第四十六幕:自ら虎穴に入る
万単位の民兵団は、真っ直ぐに矢の如く陣を敷いた敵軍---連合軍を迎え撃とうと、各々の武器を構える。
「皆の者!気を引き締めろ!!」
馬上の者が剣を握り、部下となっている者達に命じる。
しかし、突如として上を見上げた。
何かが・・・・・上から降ってくる。
矢か?
いや、違う。
あれは・・・・・・人だ。
グワァァァァァァァウ!!
獣みたいな唸り声を上げて、空から降ってきた者は何かを背中にやり大きく振り下ろした。
『ぐぎゃ!?』
十何人の民兵が縦に胴体を分かれさせて、血飛沫を上げて左右に倒れる。
そして上から攻撃した者は地響きを立て着地するや・・・・・力任せに横に薙いで民兵を小枝の如く倒した。
空から降ってきたのは人だった。
手に持っているのは2間半(4.5m)はあるであろう柄に2尺(60cm)はあるであろう大身槍だ。
「敵だ!殺せ!殺せ!!」
馬上の者は剣を振り下ろして、民兵に命じるが男は大身槍を振るい寄せ付けない。
「我が名は文秀!織星夜姫様に使える近衛兵なり!我と思わん者は掛かって参れ!!」
「何を小癪な!者共!そいつは・・・・・・・・・」
「こいつ、董卓の手下だった奴だ!!」
一人の民兵が文秀を見るなり口荒く言い、それを聞いた民兵達が殺気立つ。
彼の者達から言わせれば、董卓は憎んでも憎み切れない相手だ。
そんな男の部下なら怨まれて当然であろう。
しかし、それを文秀は理解した上で単身で乗り込んだのだ。
「死・・・・・ぐぎゃ!?」
民兵の一人が鍬を手に振り上げようとしたが、文秀は素早く身を振り・・・・・・大身槍で民兵を股間から切り上げた。
見事に民兵は縦に身体を引き裂かれて、血飛沫と内蔵を撒き散らして倒れる。
「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」
文秀は大身槍を横に振り、2間半の柄と2尺もある穂先を使い10人以上は居たであろう敵を一気に薙ぎ倒す。
「この野郎!!」
ところが、民兵の一人---ガタイが良い男が文秀の大身槍を掴んで、力尽くで奪い取ろうとした。
そこを狙い複数の民兵が襲い掛かる。
「ぬぅん!!」
文秀は気合いを込めた声を出して、大身槍を大きく前に突き出す。
すると奪い取ろうとした民兵は槍に押される形で仲間を巻き込んで後ろに仰け反る。
そして武器が両手から離れたが、まだ腰にはある。
「死・・・・・がっ!?」
「おごっ!?」
「へぶっ!?」
瞬く間に民兵は首を刎ねられたり、胴を薙がれたり、股間を切り上げれて絶命した。
文秀の手には3尺5寸(106.5cm)もの大刀と、2尺1寸(63cm)の片手打ち剣を握っていた。
3尺5寸の長刀は浅い中反りで、2尺1寸の片手打ち剣は先反りだった。
二刀を手にした文秀は、左右の敵を斬りながら大身槍の所まで駆ける。
ただ、民兵を即死させている訳じゃない。
むしろ手足などを狙い、戦闘不能に追い遣っていた。
このような戦場では即死させるように戦闘不能に追い込むのが良い。
一騎当千とは、この男の為にあるような言葉と言えるだろう働きをして、文秀は大身槍を自分の手に取り戻す。
そうなると、民兵達は二の足を踏んだ。
「ええい!何をしている?早く殺せ!!」
と馬上の男は叫ぶが、眼は別の方角---前を見ていた。
前方からは馬の蹄音が頻りに聞こえてきて・・・・・・もう間近である。
先陣を務めるのは本当の天の姫の偽者だ。
それに続いて連合軍の兵が続く。
しかも、何時の間にか騎兵まで居て、こちらの味方である五原騎兵団は後退しているではないか。
『このままでは負けてしまう!!』
男は自分の未来---負けた時を想像して顔面を蒼白させる。
負ければ・・・・・殺されるだろう。
それこそ想像を絶する拷問染みた殺され方をされるかもしれない。
本当の天の姫は、こう自分に言った。
『あの女は、貴方を捕えたら想像を絶する方法で殺すわよ』
裏切り者、逆らった者などに関しては情け容赦しない、と言った。
「み、皆の者!怯むな!彼奴等を殺すのだ!殺せ!こ・・・・・・な、何だ、あれは!?」
男は目の前に出て来た二匹の獣を見て悲鳴に近い声を上げる。
それは民兵たちも一緒だったが、何人かは見覚えがあるのか・・・・・・・震える声で言った。
「あ、あれって・・・・・・・・」
「あの時の大蛇、だ」
「こ、こ、この世の全てを飲み干す大蛇・・・・・・・・・」
『ヨルムンガルド!?』
連合軍の前には城壁のように太くて大きな大蛇が鎌首を擡げて巨大な口を開ける。
シャー!!
