第五十一幕:臣下の宣言
長安の中にある城の長い廊下を一組の男女が走っていた。
女の方は20になったばかりだが、雰囲気は戦場慣れした感じである。
紫と銀という、この世の者ではない艶がある髪を靡かせて見た事もない鎧兜を纏った娘は右手に2尺6寸(78cm)の片刃で反りが浅い剣を握っていた。
人を斬ったのであろうか・・・・・・血と脂がこびり付いており、生々しい気が醸し出されているが後を追う男に比べれば可愛いものだろう。
娘の後を追う男は全身を血で染めており、柄まで赤く染めた櫓落としの柄に2尺(60cm)はある穂先を取り付けた大身槍を片手に持っているのだから。
娘の名は織星夜姫と言い、男の名は文秀と言う。
「さぁ、もう直ぐ貴方と会えるわよ。董卓」
夜姫は綺麗な音色とも言える声を出して、倒すべき敵である男の名を口にする。
「姫様、元我が殿を如何になさるのですか?」
文秀が走りながら自身が生前、仕えていた主人の事を尋ねた。
「私の臣下にするわ。そして彼の伝手---即ち異民族と交流を深めて彼らの力を借りるの」
「一体どういう事ですか?確かに彼等の騎馬戦術などは強大ですが、それが・・・・・・・・」
文秀は少し理解できないのか、再び問い返そうとしたが眼を鋭くさせて夜姫の前に行く。
「やっと見つけたぞ・・・・・・織星夜姫!!」
前方から男の激昂した声がした。
2人の前には一人の男が仁王立ちしており、手には三日月状の横刃---月牙が片方にだけ取り付けられており、先端は槍のようになっている武器---奉天戟牙を握っている。
飛将の通り名を持つ五原騎兵団の指揮官にして、董卓の元養子でもある呂布だ。
「あーら、誰かと思えば自惚れ屋さんじゃない。それから婚約者に捨てられた私の妹さんも」
と、夜姫は呂布の横から現れた女に月色の瞳を向ける。
呂布の横から現れた娘は金色と真紅を使った派手な鎧を纏い、赤い髪に水色の瞳を惜し気もなく晒していた。
腰には80cmほどのロング・ソードと70cmほどのショート・ソードを差して、左手には全長40cmの円形型の盾---カエトラを持っているが、本来なら革製の盾であるのだが、娘のカエトラは周りを金属で覆われており堅牢に仕上がっている
「・・・・・また会いましたね。姉上」
娘は地を這う如く夜姫を姉、と言い水色の双眸で睨む。
「いい加減に諦めなさい。貴女みたいな妹と戯れているほど私は暇じゃないの」
「私もです。早く貴女を八つ裂きにして・・・・・彼を奪い返したいのです」
「だから、出来ないと言っているでしょ?」
「いいえ。やります。そして貴女を殺します」
互いに刺々しい言葉を交えるが、文秀と呂布は無言で睨み合っていた。
『呂布、か・・・・・なるほど。確かに強いな。しかも、姫様の妹君の力が加っている』
文秀は呂布の身体から放たれる気に眼を細める。
「貴様が文秀か・・・・・ふんっ。夜姫に付き従う犬が」
呂布が文秀を侮蔑の眼差しで見て嘲笑う。
「私が犬なら貴様は盛りの付いた獣だ。我が姫君に愚かにも発情している、な」
「貴様・・・・・・・」
グッ、と呂布は奉天戟牙の柄を握り締める。
「・・・・・どうやら一度、ここ等辺で痛い思いをした方が良い感じね」
夜姫は真紅の髪を持つ妹に告げた。
「こっちの台詞です。今日こそ・・・・・貴女の息の根を止めます。その後で董卓を殺して、劉備、孫堅、袁術を葬ります。袁紹は曹操の事も考えて生かしますけど」
「相変わらず計算高いわね。でも、残念な事に・・・・・曹操は貴女と同格の男よ」
何に対して同格なのかは不明だが、真紅の髪を持つ女は姉である夜姫の言葉に眉を顰めた。
「・・・・・・・死になさい!!」
80cmのロング・ソードを鞘から抜くと、女は横一線に振った。
すると、白刃が・・・・・宙を飛翔して迫ってくるではないか!!
