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第12話 赤面の性教育

 9月13日。この日の朝のホームルームで高橋先生は“結婚生活の注意点”と“性教育の意義について”というプリントを配布した。


 結局のところ早急に結婚した人同士でも、運がよくない限りは両想い同士だったりしたわけではない。

 ほとんどが、候補の3人の中から“不快ではない程度”の相手といきなり入籍したのだから“困惑”が広がっている。

 17歳ぐらいだと恋愛をしたこともない人もいるだろう――僕もその中の一人だけど……。


「早速結婚をしてくれた生徒もいるようで先生は嬉しい。

 流石に生徒が逮捕されたり、高額罰金を背負わされてはたまた“非生産者”として名前が載って人生が終わっては困るからな。

性教育特別授業のカリキュラムも追加されたから新婚者はパートナーと一緒に受講するように。

この講座も国から義務付けられており、受講しなければ過料を取られることがあるので注意してくれ」


 僕の聞いた話では高校教師は「婚姻成就率」が高ければ高いほど冬のボーナスの支給額が変わっていくらしい。

 高橋先生としても生活を維持するために生徒の結婚を推進しなくてはいけない立場。

かといって初年度であるために反発や不安の声も多い中、無理難題を押し付けられていてとても大変なのだ。


 そんなこんなで、今日の放課後はどこかの会合に行くのではなく、高取さんと“特別授業“だ。

 高取さんは僕と顔を合わせた瞬間から不満を爆発させた。


「全く性教育だなんてどうかしているわ!

 しかもパートナーと一緒に受講を義務付けだなんて考えた人は頭がおかしいんじゃないかしら?

 早く脳外科に行った方が良いわよ。間違いなく脳に障害が見つかるわね」


 マシンガントークの語気が強く、一段と表現が過激だ……。


「そうは言っても、これまでの日本が性教育をしなさすぎだったんじゃないのかな?

 どうやったらいいのかヘンなビデオを見ないといけなかったり、

 知らず知らずのうちに男性側が女性に対して性暴力をしていたり、

 避妊方法がよく分からなくて望まない妊娠の原因になっていたんですから」


「最後の項目についてはなんだか矛盾しているような気がするのよ。

 そもそも少子化対策のための法律じゃないのかしら?

 子供が増えることには何の問題もないんじゃないの?」

 

 そこで高取さんの“異変”に気が付いた。

これまではサラリとした声で澄ました顔でどんな応答もしていたのだが、

 今日の高取さんはなんだか緊張している? のか髪の毛先を触ったり、爪を見つめたりとソワソワと落ち着きがない。


「ただ、いくら子供を増やすことを推進しているとはいえ、

一つの家庭で育てられる人数は限りがありますからね。

 家の広さとかの兼ね合いもあるし、避妊の知識も必要だと思いますけどね。

 里子に出すにしたって受け入れ先がまだまだ整備されていないから中絶に遭おうとしている子供たちを救うので精一杯でしょう」


「それは現代の社会デザイン能力が悪いのよ。

近世まではそんなことをしなくても人口は増えなかったじゃない」


「でも、かつては乳幼児死亡率が高かったから避妊の必要性がなかったと思いますよ。

 七五三のお祝いを迎えられる人が5割ぐらいだという話を聞いたことがあります。

 増えすぎた場合は“間引き“すら行われていたみたいですからね。

 “神隠し”とされていたものも間引きだったと言われていますから。

 今は産まれたらかなり高い確率で成人まで育つでしょうから人口減少社会とは言っても一定以上の対策は必要だと思いますからね」


 ついに高取さんはうつむいて反論が無くなった。

 今日は珍しく全体的に理論にキレがない。


 それに、瞬間記憶能力を持つ高取さんが僕の言っている程度のレベルの情報を知らないはずがない。

 全ての話が“性教育を受けたくない後付け”にしか聞こえなかった。


「……僕だって恥ずかしいけど、とりあえずこの講座を受けないと過料になっちゃうんだから。

 最悪は目や耳を塞いでもいいからさ……。

 それよりもうすぐ始まっちゃうから教室に入らないと……」


 僕たち以外にも早急に婚姻した人たちはいるようで既に10組以上がこの教室に入っていった。もう講義開始1分まえになっている。


「くっ……弁護士の卵が罰金刑なんて情けないにもほどがあるわ。

 しかも性教育を受けないで罰金だなんてあまりにもみっともない……」


 高取さんは意を決したのか教室に率先して入っていった。


 僕はある意味ホッとした。

 ただ僕も恥ずかしくないわけは無かったが、高取さんが想像以上の“拒否反応”を見せたので、逆に冷静になれたのだ。

 

 こういうことで恥ずかしがるのはちょっと意外だったけど、

 目標に向かって猛然と疾走している高取さんとしてみればあまり異性に対しては興味のないことだったのかもしれない……。





 性教育の講義は結構“リアルなこと”を保健の先生が話していた。

 そのせいか、高取さんは耳まで真っ赤になって、ずっと制服のスカートが皴になるほど握りしめて俯いていた。

 僕も恥ずかしかったので横目で“高取さんの観察“をすることで時間をやり過ごしていた。


 高取さんは先生の質問に対しても回答することはほとんどなく、僕が代わりに答えておいた……。


 さすがに僕たちに対して“その場で実践しろ”とまでは言わなかったが、

 逐一“断面図”で説明されたのはさすがに参った……。

 

 プラスの情報としては“望まない妊娠”というのは思ったよりもあることに驚いた。

 特に毎年10万人以上堕胎していたというのは全く知らなかった。


 ちなみに今回の様々な法改正の一環として堕胎をなるべく防ぎ、

 子供が欲しくでもできないカップルに対して優先的に提供できるようなシステムの拡充が行われたようだ。

 現在は小さい子供の親権を変える特別養子縁組の制度は年間500件ほどしか活用されていなかったようだ。


「先生、本日は講義、ありがとうございました」


 僕はお辞儀をしながら教室を出た。

 講座が終わって教室を出ても高取さんは俯いており、まるで存在感が無い……。

 こんなにもいつもの“マシンガントーク”が恋しく思える瞬間も珍しかった。

 普段聞きなれている社会や制度、法律への不満で良いからぶちまけて欲しい……。


「ま、まぁ僕たちは“仮面夫婦“で僕は”夫的ポジション“だから今日の授業のことは別に気にしなくていいと思うよ。

 今日だって義務だから一緒に受講しただけだしね」


 フォローになっているのか正直謎だったが、あまりにも沈黙が重すぎたので何か言わないとこちらの身が持たなかった。


 僕がまるで高取さんに悪いことをしているような気もする……。

 実際に周りの視線もそう暗に語り掛けているような気がした。


 昇降口を降りるとようやく高取さんの顔色が良くなっているのが分かった。


「そうね。とりあえず私は、目標達成まで走り切るしかないものね」


 まだ耳が赤いが、高取さんの声の調子はいつもの落ち着いた感じに戻っている。

 

 結婚した経緯が経緯なだけに、高取さんが本当に好きになった人と男女の交際をすればいいとも思っていた。


 僕は法案廃止までの間、期間限定で支えてあげれば良い――でも、本当にそれいいんだろうか? 


 だが、僕は高取さんと“そういう関係”になはなれなくとも、“夫的ポジション”という惨めな状態からは脱したいと思うようになっていた。

 そのためには、もっと僕も頑張らなくちゃいけないんじゃないだろうか……。

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