46話 対峙
「プルミエぇぇっ!」
俺は駆け寄りながらプルミエの名を呼ぶ。
天井と俺、どちらが早いかは明白だ。
――天井である。
しかしそれでも、俺は諦めることなどできなかった。
(プルミエ、プルミエ、プルミエっ!)
俺は筋繊維をはちきれんばかりに動かしてプルミエに駆け寄る。
しかし、その俺の目の前で、プルミエの身体に大きな天井の残骸が無情にも迫っていくのだ。
俺はその光景を凝視することしかできなかった。
――そんな俺の視界に、黄色い閃光が現れる。
「にゃうあっ!」
雷を纏ったシャルが、プルミエのところへと目にもとまらぬ速さで移動し天井を蹴り上げたのだ。
すんでのところでプルミエは助かった。
「いや、まだだ! シャル、もう一回来るぞ!」
ほっとしたのも束の間、シャルとプルミエのもとには天井を落とす原因になった土魔法が頭上から降り注いでいた。
それに気づいたシャルは、一転して顔を青くする。
「う……ごめん兄ちゃん。あたし無理かも」
シャルの脚はあらぬ方向に曲がっていた。あれでは蹴るのは無理だ。
「シャル、プルミエ!」
俺は二人の元に駆け寄った。
(諦めなくてよかった。あとはあの魔法を止めればいいだけの話だ!)
頭上から迫りくる土魔法から守るため、俺は二人に覆いかぶさる。
「に、兄ちゃん!?」
「シャル。今度は俺が守る番だ。俺を信じてくれ」
戦闘の興奮からか、顔を火照らせたシャルにそう言って、俺は身体に力を入れた。
土魔法が俺に接近する。
(来るなら来い! 絶対耐える……!)
とそこで、俺の頭上に突如赤い手が現れ、俺たちを守るようにその手を広げた。
俺はこの手の持ち主を知っている。この手が誰の魔法かを知っている。
「ヴォルヌート!」
俺は手が伸びてきている先のドアの方へ呼びかけた。
「……すまない、俺の油断だ」
ドアから入ってきたヴォルヌートはこれ以上ないくらい険しい顔をしていた。
「まさかここまで大胆な手で来るとは……。これほどの崩落であれば、騎士団や同胞たちは他の患者の命も守らざるを得ない。つまりプルミエの警護に隙ができる。――気を付けろ、まだツキノワは姿を見せていない」
「わかりました」
ヴォルヌートも相当顔色が悪い。何事かと思ってみてみれば、ヴォルヌートからは赤い手が何本も施術院内に伸びていた。おそらく施術院全体を崩落から支えているのだ。
俺は胸に手を当てて荒くなっていた息を整える。
(シャルは足を怪我しているし、ヴォルヌートはおそらく魔力切れ寸前だ。……俺が守るしかない!)
そう決意した俺の前に、ツキノワはドアを蹴り破って現れた。
「久しぶりだな、小僧、嬢ちゃん。また来たぜ。……って、小僧。お前生きてたのか?」
俺に近づいてこようとしたツキノワの前に、ヴォルヌートが立ち塞がる。
「……ふざけた男だ。俺が――」
「おいおい吸血鬼さんよ。そんな状態で俺に勝てると思ってるのか? あんたが意識を失ったら、この建物は崩壊するぜ。一体どれだけの死者が出るんだろうな」
「ぐっ……」
ツキノワに図星をつかれ、ヴォルヌートの顔が曇る。
「そんなに苦々しい顔をするなよ。正直やられたのはこっちだ。まさかここまで万全の体制がとられてるとは思わなかった。俺の予想じゃ、5人はここまで来れたはずなんだが……生憎お前らのお仲間に全員ひっ捕えられちまったからな」
ツキノワはヴォルヌートに右手を向ける。
「そこをどきな、吸血鬼。どかないなら撃つぜ。今のお前じゃ防げないだろ?」
「……甘く見るなよ」
ヴォルヌートが自分の身体から新たに血の手を生み出す。
「……やれやれ、割に合わねえな。四大英雄ってのはこんなに慕われてるもんなのか。全く羨ましい限りだ」
そう何気なく口にして、ツキノワは炎魔法をヴォルヌートに放った。
「ヴォルヌート!」
「案ずるな、無事だ……ぐっ……」
ヴォルヌートは脇腹を抑えて蹲った。抑えている場所からは赤いものが滲んできている。
死ぬ気で生み出した赤い手も消失してしまっていた。
「じゃあまあ、死んでけや」
ツキノワは蹲ったヴォルヌートを見下ろして、再度炎魔法を撃ち込んだ。
ヴォルヌートを中心に爆炎が上がる。
全てを燃えつくすような灼熱。
――俺は、その爆炎の中心にいた。考えるより先に体が動いていたのだ。
「アスカ、お前……」
「ヴォルヌート、下がってくれ。こいつは俺が食い止める」
俺を見上げるヴォルヌートに、俺は下がるよう伝える。
(倒すと言えないのが情けないところではあるけど……目の前で恩人をみすみす殺させるほど、薄情者にはなれない!)
「小僧お前、なんか固有魔法持ちか? 恵まれてんな、羨ましいぜ」
俺はそれに応えず、闇魔法の煙幕を発動した。
俺とツキノワの周りが闇に包まれる。
(よし……これでしばらく時間が稼げる。時間を稼げば増援が来るはずだ、それまでの辛抱だ!)
こちらから攻めるのは止めておくのが無難だろう。聴覚までは遮断できていない、だから逆にやられる可能性がある。
そう判断した俺に、火球が飛んできた。
「っ!?」
俺はそれを腕で受け止める。
どういうことかとツキノワの方を見ると、ツキノワの双眼は煙幕などお構いなしにきっちりと俺の姿を捕えていた。
「暗殺者を甘く見ちゃいけねえよ、小僧」
(なんでだ、俺の魔法が効いていないのか!?)
「この程度の闇魔法が通じると思われてんのか? ……だとしたら俺も舐められたもんだ」
俺の疑問に答えるように、ツキノワはそう言った。その口調からは僅かに怒りが感じられる。
プライドを刺激してしまったようだ。
煙幕の効果がないと判断した俺は、魔法を解く。
そして少しずつプルミエのいる方へと後退した。魔法で狙い撃ちされた時に身を挺することができるようにだ。
それを黙って見ていたツキノワの眼が俺へと向けられ、俺は警戒心を引き上げる。
次の瞬間、ツキノワは口を大きく開けて叫んだ。
「今だシャル、プルミエを殺れ!」




