第四十八幕:真の恐怖が来た
燃え盛る長安の中を幾万という騎馬と兵達が入れ乱れるように走り回っていた。
しかし、一団---正確に言えば鏃のように陣を構えた軍だけは、城を目指しており後は見向きもしない。
彼の軍団こそ董卓を打倒せんと結成された董卓連合軍である。
その軍の先陣を切るのは20歳になった位の娘---織星夜姫で、傍らを己が足で走るのは近衛兵に任命されたばかりの文秀だ。
「城に入ったら直ぐに周りを囲みなさい。そして壁などを背に敵を倒すのよ?」
『御意!!』
夜姫に付き従う者達は命令に力強く頷いて進むが・・・・・・・・左右から矢の雨が襲い掛かり、そして前方に騎馬兵が現れた事で進軍は止められた。
「ぬぅぅぅぅぅぅん!!」
文秀は2間半はあるであろう柄に、2尺はある穂先を取り付けた大身槍を振るい夜姫に襲い掛かる矢を全て弾き落とす。
「進めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
前方に居た武将---先回りした呂布が奉天戟牙を振るい命じると、前方から五原騎兵団が突撃してきた。
「ハンニバル、スキピオ」
『ここに』
夜姫が名を呼ぶと、左右から初老の男二人が現れた。
右側の馬に乗り隻眼である男がハンニバルで、左の馬に乗った男がスキピオと言い、どちらも夜姫の臣下にして弟子に当たる。
「ここは貴方達に任せるわ。こんな奴らを相手にしている時間が惜しいの」
夜姫は血を吸ったハルバードを右手一本で持ちながら二人に命じた。
『御意』
ハンニバルとスキピオは夜姫の言葉に頷くと、直ぐに連合軍の歩兵達の側面を護るように配置していたヌミディア騎兵に命令を出して五原騎兵団に向かわせる。
・・・・・・と思いきや、彼らは別方向へと行き矢を射ていた敵兵を攻撃したのだ。
「うふふふふ・・・・・先ずは側面から突き崩す。兵法の基本よね?」
と夜姫は笑みを浮かべながら長柄を振り上げようとした敵を・・・・・・ハルバードで軽々と馬ごと薙ぎ倒した。
そして文秀は残りを薙ぎ払い、道を作り上げて・・・・・・そこに鏃の陣形で突撃して道を広げる。
後は、そのまま突っ走れば城に入れる感じだったが、ここにきて呂布は諦めなかった。
「逃がすな!ここで逃がせば、我らの名は汚名一色だぞ!!」
と、彼が叫べば兵達は奮い立つように・・・・・・
五原騎兵団は馬の腹を蹴り、速度を上げて距離を詰める。
しかし、ヌミディア騎兵と歩兵が前に現れた。
鎧兜、袖、佩楯、脛当、籠手などで身を固めて長い槍と身体を覆い隠せる程の巨大な盾、そして70cmほどの長さに先反りの剣を装備している。
『皆の者!姫様の背中を護るぞ!!』
隻眼の初老武将---ハンニバル・バルカと、初老武将---大スキピオはヌミディア騎兵と“重装歩兵”を指揮して連合軍を護るように立った。
「ファランクス!!」
大スキピオが重装歩兵に命令を放つと、重装歩兵は100人前後で密集して陣を構成する。
そして長い槍を突き出して、盾で全体を護った。
これを見て五原騎兵団は直ぐに左右へと回り、側面を攻撃しようと試みる。
ファランクスは正面から攻撃すれば痛いが、側面などを回り込んでしまえば良い。
しかし、ヌミディア騎兵は側面に回されており、五原騎兵団の思惑は読まれていた。
ところが五原騎兵団は迷わずヌミディア騎兵と戦いを始める。
まるで自分達の汚名を払拭しよう、という感じだが果たして・・・・・・それだけか?
