第六十二幕:命じられた言葉とは・・・・・・・・
更新が遅れました!
後一話で長安編は終わります!!
燃え盛る長安という名の都。
その都の中にある城の最奥部では・・・・・・一組の男女が向き合う形で対峙していた。
いや、向き合う形で対峙ではない。
男が女に跪く形で、男が女を見上げていたのだ。
どちらも武器を所持していたが、男の剣は真ん中辺りで折れたばかりか、それを男は手放している。
その上で身体からは熱くて赤い血を滴らせているから・・・・・・もはや勝負あった、と言える状態だった。
男の年齢は壮年で、厳つい顔に剛毛の黒髪に力強い黒い瞳は如何にも強かさを持ち合わせた武将だ。
対照的に女は可憐な顔立ちで、それに似合わない鎧兜に身を包んで男を見下ろしている。
「さぁ、殺せ」
と、男は血の気が無くなり掛けている顔で女---20になったばかり位の娘に言った。
「・・・・・・」
しかし、娘は無言で男を見下ろし続ける。
「・・・わしを殺せ。そうすれば、そなたの勝ちだ」
男は追い打ちを掛けるように娘に言うが、当の娘は無言で男を見下ろしたままだ。
猛々しい鎧兜で身を包んだ娘は、その格好に似合わない・・・・・憐れみとも悲しみとも取れる月色の瞳で男を見下ろし続ける。
「・・・・・・そなたは、織星夜姫か?」
男は娘の月色の双眸を見て確認するように尋ねた。
先ほど自分と舞と言う名の戦いをしていた娘だが、その時と今とでは・・・・・・双眸に力が込められていなかった。
さっきは何処か剣呑で戦いを楽しむ雰囲気さえあったが、今の娘が宿す月色の瞳には感じられない。
まるで別人だが・・・・・男は理解できた。
嗚呼、今の娘は自分が触れたくても触れられない、それでいて傍に置きたいと切に願う織星夜姫という娘だと・・・・・・・・
「・・・そうです。先程までは前世の私でしたが」
と、娘こと織星夜姫は膝をついて血を流す男---董卓に告げた。
「そうか。まぁ良い。わしは十分に楽しんだ。もはや悔いは無い」
何より・・・・・・・・
「そなたという戦の名手にして、最高の舞姫に首を刎ねられるなら稀代の悪党---董卓と言う名にも拍が付く」
はははははははは・・・・・・・・・・
力なく董卓は笑い、夜姫に促すも・・・・・・・・・・
「貴方は殺しません。いえ・・・・・殺したくないんです」
夜姫は悲しそうに月色の瞳を細めて董卓に告げるが、それが董卓には解らなかった。
「何故だ?わしは敵だぞ。そなたを連合軍から攫い、洛陽から長安へ遷都し、民草にも悪さをしたばかりか帝を傀儡とし漢王朝を貶めた」
それを倒すのが連合軍の役目だろ、と董卓は言った。
「確かに、そうです。でも、私から言わせれば貴方の行動にだって筋道がある、と思いました」
「それで殺さないのか?馬鹿を言うな・・・・・わしを殺さずして、この戦は終わらんぞ」
総大将を討ち取ってこそ戦は終わる。
「わしを討てば長安は連合軍が占領し、わしのは以下は逃げる。これで勝ちであろう?」
何故に敵である自分を庇うような言動をする、と董卓は断じるが夜姫に・・・・庇われて内心では嬉しい気持ちがあった。
嗚呼、この娘は自分みたいな悪党にまで優しいのか・・・・・・・・・・
しかし、自分は負けたのだから潔く死にたいという気持ちで辛い事を言ったのだ。
「・・・確かに、そうです。でも、私には貴方を殺せない。そして・・・・・・これからの事も考えると貴方の力は必要なんです」
「これからの事・・・・・・?」
何を言いたいのか分からず董卓は問い掛けた。
「貴方は異民族との交流もあり、同時に畏敬の念も抱かれております。そして部下にも慕われており、兵法などもやっていますよね?」
「あぁ・・・・・今も交流ある異民族は居るし、わしの顔を覚えている者も居るだろう」
夜姫の問い掛けに董卓は頷いて・・・・・・察した。
