第四十二幕:開戦の一言を
更新が遅れてすいません・・・・・・後2話ほどで戦闘シーンにはあ居る予定です。
「さぁ、いけ好かない妹も去った事だし・・・・・改めて問うわ。袁紹」
夜姫は顔良と文醜に左右から支えられた袁紹に眼をやる。
「や、夜姫様、私は・・・・・・・・・・」
顔面蒼白の袁紹は何かを言おうとしたが、二の次が言えなかった。
あの映像と妹の発言で・・・・・・言い逃れは出来ない。
「私の寵愛を欲しがっている割には・・・・・・妹と寝たのね?まぁ、それに関しては別に煩く言わないけど」
しかし、だ。
「あまつさえ・・・・・・前の事もあるし、どう落とし前をつけるのかしら?」
鞘に納められていない片刃の剣を片手に夜姫は近付いて、袁紹は全身を震わせた。
この姫君は・・・・自分を殺す!!
「わ、私は・・・・・・・・・・・・・・」
「黙りなさい。袁紹」
夜姫は袁紹の言葉を遮った。
「貴方は私を・・・・・私達を裏切った。この罪は重いわよ」
「そ、れは・・・・・・・・」
「でも、私だって情が無い訳じゃないわ。物は相談よ」
と言い、白刃を鞘に納めた夜姫は片膝をついて袁紹と視線を合わせた。
月の瞳が袁紹の黒い瞳と重なるが、袁紹は思わず月の瞳を見れず眼を逸らすが・・・・・・・・・・
「私を見なさい。女の視線を避けるなんて無礼よ」
ピシャリと叱られた袁紹は、渋々ながら月の瞳を見た。
「袁紹・・・・先ほども言ったけど、貴方には色々と助けてもらったし、感謝しているわ。でも、罪もあるわ」
それについて落とし前は・・・・・・つけてもらう。
「顔良と文醜、そして屈強な兵士を貸しなさい。それで罪を赦して上げるわ」
「ほ、本当、ですか?」
袁紹は思わず身を乗り出すが、直ぐに夜姫と距離を置いた。
夜姫の妹は・・・・・・こう言った。
『姉上は利用できるなら野良犬だって利用するわ。そして利用して利用したら捨てるわよ。特に裏切り者には、特に苛烈にね』
自分は夜姫を裏切った。
顔良と文醜は自分の片腕であり、軍の精鋭中の精鋭である。
もし、二人を一度に失えば・・・・・・・・・・・・
「嫌なら構わないわ。でも、そうなれば貴方を赦さないわよ?別に罪に問う積りはないけど、貴方を臣下にしないし、嫌いになるかもしれないわね」
と猫撫でした声で夜姫は言い、袁紹は迷った。
ここで断れば夜姫を物に出来ないし、嫌われてしまう。
かと言って差し出しても・・・・・・自分の安否は保障されない。
こちらにも何かを、なんて言える訳ないから・・・・・受け入れるか、拒否するかの二通りしかないのだ。
「恐れながら姫様、我が異母兄弟ですが・・・・・要らない、と存じ上げます」
袁紹の横に腹違いの袁術が出て来て、夜姫に助言とも言える言葉を投げた。
「あら、どうしてかしら?」
夜姫が聞けば、袁紹は侮蔑の眼差しで袁紹を見下して・・・・・・こう断じた。
「私共は、貴女様が望めば生命でも差し出します。しかし、この男は迷っています。おまけに貴女様の妹と一夜を共にした。どう考えても貴女様を裏切った、と言えます」
そんな奴は要らないだろう、と袁術は言うが・・・・・・・・・・
「夜姫様、袁紹様も人間です。一時の迷い、焦りなどはあります。ここは大目に見てもらえませんか?」
今度は劉備が前に出て袁術とは対照的な事を言ってきた。
「私にも迷いや焦りはあります。貴女様にもあると思います。何より貴女様は袁紹様に恩義を感じた、と言った。ならば、ここは大目に・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
夜姫は二人の意見を黙って聞いてから、袁紹を見たが・・・・・・・・・・・・
「・・・・こんな男では、私の臣下になれないわ。罪は犯したけど、これまでの事に免じて殺さないわ」
と断じてから鞘に剣を納める。
「や、夜姫様・・・・・・・・」
袁紹が夜姫の足元に取り繕おうとしたが、それを夜姫は避けて冷たく言い切った。
「殺さないから早く去りなさい」
と夜姫は言うが、なおも袁紹は引かず夜姫に懇願しようとする。
