第四十四幕:鐘の音が鳴った
次話から戦闘シーンに入れそうです!!
長安では、何万・・・・・いや、何十万という人間がゾロゾロと動いて城門を潜っていた。
全員が薄汚れて、ところどころが破けた衣服を纏っている。
武器にしても農機具の鍬や鋤、はては鎌などでマトモではない。
ところが眼は・・・・・・何処か狂気染みており、武を齧る者なら口を揃えて言うだろう。
『狂に染まったな』
この狂とは、俗に言えば魔性のようなものだ。
爾来、人間とは業が深くて欲も深い。
特に感情豊かだが、その感情こそ業であり欲となる。
彼奴等の顔を見る限り・・・・・一種の歓喜に満ちているように見えた。
それもそうだろう。
彼等の言葉を借りるなら「今こそ好機」というヤツで、今までの鬱憤を晴らす良い機会なのだ。
しかも、自分達には天の姫と五原騎兵団という精鋭が居る。
更に数で言えば・・・・・軽く十万は越えていたから、連合軍など取り囲んでしまえば一捻りだ。
「皆の者!ついに待ち侘びた時が来たぞ!!」
一人の男が馬に乗り、民達に向かって大声で叫ぶ。
「天の姫は我らに好機を与えて下さった。我々に先陣を切れ、と仰せられた!!」
『おお!?』
男の言葉に民達は驚きの声を上げる。
先陣を切る、というのは古来問わず名誉だが死亡する確率も高い危険な存在だ。
だが、だからこそ名誉なのだ。
その名誉ある先陣を・・・・・・自分達が切れ、と言われたのか?!
「幸いな事に連合軍の先陣も偽者が切る。つまり・・・・・・我々の手で偽者を殺せるのだ!!」
『おお!!』
民達は手に持った農機具などを高々と掲げる。
ここで彼の者達が言う偽者を少し話そう。
偽者とは、彼等の前に現れた本当の天の姫の姉だ。
本当の天の姫曰く「姉上は偽者よ。私の名を偽り、皆を苦しめようとしているのよ」との事である。
少し考えれば一方的過ぎて疑う余地はある。
しかし、民達の中には偽者の所業を味わった者が居た。
その者達の話によれば、偽者は蛇を操り仲間達を丸飲みにさせたらしい。
挙句の果てには仲間を殺したし、自分は天から来てないとも断言したようだ。
こんな体験をして、更に董卓により洛陽から強制的に長安へ連れて来られたのだから・・・・・・何かに縋りたい気持ちが強く働いたのだろう。
故に、こうも容易く・・・・・・・操られたのだ。
よく考えれば、彼等は明らかに捨て駒だ。
武の心得なんて無いし、統率だって取れた訳じゃない。
数だけは多いが、統率が無ければ烏合の衆に成り下がり終わる。
だが、数は多いから・・・・・・その数を活かした攻撃---人海戦術と包囲網を敷けば勝てるだろう。
もっとも・・・・・・かなり死者は出る。
戦に死傷は付き物だが、こんな事で死ぬのは御免である。
ところが、彼等は知らない。
知らないからこそ・・・・・・・こうして自ら捨て駒として棋手が打たずとも勝手に動くのだ。
まったく持って有り難い話である。
さて、場面を連合軍の方に移すとしよう。
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「はぁ・・・・懐かしいわね」
馬上に跨った一人の娘が静かに呟くが、その美しい呟きは何処か官能的である。
もし、宮廷の部屋とかならば・・・・・・と想像するだろうが、生憎と場所は血生臭い戦場だ。
しかも、その娘の格好も戦場に似合いの甲冑姿だった。
変わっているが、中々に実践的な兜を被った娘の年齢は二十歳になった位で月色の瞳が何とも美しい。
ただ、右手には2mは越えるだろう長柄武器を持っていて・・・・・・やはり戦場だと思い知らされる。
長柄武器は槍の穂先、斧頭、突起があった。
15世紀から19世紀のヨーロッパで使われたハルバードである。
