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73話 満開

「アスカー! 起きるのじゃー!」


 のどかな昼下がり。久しぶりの休養日をとっていた俺は、弾けんばかりの声に起こされた。


「んん……何? 何かあったの?」


 瞼を擦りながら部屋を出ると、そこにはプルミエが待ち構えていた。


「満開じゃ! 満開じゃ!」

「……え? 何?」


 満開って何の話だ? 脈絡が無さ過ぎて何のことやらわからない。

 プルミエはそんな俺の様子にも気づかず、ピョンピョンと跳ねながら興奮を伝えてくる。


「満開じゃー! 満開になったのじゃ!」

「プルミエの育ててた花が満開になったんだにゃ」


 シャルが補足してくれてやっと意味が分かった。

 庭で育てていた花が満開になったらしい。


「お主もみたいかえ? のぅ、みたいかえ!?」

「……うん、見たい。見に行こう」


 ずっと大切にしてきたプルミエの花が綺麗に咲いたというのなら、見てみたい。

 それに、一緒に満開の花を見る約束もしてたしな。


 プルミエは俺の腕を引いて外へと向かう。


「急ぐぞ、アスカ! この間に枯れていたら大変じゃ!」


(いや、それはあり得ないだろ……)





 庭に出てみると、プルミエの言う通り、花たちは花弁を目一杯開いていた。


「おお、すごいな」


 俺は思わず感嘆の言葉を発する。

 数か月前には枯れていたのがここまで息を吹き返すのだから、生命というのは侮れない。


「ああ……お花たちが妾に笑いかけておる。時間がかかってすまなかったのぅ」


 プルミエは膝から崩れ落ちて花に話しかけていた。

 傍から見たら完全にヤバい人だろあれ。


「シャル、アスカ。お主たちも本当にありがとう。特にシャルは、妾がワンゴフへ行っている間水をやってくれていたのじゃろう? 本当に、ありがとうなのじゃ」

「うん、よかったね」


 感極まった様子のプルミエに、シャルは朗らかに笑いかける。


 俺たちはしばらく庭に腰を着けて、咲き誇る花たちをみて時間を過ごした。

 風になびく花たちを見ていると、なんとなく時間がゆっくり進んでいる感じがする。


「プルミエ、覚えてる? 満開の花を一緒に見ようって約束したの」


 俺はプルミエに問う。

 別に覚えていなくても良かった。今この場でそれが実現していることが一番大事なんだから。

 プルミエは太陽を反射した真紅の瞳で俺を見る。


「もちろん覚えているのじゃ。忘れるわけがないじゃろ、アスカとした約束なのじゃから」


 覚えていなくても良かった。

 ――だけどやっぱり、覚えていてくれたのはこの上なく嬉しかった。


「……なんか、幸せって感じだよ」

「なんじゃ、それ。……少しわかるがの」


 プルミエが俺の肩に頭を乗せてきた。

 そこに確かな温もりを感じる。

 久しぶりに精神の休息をとれた気がする。

 こんなに落ち着いて話したのはいつ振りだろうか。


「焦りすぎてたかもね、俺たち。強くなるのは大事だけど、毎日身を削るほど頑張るのは違かったかもしれない」

「じゃのぅ。自分たちの幸せのために強くなろうとしてるのに、訓練で幸せを失ったら元も子もない」


 少しペースダウンしてもいいかもしれない。

 何のために強くなるのか。それをもう一度しっかりと心に刻もう。そう思った。



 一度家の中に帰っていたシャルが再び庭に出てくる。


「あれ、にゃんか良い雰囲気? あたしはお邪魔かにゃ?」

「何を言うかシャル。こっちへ来い。妾が毛づくろいをしてやるのじゃ」

「嫌だにゃ! プルミエはくすぐってくるんだもん」


 そう言いながらもプルミエの隣に座るシャル。


「それはシャルがいじらしいからいけないのじゃ。敏感な子についつい意地悪をしたくなるのは生物の性じゃからのぅ」


 プルミエがにたりと口の端を上げ、なんとも悪そうな笑みを作った。


「プルミエだって羽のとこ敏感にゃ癖に」


 シャルはそれに負けじと言い返す。


(よしよし。この隙に……)


 とその時、プルミエが不意に立ち上がった。

 俺が伸ばしかけた手を見下ろすプルミエ。


「……おい、何じゃその手は。今羽に触ろうとしたじゃろ! させん、させんからな!」

「ばれたかー」


(行けると思ったんだけどなぁ)


 自然と一体化しているような、そんな感覚を覚えながら、太陽と雲の下俺たちは数時間を過ごした。












 夕方。日が沈みかけているにも拘らず、大通りはまだまだ人で賑わっている。

「うむ。決めた、今日はお花を眺めて過ごすのじゃ!」と言うプルミエを残し、俺とシャルは街へと繰り出していた。


「シャルはどこか行きたいところあるか?」

「そうだにゃあ……肉! 肉が食べたいにゃ!」


 シャルはその体型に似合わず意外と食事が好きだ。

 その瞳にはまだ見ぬ肉の像が映っていた。


「肉ねぇ……あ、あそこはどうだ? 食べ放題だってさ」

「食べ放題! にゃんて甘美にゃ響き……」


 俺たちは食べ放題と書かれた店に入る。

 皿によそって食べる形式なのだが、シャルは溢れんばかりの肉を一気に皿に盛り付けた。


 シャルは普段はあまり量を食べないのだが、食べようとすればいくらでも食べられる。そんな変わった技能を持っていた。

 正直ちょっと羨ましい。


「これはおいしい。これもおいしい。これまたおいしい……ん~、全部美味しいにゃ!」

「良かったな、シャル」


 シャルは両の手に持ったナイフとフォークで、瞬く間に肉を胃に押し込んでいく。

 その食べ方は上品とは言い難い。しかし、とても美味しそうではあった。


 肉の油でシャルのぷるんとした唇はさらにテカリを増し、もはや凶器といってもいいほどに見る者を惹きつける魔力を伴っている。

 本人が無邪気でいるからこそ、そのコントラストがよけいに魅力的である。


(……今は食事に集中しよ)


 俺は意識していない振りをしながらシャルとの食事を楽しんだのだった。





 ちなみに、家に帰ってみるとプルミエは花壇の傍で眠っていた。いくら花が好きだと言っても少しくらいは自重してほしいものである。

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