第13話 魔女の悩み
9月16日敬老の日。今日は連休最終日だが、休日だからこそ僕たちは賛同者を増やすために動いていかなくてはいけない。もう僕に休む日は存在しなかった。
もう毎日のように様々な団体にお願いに行っている……特に保守系の団体はかつてない人脈だったために小さい団体からここ最近毎日のようにお願いに行っていた。
毎日いい加減疲れてきたけど、僕も撮影をすることと高取さんの話し相手程度だが役割を果たすために頑張るんだ……。
そんな中、高取邸から出かける前にひと悶着があった。
「お嬢様。本日はこれを着ていただきます」
「な、何よこれ……。スカートの丈、短すぎないかしら?
お臍丸出しで品性の欠片もない……。本当に人間が着る服なの?」
今まで見たことのないような表情で高取さんは絶句していた。
無理もない。青と黄色を基調としたまるでアイドルが着るようなキラキラとした装飾がしてあり、脇やお臍は丸見え。スカートも恐らくは膝より上だ。
それに対して高取さんが今着ているのは白と黒を基調とした“お嬢様”といったいで立ちで全く対照的だ。
こんな服は人生で一度も着たことが無いに違いない。
ただ、スタイルのいい高取さんなら似合うに違いないとも思った。
「今日はお嬢様のような年齢の若い方が対象なのです。
いつものような政治家の演説のようなことをされては皆様寝てしまいます。
これを着ていただき、踊りながら歌うことが本日の“役割”なのです」
綾音さんは服と台本のようなものを渡す。
高取さんは台本をパラパラとめくり、顔を覆った。
それからたっぷり1分以上経過してからバット起き上がった。
「くぅ……脱ぐわけじゃないんだしやるしかないのね。
やっぱり若い世代にこそ伝えていかなくてはいけないから。
やるしかないわ。できることは全て!」
「いや、“若い世代に伝える”って高取さんだって高校2年でしょ……。
明らかに同年代じゃないですか……」
知性は大人より遥かに卓越しているし、内面は妙に老成している気がするけどね……。
「私がどうこうという問題ではなくてね、若い世代が政治に関心が極端にないのよ」
「確かに、投票率が極端に低いですね。確か20代の投票率は30%台とか……」
「やっぱり、“もう何をやっても仕方ない”って悟っているのかもしれないわね。
いわゆる“悟り世代”とか言われるようになって何十年もたっているけど、
そういう諦めムードみたいな状況が本当に良くないの。
実際に意識調査では『私の参加により社会現象が少し変えられるかもしれない』と回答した若者は先進国で最低の数字なんだから」
「少しでも若者に寄り添おうというわけなんですね……」
「若い世代だって熱量が無いわけではないと思うのよね。
自分の好きなことについては熱心になるわけだしね」
「なるほど、好きなことをしている時間の延長線上で政治のことを考えてほしいというのが狙いなわけなんですね……」
「政治や法律が生活に巡り巡ってくるからね。
ただ、多くの若者は自分と縁遠いと思ってしまう――だからこそ、アイドルが好きな層に対して多少無理してでも歌って踊りながら政治の大切さを周知していくしかないのよ。
だって皆にも無理強いることになるんだからね」
「決意が固まられたところで、衣裳部屋に入りましょう。
私が着替えから化粧まで全てやりますので」
と言って高取さんを綾音さんが連れて行った。ニコニコ笑っているがなんだか不気味だ……。
「え、ちょっとそういうわけじゃ……」
高取さんはちょっとたじろぎながらも綾音さんに連れられ衣装部屋の中に吸い込まれていった。拉致と言ってもいいのかもしれない……。
僕もできることをやろう。まずはスクワットだ。誰も見ていないからこそ恥ずかしがらずにできたのだった。
◇
今日は比較的若いグループで僕たちのような年齢の人たちもいる。
どちらかというと保守系でありながら“オタク”と言われる人たちだ。
かくいう僕もアニメや漫画をよく見ているので世間的に見たらそういう分類にされると思うんだけどね……。
そんな中スポットライトが中央に灯り、そこに高取さんが華麗なステップでクルリと回りながら現れる。
綾音さんに指導されてのことだろうけど、
責任感や衣裳は運動が苦手な人をあそこまで動けるのかと衝撃も受けた。
その可憐な動きで観客は雄たけびに近い歓喜の声が沸き上がる。
「みんな~! いいかな~? 私の話聞いてくれる~?」
「もちろんでーす!」
今日の高取さんはホンモノのアイドルみたいだった。
キラキラの青い衣装が彼女の透明感を引き立て、まるで夢の中から抜け出したような存在になっていたのだ。
――可愛らしい。そんな姿に変わっていたのだ。
そして、しゃべり方もいつもの堅苦しい凛とした感じじゃない。
でも、髪飾りはストラップに似た感じのウサギなのも“らしいな”と思えた。
「今、国がた~いへんなことになってるのっ!
強制的に結婚させる法案! こんなんじゃ誰も幸せになれない! 若者の自殺者が世界一の日本! これが更に加速するわ!」
今だって大変なのに更にかよ! とあちらこちらで叫び声が上がる。
「結婚相手が必ずしも“推し活”を応援してくれるとは限らないわ!
あなたたちのアイドルグッズも捨てられちゃうかも!」
「マジかよ! 絶対反対する!」
この言葉の食いつきは大きかった。確かに結婚相手にそういう“マニア”な活動は大きく制限されそうだ。
応援するのにもお金がかかるだろうしね。
「みんな! ここで立ち上がって物語の主人公になろうよ!
