程使っていたモノと同じモノを手にしたみたいですわね」

 「……みたいですね。その辺りも踏まえて、此処から出てから話しましょうか」


 フカは、首を縦に振った後、水族館内の水槽を施錠するために、先に出るように促した。

 周囲に「エゴ」の気配は無い為、のるんは承諾して、先に解錠された水槽から出て行った。


 「はてさて……。困りましたわねぇ。まさか、わたくしが切り捨てられるなんて」


 ブツクサと言いながら、フカは水槽に厳重な施錠を施した後に、その場を後にした。




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