第六十幕:失われない闘志
更新が遅れました。
後数話---1話か、2話で長安編を終わらせる予定ですので後少し御付き合い下さい。
ガピーン!!
長安の城の中にある奥部屋から金属が宙を舞う音が聞こえてきた。
それに反董卓軍も董卓軍も一斉に視線を向ける。
勝負あり、か?
「どうやら・・・・・董卓の剣が折れたようだな」
ここで銀と黒の2色を織り交ぜた独特の鎧を着る偉丈夫---項羽が眼を細めた。
「だろうな?しかし、剣が折れた位で董卓が負けを認めるかよ」
と、項羽の言葉に返事をしたのは茶化したような雰囲気を醸し出す道化だった。
「確かに・・・・剣が折れても腕がある。腕が無くても口がある。要は闘志さえあれば問題ない」
それは戦う者が・・・・・・僅か一握りの者だけが最後まで絶やさず燃やす感情である。
「・・・・それを殿は持っている訳か」
項羽と道化の言葉に一人の男が声を掛けた。
年齢は壮年で、如何にも武将という風格を持ち合わせている。
董卓軍の将にして、片腕である呂布と、その敵同士とも言える犬猿の仲である湖しんの仲を取り持つ華雄だった。
「おう、そうだぜ。嬉しいかい?」
道化は華雄に問い掛けて、華雄は「あぁ」と頷いた。
「闘志は誰もが持つ物だが、それを最後まで持ち続けられる者は・・・・・限られている。戦場に出れば誰もが剥き出しにするものだが、それと闘志は違うからな」
戦場に出れば生か死の2通りしかない。
そして誰もが生を欲するからこそ剥き出しで殺し合いをするが、そこには闘志が無い。
あるのは生きたいと欲する人間の強い本能である。
故に闘志ではない。
「董卓様・・・・・・・・・」
華雄を含めた董卓軍の者達は黙って奥の部屋を覗くが、その硬く閉じられた扉の中は見えない。
「女みたいに感傷的になるなよ。姫さんなんて感傷という言葉は嫌いなんだぜ?」
道化は茶化したように言うが、華雄は「それは違う」と反論した。
「あの方は酷く感傷的だ。人情や義理で流される訳でもない。しかし、あの方は時節ながらも悲しむし、儚く笑う。故に感傷的だ。そして・・・・・それは両親から愛されず、自分で・・・・・・・・」
「おっと最後まで言うのは禁句だぜ?」
華雄の喉に鋭い切っ先が当てられて、道化は先程の言葉とは裏腹に・・・・酷く背筋が凍るような声と眼を宿していた。
董卓軍の者達は眼を見開いた。
何時の間に剣を抜いたのだ・・・・・・・?
全く見えなかった。
同時に道化の眼が・・・・・人間離れした力を発揮しており、指一本も微動だに動かせない。
故に助ける事も出来ない訳だが、華雄は酷く冷静だったのが興味深い。
「あんたは賢い。だから、解るだろ?」
女の傷を抉る真似なんて・・・・・・・・
「男のする事じゃない。それとも呂布みたいな餓鬼に成り下がりたいのか?」
あの男は夜姫という女の傷を抉ったばかりか、そこに塩と辛子を塗るという男として最低の行為をした。
そんな男に成り下がりたいのか?