巨大な口から出て来た赤くてV字型に割れた舌が民達に向けられた。
だが、そのヨルムンガルドという大蛇の横には、これまた城壁のように大きな身体をした漆黒の狼が居て、こちらを見て舌舐めずりをする。
彼の獣二匹にとっては・・・・・・自分達は餌だ、と思い知らされたのか民兵たちは顔を蒼褪めさせた。
しかし、これは五原騎兵団も同じである。
初めて見る獣に馬達は恐れて逃げたい気分になり、乗っている者達を落とそうと動く。
その二匹の間を・・・・・・戦女神が先陣を切って来る。
「あ、あああ・・・・・・・ああああああああ!!」
男は剣を振って奇声を上げた。
来るな、来るな、と言っているような仕草だが指揮官には向いていない。
やがて戦女神がハルバートを片手に馬に乗り、男に接近してきた。
「み、皆の者!殺せ!殺すのだ!!」
男の叫び声に民達はハッとして、震える己を叱咤して駆けたが・・・・・・・・・・・・・
斬!!
一人の民兵がハルバートの斧により頭を薪みたいに割られて、血飛沫を上げて倒れる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
戦女神が腹から声を出して右手一本でハルバートを振い、左右に居た民兵を薙ぎ払い馬が蹄で前の敵を踏み潰す。
その女神に続くように左右に斜めに配置された騎馬兵が続く。
矢の如く戦女神が先陣を務める連合軍は、民兵の陣に深く深く・・・・・侵入して行った。
「こ、この小娘が!!」
男は震える己を叱りつけて、馬の腹を蹴り上げて戦女神に突撃した。
「あら、誰かと思えば・・・・・・あの時の男じゃない」
民兵が壁となり、戦女神の道を阻んだ事から戦女神は馬上から民兵を攻撃して活路を見い出そうとする。
しかし、そんな時でさえ女神は男の存在に気付いて余裕たっぷりの声で喋り掛けてきた。
「殺してやる!私の手で殺して・・・・・・・ぐあ!?」
後もう少しで男の白刃は戦女神に届きそうだったが、それは背後から薙がれた太い柄により阻止された。
男を含めた民兵が横に薙ぎ倒されたのである。
「はいや!!」
それを見て戦女神は一気に馬を駆らせて、敵陣の奥へと向かった。
ここに太い柄に大きな穂先を取り付けた大身槍を持った男---文秀が己の足で付き従う。
同時に左右の武将達も民兵たちを薙ぎ払いながら奥へと進む。
彼の者達を五原騎兵団は止める事も出来ず、また民兵達もフェンリルとヨルムンガルドにより・・・・・喰い殺された。
「ひ、ひぃぃぃぃ!ぎゃあああ!!」
「あがっ!?」
「おぐ・・・・・ごおごおおおおお!!」
民兵たちは最早マトモに動けず、散り散りに逃げたが誰も逃がさないとばかりに二匹の獣によって喰い殺されて行く。
それを尻目に連合軍は・・・・・・長安の城門を潜り、城内へと侵入した。
「ちっ・・・・・・・」
呂布は連合軍が長安に侵入した事に舌打ちしたが、直ぐに部下を率いて己も長安の中へと入る。
まだ勝負は負けていない。
いや、寧ろ自分達が追撃する形になるから勝機はある、と踏んだのだろう。
幸いな事に二匹の獣は民兵たちに集中して自分達に気付いていなかった事から・・・・・・容易に侵入できた。
もっとも・・・・・・それも罠であったから何とも酷い話である。
要は虎穴に自ら入ったようなものなのだから何とも・・・・・・・・・・