62話 ワンゴフ国
深夜の屋外で、俺たちは丸くなってランプの明かりを囲みあう。
今現在、俺たちの視線はウェルシュへと一心に注がれていた。
「……じ、実は……」
ウェルシュは言いにくそうに目をきょろきょろと右往左往させる。黒い尻尾がそれに呼応するようにブンブンと揺れていた。
「プルミエ殿、アスカ殿。実はあなたたちを騙していたんだ! 誠に申し訳ない!」
「あー、よい、よい。お主が嘘をついておることには最初から気づいておったわ」
ウェルシュからすれば意を決して打ち明けたのであろう、裏切りの暴露。
しかし俺とプルミエは当の昔にそれを知っていた。
「……へ? な、なんで――」
勢いよく下げた頭を上げ、代わりに頭上に疑問符を浮かべるウェルシュ。
「お主は嘘を付く時尻尾を過剰に振る。初めて会った時から変わらぬ、お主の癖じゃ」
「あっ……」
呆れたようなプルミエの指摘により、ウェルシュは自分の失態に気づき呆然と口を開けた。
(やっぱり尻尾だったんだ)
しょっちゅうブンブン振ってたもんな。
まあそれは言い換えると、ウェルシュはずっと俺たちに罪悪感を感じてたってことで、そう考えるとあまり憎しみも沸いてこない。
(裏切りにも理由があるみたいだしな)
俺はウェルシュの顔を注視した。
バレていた衝撃から立ち直ったウェルシュだが、俄然顔色は冴えない。ウェルシュが俺たちを騙していた理由と、ベルが目撃したワンゴフ国の全員が動きを止めた光景との間に深い関係があることは容易に想像できた。
俺たちは再び黙ってウェルシュの言葉を待つ。
顔を手で一度擦った後一度大きく息を吐き、ウェルシュは再び口を開いた。
知っての通りワンゴフは12年前の抗争を乗り越え、やっと前へと進み始めていたところだった。我が国の未来は明るい、国民はそう信じてやまなかった。
だが、そこにあいつが……絶望を運んできたんだ。
――始まりは突然だった。国の中央に連なる通りで、石のように動かなくなった人々が発見されたのだ。
その数は一人や二人でなく、およそ六百人。
私たち騎士団はすぐさま現場に向かい、この現象の原因を探したが、特定することはできなかった。
それから連日にわたって、国内で動かない人間が発見された。
その数はどんどんと膨れ上がり、最初の発覚からわずか6日で人口の8割まで達した。
打つ手がないと諦めかけていた私たちに、目撃情報が届いた。黒いドレスを着た女が人を固まらせているのを見た、とな。私たちはすぐにその女を探した。
だが、探す必要はなかったかもしれない。やつは白昼堂々と、王宮へと乗り込んできたのだ。
私たちは懸命に闘った。が、女は恐るべき強さだった。
女は我が軍の人員を残らず動かなくし、残っていた国民を残らず動かなくした。そして蛇のように長い舌で舌なめずりをしながら私に言ったのだ。
『つまらない』……と。
そしてこう続けた。『最近ヒュマンとヴァンパイアが連合を結んだと聞いている。私はプルミエに借りがある。彼女を連れてくることができたならば、この国の犬亜人たちは全て元に戻そうではないか。だが、もしも連れてこなかったならばその時は――』とな。
その女の異様に冷たい目に、私はその先の文言を幻聴した。……あの女は、あの悪魔は、愛し守るべき国民を殺そうとしているのだ。
ウェルシュの語りには女への怒りと、女から国民を守れなかった自身への戒めが溢れている。
握った拳から血が滲むほど感情を露わにするウェルシュに、俺たちは口を挟むことも出来ずただ息を呑むのみだった。
「……だから、プルミエ殿をなんとかワンゴフに連れて来ようとしたわけだ。あの黒服もその女の魔法によって作られた存在だ」
やはりあの人影は魔法だったらしい。
「……騙していたことは本当に申し訳ない。騎士道に背く行為だとわかっていても、私は国民を守りたかった。そして、私は今からさらに無礼を働く。……プルミエ殿。私の祖国を、どうか救ってください……!」
声を震わせ、頭を地につけたウェルシュ。
「お願いします……っ! お願いします……っ! 私の祖国を――ワンゴフを、どうか……どうか……っ!」
涙を流してそう繰り返すウェルシュの肩を、プルミエは優しく叩いた。
「その者の名は? お主の国をそんな状態にした元凶の名は何という」
「……やつの名はメドゥーサ。プルミエ殿と同じ四大英雄、『三つ目の蛇王』のメドゥーサだ」
(……四大英雄!?)
俺はウェルシュの口から出てきた人物に驚きを隠せない。
ヴォルヌートからの伝え聞きではあるが、その恐ろしさがとんでもないものだというのは俺にもわかる。
なによりプルミエと並び称されている存在なのだ。
しかも今のプルミエよりももっと強かったはずの、全盛期のプルミエと。
「……アスカ」
プルミエが俺を見る。吸い込まれると錯覚するほどの深い色彩を持つ真紅の眼で、真正面から俺を捉えていた。
「妾は、往く」
「……うん」
ゆっくりと告げられた言葉。その言葉に驚きはなかった。
プルミエはそういう人なのだ。困っている人がいたら手を差し伸べてしまう、そういう人なのだ。
「危険度は今までの比ではない。一国を支配するほどの魔力……今の妾でもおそらく勝負にならん」
「……うん」
どのくらいの力の差があるのか、俺にはわからない。だけどプルミエが言うなら、事実今のプルミエでは勝負にならないのだろう。
夜風に吹かれた真紅の髪が靡く。その風にプルミエは一度目をつぶり、再び俺を見た。
その眼の奥の奥、俺にしかわからないところで、叫び声を上げるほどに俺を心配してくれているのが伝わる。
「勝ちを見出すにはお主の血が――いや、お主が必要じゃ。付いてきて……くれるかえ?」
「……当たり前だろ。俺がプルミエだけを行かせると思うか?」
俺は身体が震えるのを感じた。
これは四大英雄という未知の脅威に対する恐怖の震えじゃない。プルミエに頼られた、プルミエが頼ってくれたことから生まれた武者震いだ。
「よーっし、やる気出てきたぁ! なあプルミエ。そのメドゥーサってやつ、俺が倒しちゃってもいいんだよな?」
俺は立ち上がり、拳をパンパンと打ち鳴らす。そして不敵な笑顔を作った。
「……アスカ。頼むから、頼むから無茶だけはしないでほしいのじゃ」
プルミエは苦々しく呟いた。