今、色々な考え方の人達がまとまっている! 今戦えば必ず勝てる! 私を信じて! 」
「ウォー! 涼子さーん! 一生ついていきまーす!」
「ご、ゴメンねー! 私もう結婚しちゃってるから! 皆のアイドルにはなれないけど、結婚強制法阻止してみんなのアイドル推し活動の応援はできるから~!」
高取さんはその後の音楽で適当にステップを踏みながら皆とライブっぽいことをやった。
歌も適当に音楽の時間にやるようなのを独唱。しかしそんなのでも拍手がその都度巻き起こった。
さっきまではこの世の終わりのような表情をして拒絶していたのがウソのようだ。
ステージに立てば吹っ切れたみたいにこうして役割に応じたことができている。
“魔女”の異名は伊達ではないなと思えた。
それだけこの結婚強制法を何としてでも廃止したいのだという執念が凄いのかもしれない。
◇
今日のコンサート風の集会が終わると、
高取さんは朝着ていた白黒の服に着替えた。
ヨロヨロと歩いて車に倒れるようにして座った。アイマスクをつけてグッタリしている。
「ふぅ~。今日は特に疲れたわ。途中、眩暈がして意識が飛びかけたんだから……
気がつけば記憶が飛んでいたときもあったんだけど大丈夫だった?」
「いや、全然そんな感じは無かったよ。むしろホンモノのアイドルかと思ったよ」
「綾音に直前に映像を見せられたのを何とか頭に叩き込んだのが良かったみたいね。
あとは無我夢中でやったんだけど、何とかなってよかったわ……」
普通は一度見ただけの人物像をトレースすることはできない。
尋常ではないことを平然と成し遂げている……。
「お嬢様本当によく頑張られました。
今日は、ハクメイ堂の個数限定でかつ期間限定のアップルパイです」
高取さんは飛び起きてアイマスクを投げ捨てて箱を開ける。
確かにこの間僕が買ったものとは“輝き”や“みずみずしさ”みたいなものが違った。
高取さんはその輝くアップルパイにナイフを入れて切り分け、パクパクっと食べていく。
それまで死人のような顔色だったのがバラ色の頬になっていった。
「幸せ~! 生きているってこういうことなのね! リンゴが口の中に広がるわ~!」
高取さんが幸せそうにアップルパイを頬張っているのを横目にしていると綾音さんが声をかけてきた。
「そういえば、なんだか印象変わられました?」
「実はちょっと髪型変えたんですよ。あとちょっとダイエットも始めようと思ってちょっと運動しているんです」
「へぇ、お嬢様のためにですか?」
「い、いやそういうわけじゃないんですけど……高取さんの隣にいても違和感がなるべく内容にしたいなと……」
「つまりお嬢様のためってことじゃないですか! 可愛いですね~!」
「佐久間君も面白いことをするのね」
「それって面白いことなんですか?
高取さんの今日のライブ演説の方がよっぽど特殊だったような……」
「流石にちょっとなかなか無いわよね。
ところで、いつもの私と今日のステージ講演の私どっちの方が良いと思う?」
「無理のない方が良いんじゃないんですか?」
「あなたの意見を聞きたいのだけども」
「どっちかって言うのならいつも通りのやりやすい高取さんで良いと思いますけどね。
無理して体調悪くしたらマズいですよ」
アイドル衣装の高取さんはそれはそれで可愛くてよかったけどね。
撮った映像を見返そうと思っていたぐらいだったし……。
ただどこかで無理をしている感じは否めなかった。
あのままでは一時期は良く見えてもいずれは壊れてしまうだろう……。
「そうよね。無理は体の毒だものね。色々、“役割”演じるのも疲れるのよ」
「結構造作もなくこなしているように見えるんですけど……」
「時々、どれが本当の自分か分からなくなるのよ。色々な“役割“をこなしているとね」
クリクリとした眼には確かに不安の色があった。
「でも、それが一番支持を取り付けやすいし仕方ないんじゃないんですかね?
強行突破して成立した法案を廃止に追い込むだなんて並大抵のことじゃ成し遂げられないと思いますからね。
そして高取さんは法案廃止という絶対的な軸があり、
その後にはお母さんのような弁護士になるという目標がありますしね。
そこがブレなければ問題ないんじゃないと思いますけどね」
そもそも、そんなことで悩んでいるのが意外だった。
躊躇なくやれているのとばかり思っていた。
「そう……かもしれないわね。
私ができる範囲内で最大限のことをやっていかないとこの活動は広がっていかないわ。
他の協力を取り付けた団体だって動員をかけた日に来てくれれば十分やってくれていることになるわけだし」
でも高取さんだって一人の女の子なんだ。妙に老成して鋼のように頑丈だと思っていた心もお母さんの死を乗り越え、なおかつ色々な葛藤を経て揺れ動いているんだろう。
それを外にあまり出さないだけ苦しいのかもしれない。
「うん、確実に前に進んでいると思いますよ」
「話を聞いてくれて、ありがとう。大分気が楽になったわ」
ステージの上やアップルパイを食べた時より澄んだ笑顔を向けてくれた。
誰にも言わないような秘めたる悩みを聞けたり、澄んだ笑顔を見れただけで僕はとっても幸せだった。




