第五十二幕:獣の如く・・・・・・・・
もう暫く文秀VS呂布の話になります。
燃え盛る長安の城下町とは対照的に・・・・・城は燃えておらず静かだった。
しかし、内部は血の臭いがプンプンしており戦場だと分かる。
その中を進んで行くと・・・・・・刃が交じり合う音が聞こえてきた。
かなり奥の方だ。
奥の方を目指して行くと、2人の男が長柄武器を使い刃を交えているではないか。
「ぬぉりゃぁ!!」
唸り声を上げて男が両手で握った月牙と呼ばれる三日月状の刃を片方に付けた長柄武器---奉天戟牙を操り、戦っている男に向けて振り下ろす。
柄の長さは2間半(4.5m)程で、かなり長くて“しなって”いた。
ブンッ、と男は奉天戟牙を振い、対峙していた男は身を引くが・・・・・・・・・・
空を切り裂いて鋭い白刃が前に出る。
2尺(60cm)もある穂先だった。
その穂先は月牙の部分を撫でて・・・・・・男の心臓部を貫かんとした。
「ちぃっ!!」
男は舌打ちすると、柄を走らせて槍を弾こうと試みるが・・・・・その穂先は弾かれず突き進む。
「ぬぉっ!!」
飛鳥の如く男は跳躍して退けようとした。
後ろに引けば突かれるが、跳躍すれば避けられると考えたのだろう。
だが、その考えは甘い。
ビュン、と別の白刃が空を切り裂いて男の胴を払う。
「ぐぅっ」
宙に跳躍した男は僅かに呻きながらも奉天戟牙の柄で白刃を退けて後方に飛ぶ。
「・・・・・・・・・」
胴を薙がれた男は左手を胴にやる。
生温かい感触が左手を伝うが、まだ皮一枚だった。
つまり・・・・・骨肉までは切断されていない。
とは言え・・・・・男にとっては屈辱でしかない。
「貴様・・・・・よくも俺様に手傷を負わせたな」
ギリッ、と歯切りする音が薄暗い中庭と思われる場所に木霊する。
「その程度の手傷で怒るな。見苦しい」
と、手傷を負わせた方は冷静に言い返した。
やがて月明かりが薄暗い中庭を・・・・・・照らして、対峙している2人を照らし出す。
どちらも年齢は余り離れていないが、雰囲気は全く違う。
奉天戟牙、と呼ばれる長柄武器を持った男は全体的に赤っぽい鎧を纏っており、中々に野性味溢れた顔立ちをしているが、その顔は獣より劣る顔つきだった。
少なくとも獣なら本能的に悟れるが、男の場合は感情が先に出ているきらいがある。
対して大身槍と呼ばれる穂先が2尺(60cm)を越える槍を持った男の方も野性味があるも・・・・・・冷静に男を見つめていた。
「その程度の手傷など・・・・傷にも入らん」
男は大身槍を中段に構えたまま静かに告げた。
「貴様、たかが夜姫の臣下風情で俺様に意見する気か!!」
奉天戟牙を両手で握り、腰を落とした男が吠えるも大身槍を中段に構えた男は冷静に頷く。
「あぁ、するさ。貴様など・・・・・・私より劣るからな。そうであろう?姫様に袖にされた天将---呂布様」
大身槍を構えた男は静かに対峙する男の名を口にした。
「おのれぇ・・・・・・・・」
呂布の気が炎の如く燃え上がり、その身を包み込んだ。
『なるほど・・・・あれが、与えられた気、と言うヤツか』
左半身の中段に大身槍を構えた男---文秀は呂布の身体を包み込む紫色の何かを見て眼を細める。
これも前世の記憶だが、ああいう気は自分の持つ気ではない。
現に呂布の気は朱色で、真紅でも紫でもない。
しかし、今は真紅と紫だった。
あれこそ与えられた気にして・・・・・もっとも危険な気だ。
『・・・・・与えられた気は、力を増幅させるが副作用も強いか』
前世の自分は、その手の輩と戦った事があり・・・・・・かなり激戦となったが、その勝負は相手の自滅という形で幕を閉じた。
ならば、自分もそうだろうか?