2mから3.5mの長さを誇り、更に槍、斧、突起の3つを兼ね備えて用途の広さに定評がある長柄武器であるが、長ければ長い分・・・・・重い。
更に用途が広いのは良いが、使いこなせなければ「無用の長物」でしかないのだ。
しかし、使いこなせれば・・・・これほど頼もしい物はないだろう。
そんな長柄武器を華奢な右手だけで娘は握り、更に左腰には2尺6寸(78cm)で反りが浅い剣と、1尺6寸(48cm)ほどの剣も差していた。
「姫様、こちらの準備が出来ました」
娘の背後から声がして振り返ると、鎧を纏い長柄武器を持った壮年の男達---屈強な兵士が馬の手綱を握り立っていた。
「貴方達に改めて言うわ。私を軸に鏃の如く陣を組んで敵陣に斬り込むわ」
運が悪いと・・・・・死ぬ。
「でも、決して止まらないで。ひたすら前へ行くの。だから、貴方達みたいな屈強な者を選んだの。宜しくて?」
『御意。我らが姫君』
馬の手綱を握る者達と背後に控える数万の兵士達---愛しき英雄たちは頷いた。
「戦死した者達は、私が責任を持って都へ連れて行くわ。でも、焦っては駄目よ。家族が居るなら、その家族の所へ帰る気持ちを持ちなさい。そして・・・・・奇跡なんて待たないでね」
奇跡なんてものは・・・・・・ないのだ。
「戦場の奇跡は運みたいなもの。戦場で運に頼るのは駄目よ。良いわね?」
『応!!』
愛しき英雄たちの言葉を聞いて馬上の娘---戦姿になった織星夜姫は月色の瞳を細めた。
「流石は私の愛しき英雄たちね。良い声だわ」
ヒュン!!
突如として矢が一本、空を切り夜姫の頭上を襲う。
しかし、その矢は空しく小枝の如く空中で折られた。
「あら、中々に気が利くじゃない」
夜姫は傍らに立った男に声を掛ける。
その者は黒と朱を主体にした鎧を纏い、腰には3尺5寸(106.5)cmもの大刀と2尺1寸(63cm)もある片手打ち剣を差していた。
右手には2間半(4.5m)はあるであろう柄に2尺(60cm)はある穂先の大身槍を片手で握っていた。
この大身槍だが、2尺も穂先がある事から「槍の王者」と言われている。
しかし、これを使うのは雑兵だ。
主に一列に並んで騎馬兵を迎え撃つ“槍衾”などに用いられるが、生憎と今の時代にはない。
ところが、この男は持っており、しかも、太くて重いのを右手だけで軽々と握っているから・・・・ただ者ではない。
「姫様、お怪我は?」
男は静かに問い掛ける。
「いいえ。貴方---文秀が気を利かせたから助かったわ。後で御褒美を上げるわ」
「い、いえ・・・・・要らない、です」
先ほどの態度を一変させて男---文秀は恐縮そうに言う。
それは背後から「要らないと言え」という言葉が聞こえるからだ。
馬上の姫君と自分は主人と臣下だが、どうも姫は戯れる癖があった。
故に文秀としても対応に困る訳だが、自分より古参の臣下---姫の爺から言わせると・・・・・・・・・
『私が悪い訳になるからな・・・・・・・・・』
こんな理不尽な事があって良いのか、と言いたくなるも・・・・・・新参者だから言えない。
そして下手に口を開いても災いを呼ぶだけだから、無言で文秀は頭を垂れた。
「もう謙虚ね。でも・・・・後で上げるわ。ちゃんとね」
と小声で夜姫は言い、男を下がらせるとハルバードを豪快に振るった。
「これより敵陣を突破して長安に行く。者共、我に続け!!」
言うが早いか、夜姫は馬の腹を蹴り風のように疾走する。
その後を文秀が己の足で追い掛けて、屈強な馬上の兵達が続く。
しかも、左右は斜めになって夜姫を先頭としていた。
まさに鏃のような陣形だ。
鐘の音が鳴り響いて歩兵などが後を追う。
長安を背にする民兵と五原騎兵団の方も鐘が鳴り・・・・・・出陣となる。
かくして長安を戦場とした戦いが始まったのだ。