45話 襲撃
俺は看護師のお姉さんに驚かれながらも、意識を取り戻してから一時間ほどで退院となった。
退院はしたものの、施術院の外に出ることはなく、ヴォルヌートとシャルと共にそのままプルミエの病室へと向かう。
その最中、施術院には似つかわしくないようなものものしい格好の人と何人もすれ違った。
あれが騎士団なのだろう。
プルミエの病室に近づくにつれ、ヴァンパイアたちが見られるようになる。
「ヴァンパイアは人数が少ないのだ。戦える人材となればさらに少ない。騎士団がいなければ手が足りないところだった。セレシェイラには感謝しなければな」
ヴォルヌートが語った通り、ヴァンパイアは少数精鋭なようだ。
騎士団が50人、ヴァンパイアが20人の護衛態勢らしい。
計70人、体育館くらいの大きさである施術院を守るのには十分な人数と言えるのではないだろうか。
病室に入ると、プルミエは穏やかな顔で眠っていた。
管が繋がれている痛々しい姿も、もうすぐ意識を取り戻すとわかっていれば耐えられる。
「お前らにはプルミエの病室内を担当してもらう」
ヴォルヌートが俺たちにそう命令する。
「自分で言いだしておいてなんですが、一番重要そうなところを俺たちに任せていいんですか?」
「プルミエが起きたとき、見知った顔がいた方が安心できるだろう。それに、騎士団は騎士団、我らは我らで指揮系統が確立されているからな。正直俺の頭ではお前たちを生かす場所がここしか思い当たらん」
なるほど、確かに連携という意味では俺たちはむしろ邪魔かもしれない。
「にゃー、アスカ兄ちゃん、一緒に頑張るにゃ!」
シャルは随分と気合いが入っている様子だ。その金色の瞳は情熱に燃えている。
「そうだな……! 頑張ろう、シャル!」
俺はシャルに笑顔を返す。
プルミエの役に立てる。それが嬉しくてたまらなかった。
「あまり気を張りすぎるなよ。俺たちがいるんだ、滅多なことがなければ病室までは来させんさ。もちろん気を抜きすがれては困るがな」
「わかりましたにゃ!」
ヴォルヌートの冗談めかした忠告に、俺も頷く。
「俺は病室の前で不審者が来ないか確かめる。外にも見張りを置いているが、万が一窓から侵入してきた場合はすぐに俺を呼べ」
「わかりました」
それを聞いて病室の外へと出かかったヴォルヌートは、ふと立ち止まって俺を振り返った。
「そろそろプルミエも目覚める。それまでの辛抱だ。……アスカ、今度はお前の手できちんと守るのだ。決して手放すなよ」
「……はいっ!」
プルミエの屋敷の花壇で語り合ったことを覚えていてくれたらしい。
(魔物の時は守れなかった。何もできなかった。……だけど、今回は違う!)
俺は拳を固く握りしめた。
「あたしは窓の外を見てるよ。だから兄ちゃんはドアの方見といて」
「わかった、ありがとな」
俺とシャルは役割分担をしてプルミエを守る。
今は見えないが、ドアの向こう側にはきっとヴォルヌートが仁王立ちしているのだろう。
ヴォルヌートとツキノワのどちらが強いのか俺にはわからないが、こちらの戦力は70人もいるのだ。
(絶対大丈夫だ。いくらなんだって、敵方は70人もこの国に入って来てはいないはず)
結論から言えば、その予感は正しかった。敵は70人には遠く及ばなかった。――しかしだからといって、俺たちが勝てるとも限らないのだ。
警備開始から9時間。本格的に空が暗くなった頃、異変は起こった。
(……?)
俺は頭の上に異変を感じる。むずかゆいというか、なんというか、……気味が悪い。
「なあシャル、今なんか――」
「アスカ兄ちゃん! 来やがったにゃ!」
俺の呼びかけを遮って発されたシャルの言葉は多分な切迫性を孕んでおり、俺は感じていた違和感が敵の魔法によるものだと気が付く。
(どこだ、どこから来やがる!)
俺は自分の担当である部屋のドアから目線を切らないようにしながら周囲の様子を探る。
病院内に待機していた騎士団やヴァンパイアたちはすでに襲撃に気づいている様子で、病室の外は慌ただしくなっていた。
「――っ! ――っ!」
ヴォルヌートがなにやら大声で仲間に指示を出している。
(もう病院内に入って来てるのか!? いや、それにしては戦闘音が聞こえな――)
その時だった。
突如病室内に響く轟音。
轟音と共に崩れゆく天井。
(まさか――)
俺はそこでやっと気が付く。
敵はなりふり構わず病院ごとプルミエを始末する気なのだ、と。
だが、気づくのが遅すぎた。
崩壊し始めた天井は、プルミエの眠るベッドの上へと迫っていた。




