第五十幕:天より上に在る物
更新が遅れてすいません。(´・ω・`)
落葉から長安へと遷都されて既に一月は経とうとしていたが、その長安は・・・・・・紅蓮の炎に包まれていた。
長安を紅蓮の炎に包み込んだのは、民兵と五原騎兵団経ちであるが、不思議と彼等の姿は何処にも見当たらない。
ただ、戦が起こったという事は血で染まった地面と、刃毀れした刀剣、槍、はては鍬や鎌などが証明していた。
しかし、面妖なのは死体が無い事だ。
大量の血と、刃毀れした武器に農具などはあるのに・・・・・・・
そして城壁が粉々に砕けたのは何だ?
明らかに人の力より更に強力な物で破壊された痕跡がある。
いや、待て・・・・・城壁の破片に何かが付着しているではないか。
その付着している物は・・・・・黒い毛と鱗だった。
恐らく衝突した事により取れたのだろうが・・・・・・黒い毛と鱗は、かなり大きい。
毛の方は犬類のもので、鱗の方は・・・・爬虫類か、両生類の物だろう。
こんな大きな毛と鱗を持つ生物が居るのか?
信じられない・・・・・・・・
しかし、どう考えても獣の毛と鱗だった。
意を決して崩れた城壁を潜り、長安の中に入れば何処もかしこも燃え盛り血の海と化しており阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
更に奥へ行けば・・・・・・兵達が槍などを手にして戦っているではないか。
片方は「袁」と書かれた軍旗を掲げており、もう片方は特に軍旗はない。
それどころか鎧さえ着てない兵士も多い。
彼等は明らかに戦慣れしていない様子だが、ひたすら前に突き進もうとしている点においては常兵を遙かに上回っていた。
「進め!進め!進め!早く行かないと、奴等に喰われるぞ!!」
一人の民兵らしき男が叫ぶ。
「ちくしょう!何で俺等だけ残されるんだよ!!」
一人が叫ぶと、残りの者達も我武者羅に剣、鍬、鎌などを振り回して泣き叫ぶ。
彼の者達は民兵だ。
董卓に虐げられてきて、洛陽から長安まで強制的に遷都に伴って連れて来られたが途中で反乱を起こしたが、敢えなく失敗に終わり・・・・・・・燃え盛る長安に居る。
ただ、この少し前にも彼等は反乱を起こした。
今回は首謀者が居て、その者こそ本当の天から降り立った姫君である。
彼の姫は自分達を助ける為に天から来て、自分達に蜂起を促して・・・・・・ここまで来たのだが、まさか、ここに来て置いてけぼりされるとは思いもしなかっただろう。
気が付いたら何時の間にか居なくなっており、背後に黒狼と蛇を一匹が居るだけだ。
しかし、その黒狼と蛇は至って普通の大きさであるが、民兵達にとっては恐怖の権化である。
何故なら・・・・・背後に居る2匹こそ城壁を崩して、自分達の仲間を喰い漁った獣たちなのだから。
傍から見れば信じられないが、民兵達の尋常ではない言動から察するに・・・・・・事実だろう。
そして彼の者達を迎え撃つのは実に統率が取れた正規軍だが、この時代の軍は常備兵ではなく徴兵もあるから皆が正規の軍人ないし武将ではない。
ところが、驚くべき事に統率が取れており民兵達を一歩たりとも寄せ付けないから大したものだ。
「それ!前へ!!」
「弓兵、矢を射よ!!」
2人の武将が兵達に命じる。
どちらも同じような色の鎧を纏っており、顔立ちなども似ている事から縁者だろうか?
