63話 慇懃実直ウェルシュさん
夜が明け、朝を迎えた。薄紫色の空はまるでどこまでも広がっているような錯覚を俺たちに与える。
俺たちは、ここを発ち南に向かうと言うベルとエルクに別れの挨拶をする。
エルクに跨ったベルはお手製らしきヘルメットを被り、俺たちと別れの言葉を交わしていく。
「皆さんに会えてよかったです。ご飯まで頂いたのに、何のお力にもなれないのは心苦しいですが……」
「お主はお主のしたいこと、すべきことをすればよい。達者でな」
「はい。プルミエさんも、ご達者で」
プルミエがベルに握手を求めた。ベルはエルクの上からそれに応じる。
「もし良かったら、今度またワンゴフにも立ち寄ってくれ。本来は賑やかな国なんだ」
「わかりました。近くに寄った時は、必ず」
ウェルシュとも同じように握手を交わした。
俺はベルの顔を見る。最初は大人しそうだと思った顔も、エルクに乗ってからは精悍な顔つきに様変わりしていた。ベルは根っからの旅人気質なのだろう。
俺がもしこの時代に最初から生まれていたら、冒険をしようと思っただろうかと考えてみる。
(……考えるまでもないか。そんな危険なこと、まずしなかったに決まってる)
俺よりも年下にも係わらず自分の人生を自分で背負って生きているベルに、俺は尊敬と憧れの念を抱いた。
「ベルの生き方、尊敬するよ。俺にはとても真似できないから」
「そ、そうですか? なんか照れますね」
照れ隠しなのか、ベルはヘルメットの上から頭を掻く仕草を見せた。
「頑張ってな」
俺はベルに手を差し出す。
「アスカさんも」
応じたベルの手は、無数のたこで固くなっていた。
「ありがとうございましたー! 皆さんにご武運がありますようにー!」
そう言って去っていくベルとエルク。
ガフィンであるエルクの速度は俺の思っていた以上に早く、彼らの姿はすぐに土煙の向こうに消えてしまった。
「さて、妾たちも出発するとするかの」
プルミエが翼をはためかせて荷車に乗り込む。
その姿をウェルシュは真剣な顔で地面から見上げた。
「本当に、いいのか……?」
「くどいくどい。ウェルシュはもっと狡賢くなるべきじゃ。『妾たちを利用してメドゥーサを楽にぶっとばす』くらいの気持ちを持ってもいいんじゃぞ?」
「……悪いな。性根はそう簡単に変えられそうにない」
プルミエの砕けた態度に苦笑いを浮かべて、ウェルシュは荷車に乗り込んだ。
「ウェルシュさんって損な性格してますよね」
「こればっかりはどうにもならん。三つ子の魂百まで、というやつだな」
ウェルシュは自嘲するように、しかし同時に誇りをもってそう言った。
ウェルシュが子供の時から真っ直ぐ誠実に育ってきたのであろうことは俺でも容易に想像がつく。
騙されていたのにこんなことを言うのもおかしな話だが、ウェルシュの印象はと聞かれれば「慇懃実直」が最も適した回答であると俺は確信していた。
「損な性格だと思いますけど……そういう人、俺は好きですよ」
「……ありがとう、アスカ殿」
ウェルシュは俺に優しい微笑みを向ける。それはウェルシュから向けられた、少しも取り繕っていない、初めての飾り気のない表情であった。
隣からプルミエが小さく嘆息する音が聞こえる。
「誰彼構わず口説くでない。まったく……人を誑かす小悪魔的才能だけはピカイチなんじゃから」
「口説いてねえよ!」
「なんだ、口説かれてはいないのか?」
「ウェルシュさんまで!? からかわないでくださいよ!」
(俺たちに真実を語ったことで肩の荷が下りたのか、それとも吹っ切れたのか。どちらにしても良いことだけど、それはそれとして――)
――「慇懃実直」は取り下げて、「正直者」くらいに替えよう。
頭の中でウェルシュの印象を書き換える俺だった。