「小賢しい芸当ね」
静かに夜姫は笑うと、軽く跳躍して白刃を退けた。
しかし、それでは体の良い的である。
「馬鹿な姉・・・・・・・!?」
真紅の髪を持つ女は嘲笑い、再び白刃を繰り出そうとしたが遥か後方へと飛んだ。
何故なら自分が居た場所には・・・・・・夜姫が既に居り、白刃を振り下ろしていたからである。
「こっ・・・・・・ちぃっ!!」
すぐさま呂布が夜姫に攻撃しようとしたが、文秀が大身槍を繰り出して阻止された。
「貴様の相手は私だ。呂布」
「ほざくな!たかが名無しの武将風情が!!」
呂布は奉天戟牙を直ぐに振り、文秀を退けようとするが文秀は大身槍ごと自らの身体を前に出した。
要は体当たりをして呂布を廊下の外に出した訳である。
「ぐごっ!?」
思わぬ体当たりに呂布は外に出されたが、それでも踏ん張り文秀の大身槍と奉天戟牙の柄を噛み合わせる。
「少しはやるようだな・・・・・・しかし、俺の敵ではない!!」
渾身の力を込めて呂布が文秀を押す。
その刹那に呂布は左手を腰に提げた剣に走らせる。
一閃されたが・・・・・虚しく空を切っただけだった。
フワッと文秀は宙を舞い、身体と鎧に似合わない動きで着地してみせる。
「ほぉ・・・・貴様、夜姫の力を得たな?」
呂布の双眸が歪んで・・・・・・真紅の眼になった。
「貴様も、か。なるほど・・・・あの女に抱かれたな?」
大身槍を中段に構えた文秀は呂布の双眸を見て眼を細める。
あの眼は、夜姫の妹が与えた力の証だと文秀は本能---夜姫の臣下になった事で見えた。
「あぁ。しかし、抱かれたんじゃない。俺が抱いたのさ」
「愚かな・・・・・夜姫様を物にする、と公言しておきながら妹を抱くとは節操がないな」
同時に無意識に文秀は己が両手に力を込める。
この男は天下に名を知られた男だが、中身は下の下でしかないようだ。
何せ・・・・・・・
「あのような尻軽女に尻尾を振るのだからな」
文秀の脳内に前世の記憶が僅かに走った。
そこには前世の自分が居り、誰か見知らぬ男と会話をしていた。
『酷いもんだぜ・・・・俺が留守の間に他の男を、俺が買った寝台の中に引き摺り込んだんだ』
『女を見る眼が無かった、と思う他あるまい。我の場合も同じだが、そなたに比べれば悲惨すぎる』
と、前世の自分は相槌を打って自分の所業を自嘲する。
『そうか?それに今は姫さんの臣下だ』
『確かに。しかし・・・・・分かる。近い内に我は死ぬだろう。姫様を弄んで傷つけた報いだ』
『だろうな。だが、安心しな。ちゃんと姫さんは迎えに来るさ。あんな男漁り屋の妹とは違う』
そう言って酒を飲む時・・・・・脳裏から記憶は消えた。
しかし、文秀は構わない。
要は呂布に力を与えた馬鹿女---夜姫の妹の尻軽さを知れたのだから。
「何とでも言え。それに所詮あの女とは利害が一致したに過ぎん。俺が狙うは、あくまでも夜姫だ」
呂布は剣を鞘に戻すと、奉天戟牙を両手で持ち水平に構えて刃を背後にやった。
そして両足を撞木の如くに開くと、腰も極端なまでに落とす。
鎧を着て戦う時に恐いのは転倒してしまう事だ。
だから、それを出来る限り無くす為にああいう構えをしたのだろう。
眼は真剣で、先ほどの言葉とは裏腹に・・・・・文秀を本気で倒す気だ。
「ならば、私は貴様のように姫様に近付く糞共を一匹残らず・・・・・・我が愛槍で串刺しにしてやる」
と、文秀は宣言すると大身槍を中段に構えた。
互いに無言で相手の出方を窺いつつ・・・・・・・隙さえあれば直ぐに刃を構える気持ちでいる。
一時の刹那・・・・・・・・・・・・・2人は互いに動いて白刃---奉天戟牙と、大身槍を交えたのだった。