彼等に命じられた2人は槍を前に突き進む兵と、矢を番えて射る兵に分かれたのだが実に見事な動きである。
槍兵に命じたのは天下に四世三公(四世代に渡り三公という役職を輩出したという意味)で名高い袁家の嫡男である袁術。
対して弓兵に命じるのは、妾の子なれど嫡男の袁術を差し置いて、袁家の当主になった袁本初---袁紹である。
つまり袁術と袁紹は腹違いの兄弟なのだ。
しかし、片や嫡男で、片や妾腹ながらも当主・・・・・・・・・
どちらも良い気持ちなど無い。
そこへ天から降り立った、とされている織星夜姫の存在で悪かった関係は最悪の一途を辿ったが、今は共同戦を行っている。
もっとも・・・・・・・・・・・・・
「夜姫様の下へ早く行くぞ!!」
「袁術に負けるな!!」
互いの兵たちに己の私情を呆れる程に伝えて命じる辺り・・・・・・今も仲は悪い。
ただ、同盟を結んでいる以上は共同戦を行わなくてはならないし、近衛兵の副団長の李広からも厳命されているのだ。
『そなた等2人で護れ。決して味方同士で争うでないぞ?もし、争えば・・・・・・・・・・』
冷酷な笑みを浮かべて血を吸った長柄武器---ハルバードをチラつかせて言ったから恐ろしい。
この李広だが前漢時代に活躍した元祖飛将の李広その人である。
ここで夜姫を護る近衛兵に付いて軽く触れよう。
先ず近衛兵団長が漢王朝初代皇帝だった劉邦と対決して敗れ去った西楚の覇王こと項羽だ。
副長が李広で、弟子に当たるカルタゴの将軍ハンニバル・バルカ、そのハンニバルを破った大スキピオが近衛兵だが、まだ恐らくは居るだろう。
まぁ、今は良い。
今は・・・・・・・・・・
『目の前の敵を一人残らず葬れ!姫様に仇なす者達は殺せ!!』
と、2人は声を合わせて兵達に命じた。
“おうおう、そういう過激な発言をする辺り血は繋がっているな”
ここで誰かの声がしたのだが、生憎と血塗られた戦場で皆の気は昂ぶっており聞こえていなかった。
“やれやれ・・・・・・これじゃあ閻象の言う通り先が思いやられるな”
声は小さく笑うが、次第に低くなり嘲りに変わった。
“くくくく・・・・・さぁ、皆殺しにされろよ?元婚約者に煽られた民兵達。お前らは自分達の意思で殻を破った。そこは褒めてやる。しかし・・・・・・・・・・相手が悪かったな?”
もし、これが人間で、漢王朝などなら崩壊させる事が出来ただろう。
既に黄巾の乱が起こり、漢王朝に鎮圧する力が無かったから・・・・・・後は民兵達が独立した政権でも立てれただろう。
もっとも・・・・・・そこから如何に周りを護りつつ、勢力を伸ばすかは別問題だ。
しかし、声の言う通り相手が悪すぎた。
“俺らの姫さんが相手じゃ勝てる見込みなんて無い。そして運命は決まったんだからな”
彼らの運命は燃え盛る長安に己が死体を無様に晒して、その屍を野犬と鴉に啄ばまれる運命だ。
そして身代わりとなる。
“お前らには、身代わりになってもらうぞ。董卓達のな”
声の主、そして近衛兵達、更に連合軍が仕える織星夜姫は董卓を欲している。
あの男の伝手は、夜姫の睨む通り使う日が必ず来るだろう。
何せ声の元婚約者にして、夜姫の妹である真紅の髪を持つ女は・・・・・・・次の手を既に考えている。
ただ、せめて最後まで夜姫の邪魔をせんとしているのだ。
この長安では・・・・・・・・・・
“最初は始末する気だったろうが、姫さんの思わぬ反撃に内心では歯切りして悔しがっているだろうが、そこから直ぐに次の手を考えている辺りは上手いんだけどなぁ・・・・・・・甘いんだよ”
ここで始末する気ならば、持ち合わせている全兵力を出してしまえば良い。
それをしないで、小細工しかやらないから・・・・・・自ら夜姫を追う羽目になるのだ。
甚だ愚かで情けないが、精々・・・・・・足掻くが良い。
“足掻けば足掻くほど・・・・・姫さんは強くなる。まぁ、近い内に一度は帰るだろうな”
今の織星夜姫が居た世界に・・・・・・・それは声の主が仕組んだ事である。
“俺なりに考えた姫さんの転生祝いだ。そして長安崩壊などは・・・・・・あんたに対する贈り物だ。有り難く受け取ってくれよ?元婚約者様にして、天しか治められない憐れな姫様”
声から察するに夜姫の妹---真紅の女は、天しか治められないのか?
しかし、天こそ最上の筈だ。
それより上に在る物は・・・・・・・・・・・