否・・・・・・・
「貴様は、私の手で葬る。夜姫様を汚そうとした罰だ」
あの娘を汚すのは何人だろうと赦されない。
それを呂布は一度ならず二度、三度・・・・・いや、四度もやろうとしたのだ。
生かす価値など無い。
「我が新たな愛槍の錆になれ」
左半身の中段に大身槍を構えた文秀は静かに宣言した。
「ほざけ。逆に俺の奉天戟牙の錆にしてくれるわ!!」
呂布は痛みを堪える如く地を蹴ると、豪快に文秀の胴を薙ごうと試みる。
「ていっ!!」
ところが、文秀は右から左に半身となりつつ石突きで奉天戟牙を横に払い、大身槍の穂先を上段から振り下ろした。
「ぬぅぅ!!」
振り下ろされた大身槍を呂布は奉天戟牙の柄で受け止めるが、大身槍の平三角形の刃が軽く食い込んだ。
「このまま唐竹割に殺してやる」
グッ、と文秀は大身槍に力を込めて、身体全体で押した。
「くっ・・・・・ぐぐぐぐぐ・・・・・・・」
対して呂布も負けじと押し返す。
互いに力と力を出し合い、押したり押し返したりの攻防を繰り返すが・・・・・・ここで文秀が力を抜く。
そして穂先を奉天戟牙の柄から離した。
思わぬ行動に呂布は自然と前のめりになってしまい、そこを文秀は見逃さず石突きを足に絡ませて転倒させる。
「とあああああ!!」
素早く掌で柄を走らせた文秀は穂先を呂布の心臓に向けて・・・・・・突く。
「くっ!!」
呂布は文秀の方へ転がり、文秀も転倒させようとしたが文秀は軽く背後に飛ぶ事で退ける。
「ぬありゃああああ!!」
奉天戟牙を振い、呂布は文秀を牽制したが・・・・・直ぐに地を蹴り、一気に距離を縮めると右へ左へ攻撃を繰り出す。
先程よりも強く、そして速い。
「くっ・・・・・・・」
大身槍を手にして文秀は呂布の攻撃を巧みに捌くが、呂布は畳み掛ける攻撃を繰り返しては隙を与えない。
長柄は長ければ長いほど・・・・しなるが、同時に起こりも大きくなる。
ところが、呂布の攻撃は起こりが見えない。
それは与えられた気が関係しているのだ。
だが・・・・・それで良い。
この男を殺すのは他の誰でもない。
文秀という名を持つ自分自身だ。
しかし、わざわざ呂布は自分で与えられた気を盛大に使い、副作用を起こそうとしている。
ならば・・・・・その副作用が起こるまで待つべきだ。
と、文秀は心中で思いながら大身槍で奉天戟牙の攻撃を捌くが・・・・・・・・・
「居たぞ!偽者の臣下だ!殺せ!殺せ!!」
中庭に民兵達の声がすると同時に松明が至る所で上がり文秀を照らした。
「ちっ・・・・・・・」
飛来してきた矢の雨を避けつつ、文秀は呂布の攻撃を掻い潜り距離を取る。
そして再び飛来してきた矢を叩き落して、民兵達と合流した呂布を睨む。
民兵達は凡そ10数人で、手には死んだ兵達から奪い取った武器などを所持しており前に比べると武装は強化されている。
ただ、やはり構えなどが・・・・・・・・・
『この者達にも気を与えたのか』
民兵達の身体から放たれる気に文秀は眉を顰める。
気とは皆それぞれが持っており、その気を如何に増幅させたりするかも自分との戦いだ。
ところが、民兵達は自分達の力と勘違いしているような眼をしており・・・・・・・・・・・
「胸糞悪い・・・・・・・・」
文秀は静かに呟いた。
「あ?何か言ったか?偽者の臣下」
民兵の一人が文秀の呟きに問い掛けると、他の民兵達は天の姫に仕えた力だと勝手に説明を始めて文秀の気を・・・・・昂ぶらせて、神経を逆撫でした。
この者達は民兵に在らず・・・・・・・・
兵とは自分を鍛えて、それで武器を取り戦う者達であり断じて他人から与えられた気を自分の力と思わない。
「へへへへへ・・・・・・・さぁ、俺が殺して・・・・・・・・・・!?」
民兵の一人が剣を片手に前へ出たが、直ぐに首を宙へと舞わせる。
「貴様ら・・・・・覚悟しろ。私---俺は、てめぇらみたいな輩が一番嫌いだ!!」
ガルルルルルル!!
獣のような雄叫びを上げて文秀は夜空に舞い・・・・民兵達に襲い掛かった。