傍から見れば男が娘に泣き付く光景で、余り見ていて良い気持ちはしない。
しかも、顔良と文醜にとっては仕えるべき主人だ。
厳つい顔が更に厳つくなるが、何もせず見ている。
「お、お願いです。どうか、この袁紹を捨てないで下さいっ。もう貴女様を裏切るような真似はしませんので!!」
母親か姉に叱られた子供みたいに袁紹は謝るが、夜姫は何処までも冷たかった。
「良い歳した男が女に泣き付くなんてナンセンスよ。それに仮にも袁家の当主でしょ?当主なら当主らしくしなさい」
袁紹の懇願を冷たく撥ね付ける夜姫だが、月の瞳は・・・・・少し温かみがある。
それを顔良と文醜は見抜いたからこそ・・・・・・敢えて何も言わないのだろう。
以前、夜姫は二人に「灸をやる」と言ったが、袁紹に対して行っている言葉と態度こそ灸なのだ。
本当に反省して夜姫の力になる、と言うのならば・・・・・外見も誇りも金繰り捨て、このような態度に出てでも願う筈。
まさに今の袁紹は、それである。
「お願いです、どうかどうか、この袁紹に今一度!今一度、貴女様の情けを!!」
右足に腕を絡めた袁紹はボロボロ、と泣き出して夜姫に懇願した。
「・・・・・・・」
『・・・・・・・』
皆は、袁紹の様子を黙って見ていたが・・・・・劉備は少しばかり居心地が悪いのか、視線を逸らしたい気分の顔をしている。
それでも逸らさないのは、同じ父として愛されている孫堅が・・・・・・黙って娘と思っている夜姫の事を見ているからだろう。
「夜姫様、この袁紹に今一度御情けを下さい。もし、その情けを私が蔑ろにした暁には、この私を殺して構いません!ですから、どうか・・・・・・・どうか・・・・・・・どうか!!」
藁にでも縋るような袁紹の態度に夜姫は小さく息を吐いた。
「まったく・・・・・可愛い殿方ね。貴方って」
クスッ、と夜姫は小さく笑った。
「や、夜姫様・・・・・・・・」
袁紹は涙と土で汚れた顔で見上げる。
「袁紹・・・・・・さっきの言葉に嘘偽りはないんでしょうね?」
「は、はいっ!!」
「なら、良いでしょう。どうせ妹に変な事を言われたんでしょうけど」
と夜姫は言い、懐から布を取り出して涙と土で汚れた袁紹の顔を拭ってやる。
「情けない顔ね。良い男なのに台無しよ」
「や、夜姫様に捨てられるのが恐かったのです・・・・・・貴女様は、それだけ魅力があります。だから・・・・・・・・」
「小僧、それ以上言い訳を言ってみろ?この爺が貴様の首をネジ切ってやるぞ」
ここで夜姫の爺---と自負し、近衛兵団の副将を務める李広がドスを利かせた声で恫喝する。
元祖飛将であり、異民族から畏敬の念を抱かせたが最後は何とも哀傷溢れる最後を終えた老将に袁紹は怯えた。
「貴様の犯した罪は決して消える事は無い。このわしを始めとした者達も同じ事。だが、姫様に仕えてからは・・・・いや、唯の一度も・・・・・・己の罪に言い訳をした事はない」
自分の罪は即ち自分の蒔いた種だ。
「貴様も男だろ?貴様の股間についた剣は飾りか?」
「ちょっと爺。ここと、そこに麗しき娘が居るのよ?卑猥な言葉は慎んで」
「お言葉ですが姫様。姫様の日頃の言動の方が余程・・・・卑猥です。一昔前など人前---しかも、大勢の男が居るのに襦袢一枚を羽織り出て来たではありませんか。あの時ほど爺として情けなく、そして恥ずかしいと思った事はありません」
それに比べれば自分の言葉など微々たるものだ、と李広は断言して上座に居た者達も微苦笑交じりに頷く。
「まぁ酷い。袁紹、この者達に私は馬鹿にされたのよ?もし、臣下になりたいなら・・・・・・私を助ける、と思って活躍してみなさい」
「・・・・・お任せを。顔良、文醜」
『ここに』
袁紹の言葉に二人の武将---顔良と文醜が前に出る。
「直ぐに陣へ戻り兵を集めるぞ。この戦で・・・・・私の罪を償う。良いな?」
『仰せのままに』
二人は頷き、袁紹も夜姫に一礼して去って行った。
それを見て夜姫は・・・・・・・・
「さぁ、悪い子に罰を与える時間が来たわ」
と開戦の一言を述べたのである。