終章 ■
『神はあなたを見ている』
なんて妖しげな張り紙が、田舎の街中にはえてして張られているものだが、今回ばかりは少し信じてやってもいいなと思えた。正に奇跡。俺を貫いた二十二インチカーボンアローは、主要な臓器をまるで空気を読むがごとく避けてくれ、見た目の痛々しさとは裏腹に損傷は信じられないほど軽微だった。事件の方もアマツと彰が動いてくれたらしく、表沙汰にはなっていない。当然意識を取り戻したとき、医者に怪我の原因を聞かれたけれど、そのときは『現場監督』を名乗るなにか道を極めていそうないかついおじさんが医者に『現場作業中に、間違って釘撃ち機自分のハラに撃ちこんじまったんですわぁどわっはっは!』と恐ろしくドスの聞いた声で説明していて、病院もそれで納得した(させられた)。俺は社会の暗部を見た気分だった。それからしばらくして、俺の病室は大部屋から個室になった。同室の病人達が俺と一緒なのを嫌がったらしい。ひどいことだ。医者や看護士のみなさんの態度も妙によそよそしくなったのは言うまでもない。
入院中、色々な人が見舞いに来てくれた。クラスメイト。彰と、その軍団。ヴィンスマリア。どこで知ったのか、荊原と同じクラスのよく怪訝な顔をし、歩幅が異様に小さい子(名前を聞いたはずだが、忘れてしまった)まで来てくれた。あと西園寺も来てくれたのだが、安定のうる西園寺だったのですぐに婦長に連れて行かれた。どうやら散々怒られたらしく、病室に帰ってきた時にはしょぼくれていた。愉快だった。
しかし、たくさん人は来てくれるのだけど、どうしても会いたい二人の人間は来てくれない。一人が来れないことは分かっている。だから諦めも着く。けれど、もう一人の方は、どうして来てくれないのか皆目見当もつかないので、会いたくて仕方なく夢の中で会っている始末だった。女々しいなぁ、俺。
アマツはよく見舞いに来る。招かれざる客だ。こいつは土産を用意しないどころか、俺が頂いたフルーツやおかしなどを食い散らかしていくので、最近ではもう来るたびに舌打ちしている。さもしいと思われるかもしれないが、病院食は味が薄く、量も少ない。まだ自由に歩き回れる身分でない俺にとって、おかしやフルーツは唯一の生命線なのだ。せめてもの代価を得ようと、俺は剥いた林檎を自分で食っているアマツに、気になっていたことを聞いた。
荊原はなんで会いに来てくれないんだろう、と。
アマツはしゃりしゃり林檎を噛みながら、目を瞑って言う。「愚問だわ」と。
「あれだけの事をしでかしたのよ? お前のお人好しも、相当なものね」
「あーすまん、なに言ってるか分かんないんだけど」
「……乙女心は繊細、そういうことよ」
もう答える気はないのだろう。アマツはそれから何も喋らず、無心でフルーツ盛り合わせを半分消化した後、カントリィマァム一袋を強奪して帰っていった。鬼だなぁと思った。やることもないのでアマツの分かりづらいヒントに一日中取り組んでいると、俺の鈍い脳でもやっと意味が分かってきた。
……なるほどね。そういうことですか。
気づいたら、俺はいても立ってもいられなくなった。
こっそりとベッドから抜け出し、保管されていた私服に見つからないように着替え――
大・脱・走。
外に出ると、この街では珍しく雪が舞っていた。風はもはや凶器の体をなしていて、身を切るように痛い。病み上がりなのに、一切加減なし。外の世界は、厳しい。
でも、構わない。
関係ない。
外がどんな状況だって、体が思い通りに動かなくったって、歩き続けてやる。
俺は俺が望む道を――踏み続けてゆく。ないなら、切り拓いてでも。
さぁ、不義理な可愛い奴を、叱りに行こう――。