「進めぇ!進めぇ!!」
呂布は甲高い声で叫び、奉天戟牙を誰を斬る訳でもないのに振り回す。
その前では、五原騎兵団はヌミディア騎兵団と互いに死角に入らんと回り合い、そして手綱を切ろうとしていた。
馬上戦では先ず将を馬から引き摺り落とす事が極みだ。
“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”
という言葉もある。
先ずは馬の手綱などを切り、相手を馬から落とすのが肝心である。
もしくは擦れ違い様に手綱を切り、そして相手の胴を払うか。
果ては鎧の隙間を狙うか、だ。
「ぎゃああ!!」
五原騎兵団の一人がヌミディア騎兵に討たれた。
ヌミディア騎兵が相手の左側に入り、手綱を切った上で両小手を切り落としたのである。
宙を舞う両腕とは対照に五原騎兵団の者は馬から転落して、悲鳴を上げながら血を流す両手を庇うように抱いた。
しかし、ふと顔を上げた瞬間には・・・・・・別のヌミディア騎兵により首をスパッと切られて宙を舞わせた。
「うぬっ!!」
呂布は赤兎馬の腹を蹴り、自身もヌミディア騎兵に戦いを挑んだ。
「でぇぇぇぇぇぇい!!」
右手だけで奉天戟牙を振るった呂布は、3尺はあろう反りが深い剣を握ったヌミディア騎兵を叩き付けるように斬った。
「!!」
悲鳴も上げられずヌミディア騎兵は馬ごと地面に押さえ付けられるように・・・・消えてしまった。
「!?」
今度は呂布が驚いた。
死んだのか?
いや、死んだのなら血飛沫なりが出る筈なのに消えるなど・・・・・・・・・
「ぬおおおりゃああああああ!!」
呂布は考える事を止めて手当たり次第にヌミディア騎兵を奉天戟牙で食った。
馬ごとヌミディア騎兵を食うが、全員が消えてしまうだけで手応えが余り感じられない。
呂布の奮闘に刺激されたのか、五原騎兵団が押し返し始めた。
それを見てヌミディア騎兵が後退するが、その背後には重装歩兵が控えている。
側面を攻撃すれば容易いが、そうなると逆にヌミディア騎兵に背後を取られる危険性があった。
とは言え・・・・・・こんな所で無駄な時間を浪費していては駄目だ。
『早く行かないと、織星夜姫を親父---董卓に奪われてしまう!!』
あの女は自分の女だ。
断じて董卓の女ではない。
それが呂布を焦らせたが、武将として焦らず攻めるしかないという気持ちもあった。
この敵は一筋縄では倒せない。
焦らずに攻めて行き、突き崩していくしかないのだ。
そんな所に・・・・・・・・・
「呂布様、味方と民兵が来ました!!」
部下が呂布に幸運の言葉を投げてきた。
「おお、来たか!!」
呂布は援軍が来るであろう方角に眼をやる。
確かに真紅の髪を振り乱して、馬を走らせる娘を先頭に騎馬と徒歩で進む軍勢が近付いて来ていた。
『これなら勝てる。前方と側面から攻撃すれば、敵を押しやれるからな。そうすれば、背後から連合軍に攻撃できるぞ!!』
勝利を確信した呂布だが、長安の前城門が大きな音を立て打ち壊された事に眼を見張る。
あの音を立てながら壊れた扉は・・・・・・・・・
いや、扉だけではない。
城壁も壊されて、さらには燃え盛る民家なども一緒に壊れたではないか!?
嗚呼・・・・・・・・・
呂布は赤兎馬が震えた事に気付いたが、自分も震えている事に気付いた。
こんな震えは生まれて初めて味わう真の恐怖から来ている。
その恐怖を与えるのは・・・・・・・・・・
狼と蛇だ。
しかし、ただの狼と蛇ではない。
狼は漆黒の毛を惜し気もなく晒しているが、その巨体は月を覆わんとしている。
対して蛇は鈍い色を放つ鱗で辺りを照らしては、縦の双眸で獲物を探していた。
狼の名はフェンリル。
蛇の名はヨルムンガルド。
呂布が欲しいと願う織星夜姫の飼う獣だ。
先程まで民兵達を食い漁っていたが、とうとう・・・・・・自分達に狙いを定めたのだ。
「・・・・・皆の者、敵は倒さなくても良い。一刻も早く中に逃げるぞ!!」
恐怖を押し殺すように呂布が言えば、五原騎兵団の者達は頷いて怯える馬を強制的に操りながら城の中へと入ろうとする。
それは民兵も同じ事だが・・・・・・二匹の獣は、更に早く、そして荒々しく呂布達に狙いを定めたのか・・・・・・動いた。