番外編:天将の転機2
更新が遅れました!!
後数話ほど呂布などの話になると思います。
張遼は娘の名を聞いて憑き物でも落ちたような顔をする。
「どうかしら?私の名前は」
「・・・・とても良い、名前と思います」
娘の問い掛けに張遼は少し距離を置いて答えた。
すると娘は「ありがとう」と礼を述べて己が髪を梳く。
「この名前は亡き両親から与えられた物だから気に入っているのよ」
「そうですか・・・・・・・」
様子を見る限り本当に気に入っている、と張遼は理解し相槌を打つが娘は意地が悪かった。
「姉上の事は聞かないの?」
「・・・・・・・・・・・」
こんな自分より外見は年若い娘に心中を指摘されてしまい張遼は自嘲したくなったが、そこだけは悟られないようにしつつ頷いた。
「聞きたいです。敵を知れば百戦も危うしからず、と孫子も説いておりますからね」
「あら、あの学者を知っているとは流石ねぇ」
「武を嗜む者なら誰でも知っておりましょう。して今後は、どうなさるのですか?」
張遼は静かに名を教えられた娘に問う。
「名前を呼ばないの?」
教えたのに、と拗ねたように娘は言った。
「・・・・みだらに名は呼べません。第一貴女様は私の上官でもありませんので」
あくまで自分の上官は呂布その人である、と張遼は告げたが心中では本当に呂布に仕え続けて良いものか、と自問自答していた。
あの男は目先の利益に鼻は利くが、そこから先の事については・・・・・当てに出来ない。
董卓辺りなら先の事も考えていただろうが、生憎と呂布は董卓を裏切った故に戻れないのが痛かった。
『このまま果たして呂布に仕え続けて良いものか・・・・・・・・・・?』
張遼は心中で自問自答した。
だが、直ぐに迂闊だったと思う。
何せ直ぐ隣に居る娘なら・・・・・・自分如き男の心中など看破するに違いないのだから。
いや、時すでに遅かった。
「張遼・・・・・・・・」
娘が自分の名を呼び静かに「こっちへ」と手招きする。
嗚呼、行っては駄目だ。
駄目なのに・・・・・・・足は勝手に動いて娘と向き合う形で立ってしまった。
「呂布に仕え続ける事に疑問を感じているのは解るわ」
猫撫でした声で娘は言い、静かに続けた。
「あの男は目先の事しか考えていない。まぁ、私の力も与えたから今以上に強いわ。でも、ただ強いだけじゃ駄目。それは解るでしょ?」
軍を率いて戦に勝つのは悪くない所か良いが、あの男では政を行う事は出来まい。
やれたとしても破綻するのは眼に見えており決して仕え続けるのは・・・・・・良くない。
「ねぇ、私の部下にならない?」
もう一度、娘は甘い言葉を投げてきた。
「・・・・部下と言うよりは手駒の間違いではないのですか?」
張遼は皮肉気に言う事で従いそうになる己を叱咤する。
この娘にとって自分以外の存在は手駒でしかない。
それは民兵達の扱いを見れば一目瞭然で到底・・・・・心身を捧げる主人とは思えないし、下につきたくない。
「あら、中々に的を射ているわね」
娘は悪びれもせず微笑むが、それすら冷笑であるが実に美しくて張遼は見惚れてしまった。
「確かに、私にとって手駒という分類---カテゴリーはあるわ。でも、それは本当に使い捨ての者達だけよ」
「・・・・・という事は、あの民たちの事は使い捨てだったと認めるのですか」
疑問符を付けず問い質すように張遼は尋ねつつ一歩退こうとしたが・・・・・・娘の手が先に自分の手を掴んだ。
「えぇ、あの者達は使い捨てよ。だけど勘違いしないでね?」
勘違い?