「・・・・・御免だ。ただ、あの娘の知りたくもない過去を知った故に向こうから勝手に話した」
と、華雄は言い切っ先を手で静かに退けた。
「なるほどな。だが、人なんだから仕方ねぇんじゃないのか?」
知りたがり屋の教えたがり屋が人間の性だ。
「だから、あんたは知らないように心掛けたが結局は・・・・知りたくて知ったんだろ?」
「その通りだ。お陰で知りたくもない真実を知り、こうして嫌な思いをしている」
華雄の言葉に項羽を始めとした者達---即ち生前は人間だった者達は沈黙する。
彼等にも似たような経験がある故に華雄の気持ちが理解できたのだろう。
「嫌な思い、ね・・・・そいつは姫さんに言えよ。お前さんの事は少なからず買っている、と思うからな」
「どうだかな?私は董卓様の手足だ。何より文秀の如く前世が凄い訳じゃない」
「こいつは例外だよ。それに前世が凄かったか、なんて誰も知らねぇ。問題なのは今の自分が、だ」
道化は剣を鞘に納めながら言い、奥の部屋を見た。
「恐らく董卓も同じ事を言うだろうぜ。だからこそ、ああして剣が折れても・・・・姫さんと舞う事を止めないのさ」
董卓という一人の人間として・・・・・・あの気高くて、それでいて儚い女と少しでも良いから舞いたい。
それは恋心とかではない。
純粋と狂気が入り乱れた気持ちから来ている。
「狂気と一途は紙一重、と言うが・・・・・闘志に関しても・・・・・・その通りかもしれないな」
と、華雄は意味あり気な言葉を言い、道化に倣う如く奥の部屋を見た。
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董卓は己の折れた剣を見た。
刀身の半分くらいが折れている。
『所詮・・・・わしでは天上を脅かす大悪党にはなれなんだか』
これこそ自分の限界を示している、と董卓は思わずにはいられなかったが・・・・・・・
「まだ終わらんぞ!!」
と、叫んで折れた剣を握り夜姫に挑む。
「あらあら、情熱的な事ね・・・・・・」
夜姫は笑みを浮かべながら董卓の攻撃を凌ぐが・・・・・どちらかと言えば既に勝負は見えた、と言って良いだろう。
何せ董卓は剣が折れた。
これだけでも攻撃力は半減したのである。
しかし、それでも董卓の闘志は劣る事が無い。
いや、寧ろ更に燃え上がっていた。
「どりゃあああ!!」
折れた剣で董卓は平突きを繰り出すと同時に拳を繰り出す。
「ふんっ」
夜姫は折れた剣を左手に持ち直した剣で捌き、右手で董卓が繰り出した拳を退けると足を絡ませた。
「ぬぅんっ!!」
これに董卓も足を絡ませて、その体格に似合わない巧みな動きで夜姫を転ばせる。
「もらった!!」
声を張り上げて董卓は剣を振り上げるも・・・・・夜姫の方が早く彼の頭部に蹴りを食らわした。
「ぐごっ・・・・・・」
まさか蹴りとは・・・・・・・・・・!!
心中で董卓は予想外だった攻撃を正面から受け止めてしまい後ろに仰け反る。
そして夜姫は軽やかに一回転してから立ち上がるが、そればかりか汚れを払い落とした。
「もう少し女には優しくするものでしょ?情熱的で好きだけど」
「なら・・・・・・良いではないか。やっと・・・・・わしは舞の熱気に盛り上がりを見せ始めた、と思うが?」
頭を金槌で殴られた気分になりながらも董卓は笑みを浮かべた。
「それは何よりだけど・・・・・・頭がシェイク状態で辛いでしょ?」
「しぇいく・・・・・・・?何を言っているのか知らんが、重い一撃だったからな」
フラフラしそうになる足を叱咤しながら董卓は言い返し、折れた剣を両手で握り締める。
『血も減ってきたし、眩暈もしてきたな・・・・・・しかし、これほど楽しい一時は無い』
生か死か・・・・・極端な選択しかないのだが、それが董卓は酷く楽しかった。
それは相手が触れたくても触れられない・・・・・織星夜姫、という娘だからだ。
しかし、楽しい時間ほど短い。
董卓の身体も限界を迎え始めたし・・・・・長安を包み込むであろう火の手も間近に近付いている。
「そろそろ・・・・・名残惜しいが、終わらせるか」
「えぇ、そうね。でも、安心して。私の物になれば長い時間があるから」
と、夜姫は言い左手に持った2尺6寸(78cm)の大刀を構える。
「ふっ・・・・・わしの人生は“太く短く”生きるが信条だ!!」
ダッ、と董卓は床を蹴り夜姫に突進した。
そこに策などは無い。
ただ・・・・・・・最後の一撃に全てを賭けるだけだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
思い切り振り上げた剣を董卓は振り下ろすが、彼の剣と夜姫の剣の長さを測れば・・・・・この時点で勝負は見えている。
現に夜姫の剣は・・・・・董卓の心臓を貫こうと水平に・・・・・・・・・・・・・・・・・・




