番外編:龍を招き入れろ
更新が遅れてすいません!
今回は劉備が蜀に入る前の話を書いてみました。
これが終わり次第、新たな章に入りたいと思います。
東部に「四川盆地」があり、西部に「大巴山脈」、そして中国最大級の湖である「瀘沽湖」を持つ「益州(えきしゅうと言い、現在の現在の四川盆地と漢中盆地一帯)」・・・・・
そこは中国最古の王朝である「殷」の国が在った場所で、殷が周に滅ぼされた後は前漢の武帝が雍州の一部として益州にした歴史を持つ。
そして今は険しい山岳地帯である地理的条件から流刑の地とされており、現在は「劉璋」なる群雄が治めている。
この劉璋なる人物は劉焉の少子---末っ子であるが、長兄たちと共に長安において献帝の近従として仕えていた経歴を持っている。
しかし、董卓が権力を握ると上手く彼に気に入られる事で現在の土地---即ち益州の支配権を維持する事に成功した。
ところが長兄を始めとした兄弟が立て続けに病死などし、そして父である劉焉も死去した事により世子として益州を治め始めたのが・・・・彼にとっては重しだった。
劉璋としては些か益州が流刑の地という世間の評判を気にしており、また董卓から招集命令が来なかった事も憤っていた。
「くそっ・・・・何で、私は招集されなかったんだ?」
酒の入った杯を片手に壮年の男は一人で憤りを隠しもせず声を荒げた。
身形は中々に上等だが、やはり地方の出だからか・・・・中央に比べると見劣りしてしまう。
いや、男自身も数多の群雄の中では見劣りしていると言わざるを得ない。
容姿等ではなく・・・・覇気が無いとでも言おうか?
この国だけでなく世界には数多の群雄が存在し、その中から選ばれた者が「英雄」と称される。
誰もが願い、そして手を伸ばし己の傍に引き寄せようとするが・・・・それが出来るのは極一部だけだ。
大抵は名すら残らないが、それでも名を残せる群雄は多い方だが・・・・名を残さない方が幸せという事も世の中にはある。
目の前で酒を煽る男など典型的とも言えるだろう。
運には強いが英雄と称される者には運だけでは・・・・足りない。
覇気、勇気、男気・・・・数え切れないほどの才が求められる中で運は、その内の一つでしかない。
つまり目の前の男は運こそ強いが残る才が足りな過ぎるのだ。
そう・・・・この益州を治める劉璋なる人物は。
「くそっ!!」
劉璋は憤りの声を上げるが、同時に何処か良かったとも思わずにはいられなかったのか小さく息を吐く。
「戦に招集されなかったのは悔しいが・・・・戦に出なかったから民草が傷付かずに済んだのだからな」
何より自分は戦下手だ。
「そんな事をすれば董卓から何と言われるか・・・・ははははは。我れながら情けないものだ」
劉璋は自嘲しながら酒を煽った。
憤りと安堵という全く持って違う感情に弄ばれながらも劉璋は・・・・やはりと思ってしまう。
「天の姫・・・・か。どのような方なのだろうな?」
この噂は劉璋も聞いていたのか・・・・酒の入った杯を静かに置いて、窓から見える空を見上げた。
彼の聞いた噂では天の姫は連合軍---ではなく、爪弾き状態だった義勇軍の陣に降り立ったらしい。
そこから彼の姫は義勇軍と共に暮らし、袁術を改心させ・・・・董卓に攫われたと言うが、その董卓は死んだ。
洛陽から長安に逃げたが、そこで養子である呂布の裏切りに遭い連合軍にも攻め込まれて死んだのである。
その上で親族も尽く皆殺しにされ死体まで焼かれると言う酷い仕打ちを受けたが・・・・それだけの事を彼の男はしたのだから自業自得とも言えるだろう。
ただし、そこからが問題だ。
『・・・・天の姫が2人も居るとはどういう事だ?』
これも噂で聞いた話だが最初に降り立った天の姫は偽者で、後から来たのが本物と言うが・・・・果たしてどうなのだろうか?