「私は使い捨ての駒と、ずっと使う者---臣下を分類しているだけの事よ。貴方達だって優秀な人材を生かす為なら多少の犠牲は仕方ない、と割り切るでしょ?」
「・・・・・・・・」
これは武将として多くの戦場を駆けた者なら耳が痛い言葉だろう、と張遼は思わずにはいられなかった。
戦場は誰が死ぬか分からないが、優秀な人材は生かしたいと思われる。
逆に吐いて捨てるような人材は・・・・・その手の人材を生かす為に死んでもらう。
もっと耳に良く聞こえる言い方をするなら「尊い犠牲」だ。
娘も自分と同じように分類している過ぎない・・・・・・・
と、張遼は思い知らされた。
「話を戻すと私にとって姉上を倒す為なら手駒が幾ら死んでも構わないわ。それだけ姉上は強いんだもの」
でも、ただ手駒が多ければ良い訳じゃない。
「私の傍に居て軍を率い、そして助けてくれる優秀な人物が必要なの」
差し詰め呂布は切り込み隊長辺りが妥当だが、それではない人材が欲しい。
「貴方は軍師としても使えるし呂布以上に兵達を纏めて率いる事も出来る。そう私も姉上も見ているわ」
「・・・・買い被りです。私は何度も主人を変えた者ですよ?」
最初は丁原に、次は何進、次は呂布、そして董卓・・・・・・・
どの人物も呂布絡みで不幸な眼に遭っている。
「なし崩し的に従い続けましたが、それでも私は主人を不幸にする疫病神みたいな存在です」
「そうかしら?私から言わせれば呂布如きの本性を看破できず寝首を掻かれた愚か者と見るわ」
少なくとも劉備、曹操、孫堅辺りは呂布を強いと認識しながらも・・・・・疑うだろう。
「まぁ、劉備に関しては些か甘ちゃんだけど。でも、貴方は呂布に仕えただけ。そして呂布がやった事に負い目を感じる必要なんてないわ」
そういう風な所---自分の不始末じゃないのに責める辺りは清廉な感じで好きだ、と娘は言う。
「だから・・・・・私に仕えない?悪いようにはしないわ」
「・・・・暫し時間を下さい」
「いいえ、今この場で決めて。私は貴方が欲しいの」
もう一人も欲しいけど、と娘は小声で言った。
「・・・・私以外の者も眼を掛けているのですか?」
この言葉に張遼はギラリ、と眼を光らせた。
「嗚呼、ごめんなさい。いえ、私の癖なの。眼を掛けている者に声を掛けて駄目なら他の者を、という事は」
申し訳なさそうに言うが、あくまで建前なのは一目瞭然だった。
それが武将としての誇りを張遼は傷つけられたのか、娘の前に跪いてみせる。
「この張遼、貴女様の部下となりましょう」
自ら退こうとしたが、たった一言が張遼に膝をつかせた。
恐らく娘が眼を掛けていた人物は呂布に重宝されている“高順”辺りだろう。
あの男は呂布に仕えた年数は自分より上であり敵陣を必ず落とす事から“陥陣営”という渾名も所持しており呂布の信頼も高い。
しかし、呂布の信頼も厚いが報われる事は・・・・・どちらかと言えば少ない。
にも拘らず彼は呂布に仕え続けているから・・・・・この娘は狙っているが、先に自分を取ろうと考えた。
それは自分の方が高順より出来るから、と張遼は思った。
高順は先輩であり異名に恥じぬ強さを持っており尊敬もしているが、同時に何時の日か超えたいと考えていた。
今を逃せば何時になるか分からない。
この点も娘は恐らく察して言ったのだろう。
と冷静に張遼は捉えたが直ぐに顔を上げた。
「我が新たな主人・・・・・この身は貴女様の為に捧げましょう」
どうか我が忠誠を・・・・・・・・
「えぇ、受け取るわ。今日より貴方は私の臣下。役職は後で考えるけど、貴方はこれからも伸びるから頑張りなさい」
「ハッ・・・・・・」
張遼は顔を下げたまま頷く。
ここで新たな主人となった娘は徐に右手を差し出した。
「では、永遠の忠誠と絶対の忠誠を捧げる証として・・・・・・・剣を差し出しなさい」
言われるままに張遼は剣を差し出す。
それを娘は受け取ると静かに刃を水平にして張遼の肩に落とす。
「張遼、汝は我の為に剣を取り敵を討ち滅ぼすか?」
「はい、誓います」
迷わず張遼は頷いた。
「では、今より剣を差し出す。それを鞘に納め我が右の甲に口付けを落とせ」
張遼に剣は返された。
それを張遼は鞘に納め、娘の差し出した右手を恭しく取ると・・・・・静かに口付けを落とす。
「これで貴方は私の臣下よ、文遠」
「ハッ・・・・・宜しく御願いします。我が主---セレスティア様」
張遼は静かに顔を上げて新たな主人となった娘の名を呼んだ。