「なるほど。わしの伝手などが欲しい訳か。察するに呂布などを誑かした・・・・・そなたの妹と戦う為か?」
「・・・それもあります。それは前世の私が言った事ですが、私自身としては貴方を唯の極悪非道な人物と断じれないし、人を傷つけるのが嫌いだから殺せないんです」
「甘いな・・・・・そなたの前世なら躊躇いなく降り掛かる火の粉は振り払い、邪魔立てするなら容赦なく討ち滅ぼしただろう。しかし、そなたは出来ない。そこが甘い」
「・・・・・解っています。でも、私だからこそ貴方を説得できる、と前世の私は考えたんです」
「・・・・・・・・・・」
董卓は夜姫をジッと見上げる形で見ていたが・・・・・・・逆に夜姫も董卓を真っ直ぐに見つめていた。
それを見る者は董卓の親族達だが、生憎と2人の間に割り込めるほど力は無い。
言うなれば観客だ。
観客が舞台に割って入るなど言語道断であり、舞台を汚す行為として受け止められる。
故に彼等は何も言わず、ただ固唾を飲んで見守っているのだろう・・・・・・・・・・・
そして董卓は夜姫の眼を見ていたが・・・・・・・こう思った。
『この娘は嘘を吐いていないな・・・・・・・・・』
純粋に人を傷つけたくない眼をしているが、自分の信念は決して曲げない強さも秘めている。
ある意味・・・・・前世の夜姫と似ているが、自分の色を持っているのだ。
この娘になら従っても良い、と董卓は思いつつ・・・・・・仮に従った後を考えてみた。
『恐らく連合軍は夜姫の命に従うだろう。しかし、全員が同じ考えとは思えんな。そして脱落した将も考えると・・・・・・・・・・不味いな』
仮に自分が生きている、と知られたら間違いなく夜姫は糾弾されて自分も殺される。
だが、それよりも厄介なのは夜姫自身の存在だろう。
天の姫ともなれば誰もが欲しがり・・・・天下を取ろうと考える。
特に洛陽で脱落した曹操などは自分を暗殺しようとしたし、狡知にも長けており・・・・・乱世の奸雄という名に恥じぬ野心家だ。
野心家ではあるが・・・・・あの男くらいの狡知を兼ね備えた英雄を時代は欲しているのも事実だ。
事実だが・・・・・・・・・・・
『あんな小僧に夜姫を・・・・・物にさせてはならん』
自分は論外だが、曹操も論外である。
夜姫は誰の手にも渡してはならない。
それは夜姫自身も考えている事だろう。
となれば・・・・・・・・・・・
『わしが必要とされているの頷けるな』
自分なら異民族にも伝手はあるから逃避行には困らないだろう。
そして兵法書などは一通りは学んでいるし、戦の腕だってある方だ。
「私を・・・・・助けてくれませんか?」
考え込む董卓に夜姫は静かに、しかし、本当に困っている口調で頼み込む。
嗚呼、こんな風に言われては・・・・・・・・・・
「そなたは傾国の美女だな」
え?
董卓の思わぬ言葉に夜姫は眼を丸くするが、そんな仕草すら董卓には輝いて見えたのか、眼を細めてみせる。
「良いだろう・・・・・・わしは負けた。故に勝者の意見に従おうではないか」
では、と夜姫は言おうとするが、その前に董卓が傷付いた身体を叱咤し改めて片膝をついて首を垂れた。
「我---董卓は、織星夜姫の臣下となる。そなたを傷つける者、或いは利用する者は全て・・・・・わしが討ち果たそう」
と、董卓は言うが自分の余りにも臭すぎる台詞に自嘲せずにはいられなかった。
『こんな台詞を自分が言うとは・・・・・わしも落ちたな』
娘と同じ位の年齢であろう娘に対して言うのだから無理もない。
しかし、それでも董卓は良かった。
ただ、後は・・・・・・・・・・
「そなたの言葉を待つ。さぁ、我に命じてくれ」
何なりと・・・・・・・
首を垂れて、片膝をついた状態---臣下の体勢を崩さず董卓が言えば夜姫は何かを決したような顔をした。
「では・・・・・貴方に命じます」
その命じた言葉とは・・・・・・・・