『天の姫にだって家族が居る事を考えれば姉妹や兄弟とも考えられる。それを我々---下界の人間が勝手に言い合っているだけではないのか?』
もし、そうであれば・・・・愚かな事である。
天の話は天の話であり、自分達が住む下界の人間が言える事ではない。
いや、そもそも・・・・・・・・
「他人が、他人の住家や人生に口や手を出す事自体が・・・・愚かな事だ」
今もそうだ。
「“五斗米道”が天の姫を狙っているのだからな」
劉璋は杯に酒を注ぎながら嘆息した。
この五斗米道とは、道術を学びたい者から五斗の米を貰う道教の教団の事で俗に「米賊」とも呼ばれており、ここ最近になって益州で活発に成り出した教団である。
教祖は自分の亡き父である劉焉に仕えていた「張魯」なる人物だ。
彼は劉焉に仕え続けて信頼を得てきたが・・・・家に出入りしていた時から独立思想は持っており、機会を窺っていた。
そして父である劉焉が死亡するや・・・・張魯は漢中郡で独立を果たし、漢寧郡と改称し今も勢力を伸ばさんとしている。
何せ今は乱世だ。
もはや漢王朝に治める力は無いから・・・・野心が剥き出しになってもおかしくない。
そんな荒れた世に天の姫は降り立ったのだから誰もが欲しくて仕方ないだろう。
張魯もそうだ。
奴は今以上に漢寧群---漢中郡で力を拡大させ、曹操に取り入るだろう。
彼の男は英雄と称されるだけの才を持っており張魯の神妙な態度にも関心を抱いており・・・・恐らく自分を売り込む機会を待っているに違いない。
ここに天の姫を手土産に持って行けば・・・・確実に将来は安泰と言える。
何せ益州にも魏の手は伸びており独立を保つ事は容易ではない。
選べる道は僅かだ。
1つ独立を貫く為に戦うか。
1つ手土産を手に擦り寄るか。
1つ今の状況を維持---怠惰に過ごすか。
劉璋は己の頭の中で考えた3つの選択肢を選んでみたが・・・・鼻で嗤った。
「私が選んだところで・・・・従う者など高が知れている」
そう、自分には人望が無い。
今の地位だって兄弟が相次いで亡くなったから継いだから所謂「棚から牡丹餅」みたいな感じだ。
そして益州は流刑地としても知られている為か・・・・粗暴が悪い民草や将兵が集まっている。
今もそうだ。
『ははははは!今日はツイているぜ!!』
『だよな?腹いっぱい飯が食えたし、酒も飲めたんだからよ!!』
『しかも無一文でな!!』
「・・・・また“東州兵”か」
劉璋は窓から聞こえてきた笑い声に嘆息する。
この東州兵とは荊州および三輔から流れて来た数万の者達で、黄巾の乱から董卓の時代---つまり本当に最近になって産声を上げた私兵団である。
劉璋の父であった劉焉は彼等を招き入れて益州に住まわせ私兵にし、それを劉璋が引き継いで今に至るのだが・・・・・・・・
声の通り彼等を劉璋は取り締まれていない。
それどころか政令にも欠ける所があり民草達が不平不満を口にする位だ。
つい先日も政令等を任せた趙韙が反乱を起こし、蜀郡・広漢・犍為の三郡も呼応し窮地に立たされたばかりである。
しかし、東州兵の奮戦で反乱は鎮圧できたが・・・・それが東州兵を強く取り締まれない原因にもなったのは皮肉だ。
これでは乱れるに任せるしかないが、それならそれで良いとも劉璋は思い始めている。
『私では・・・・益州を治め切れんからな』
自嘲して劉璋は酒を口運ぶが天の姫が来たら・・・・・・・・
一瞬だけ思った。
彼の姫が現れたら自分はどうする?
手に入れるか?
助けを求めるか?
追い返すのか?
誰かに渡すのか?
色々と思考が浮かぶも全て劉璋は放り投げた。
つまり考える事を放棄したのである。
というのも益州すら統治できぬ身で何を考えるのかと思ったからだが・・・・そういう所を狙ったかの如く動く者が居るのも事実だった。